第2話 旅の仲間
「フレイム! ここ左だっけ?」
「うん! その次は右だよ」
あれから一週間程経った。その間,僕達は幼馴染のように親しい間柄になった。
ヒロイズムは僕のことを呼び捨てにするようになったし,僕は彼を「ヒロ君」と呼んでいる。
僕達は今,【音楽草原】を目指している。
そこには,アニメで僕らの旅の仲間になる姉妹がいるはずだ。主人公が初めてあの姉妹に出会ったのは,その音楽草原を通りかかったときだ。
「……なぁ,フレイム。ホントにこの先で…あってるのか?」
「う,うん。多分?」
ヒロイズムに呆れ気味に問いかけられ,地図を見せる。
この地図通りだと,この森を抜けたところに音楽草原があるはずだ。
「この地図,いつのだよ?」
「……うっ」
この地図は僕が旅に出る準備をしているときに,子煩悩な母からもらった山程の餞別の一つだ。
けれどどう考えても最近のものではなく,頼りになっていない。
「ま,まぁでも……この深い森の中の道が変わったりはしないんじゃ……ないかな……?」
「顔ひきつってるぞ?」
ヒロイズムに笑いを堪えるような顔で言われた。
その直後だった。
「……グルルルル……」
「! フレイム! 草熊だ! 炎剣で一発でやってくれ!」
「りょ!」
草熊は草をまとって敵から身を隠す魔獣だ。つまり炎剣との相性は完璧。
ちなみにこういう草系の魔獣は,この一週間よく見たので慣れている。
「よーし,こいつの肉が今日の昼飯だな! 大きいし」
「うん。そだね。今まで見た中では結構大きいね」
(……やっぱりヒロ君すごいな……。狩りはもちろん,料理も気遣いもできるしさ)
「……そういえば,どうしてヒロ君は料理できるの?」
少し気になって聞いてみるとヒロイズムは草熊を手際よくさばきながら答える。
「あぁ。オレ,フレイムの家行くために1ヶ月くらい旅してきたから慣れてんだよね」
「えぇ!? そなの?」
(そんなに遠いとこからわざわざ僕の家来たの!? なんで!?)
僕の思いに気づいたのか,ヒロイズムはニッと笑う。
「別にそれくらいどうってことないよ。フレイムは貴族の中でも有名な【旅の勇者】だからね」
旅の勇者。それはこの世界では「職業」とか呼ばれるもののことだ。
これは特殊魔術と違い,生まれたときから決まっている。こちらも1万以上あり,全貌を把握するのは難しい。
旅の勇者はその一つで,「旅系」と呼ばれる職業だ。意外とこれを持つものは少なく,ある程度有名になるらしい。
エミリーが僕を愛する星の数ほどある理由の一つだ。
ちなみにヒロイズムの職業は同じ旅系の【旅の武闘家】である。
「そ,そっか……ちなみに君の家は……どこにあるの?」
「え?」
ヒロイズムの笑みが固まった。
ヲタクである僕も,彼の家は知らない。
なぜなら,僕が見ることのできなかった,長い間休んでいたアニメの最新話のタイトルが「お邪魔します!ヒロイズムの実家」で,彼の実家に関する話なのだ。
ちなみにこの作品はコミックで既に完結しているのだが,僕はアニメ派なので最終回等は知らない。
「……ごめん。フレイム。いつか,話すから……」
「……そっか。……あ! それさばき終わった?」
「あ,おぅ!」
「今日のご飯も実に美味」
元気が復活したヒロイズムが串刺し肉を僕が出した火で炙り,豪快にかじりつく。そのあと冷静(?)に評価を下すのは彼の癖らしい。
長い一人旅の間に身についたそうだ。
「ヒロ君焼き加減上手いね……」
僕は苦笑気味にそう言って,目を離した隙に黒焦げになった肉を食べる。ちょっと苦い。
彼の肉は肉汁が滴っていて,火にあたっている部分が煌めいている。見るからに美味しそうだし,本人の満足そうな幸せそうな顔が羨ましい。
僕もいつかそんな肉の焼き加減ができるようになるだろう。と思いたい。
「あ! 森から出たんじゃないか?」
昼飯を終わらせてしばらく歩いていると,急に高い木々がなくなり,草原に出た。
「うん! ここが音楽草原だよ!」
(やっぱりあの地図は間違ってなかった……!)
僕は少しズレたところに感動した。
「……音楽?」
草原を歩いていると,風に紛れて軽やかなメロディーが聞こえてくる。
「この曲……もしかして!」
「え? え?」
その曲がはっきりと聞こえた瞬間,僕はヒロイズムの腕を掴んで音が聞こえる方に走り出す。
「……いた!」
そこには,珊瑚色の髪を持つ姉妹が立っていた。
姉リベラル・リュールングと妹リリカル・リュールング。
この二人もかなりアニメっぽい名前だ。幼いときに両親が亡くなり,それぞれ【旅の歌姫】と【旅の奏者】という職業を活かして音楽の旅(?)に出た好奇心旺盛な姉妹。
妹リリカルは活発でとにかく自由。ポジティブ思考で危機というものを知らない。特殊魔術は「ファンタスティック」。なんでもメルヘンにしてしまう,今でも何がなんだかよくわかっていない魔術だ。
姉リベラルは真面目な優等生タイプで,基本的には妹の手綱を握っているが,名前の通り自由主義者。縛られることを嫌う。特殊魔術は「楽譜」。音楽(音符という説も)を操る魔術だ。
「君ー? もしかして私達の事知ってるのー?」
「あ,う,うん。リリカルさんとリベラルさんだよね?」
「そういう君は……あの【旅の勇者】,フレイムさんよね? そちらは?」
どうやら僕のことも知られているようだ。ヒロイズムは残念ながら知られていないらしい。
「オレはヒロイズム・クラージュ。君等もしかしてあの伝説の桃色の音楽姉妹?」
「桃色じゃないよ! 珊瑚だよー」
リリカルが頬を膨らませて反論する。何故かリベラルが隣でうんうんと頷いた。
桃色(姉妹曰く珊瑚)というのは髪の色だろう。その伝説(?)を残した人の考えに,僕は小さく笑った。
「それに伝説なんてものじゃありません。私達がこうやって各地を転々としていたのはほんの5年前からですし……音楽を奏でながら旅をする者など星の数ほどいるでしょう? 私達はその一人に過ぎません」
(それは謙遜だろう)
なんの疑いもなくそう考える。
なぜなら姉妹の片方は絶世の歌姫と呼ばれるほどの美声を持ち,もう片方は音楽の女神と呼ばれるほどの奏者なのだ。
「……なるほど。お二人は旅をしていて,我々に仲間になってほしいと」
僕とヒロイズムが一通りの説明をすると,リベラルは なるほど,と頷く。
「別に私はいいよ! ここにいるだけだと暇だしー。でもーその旅って,どこ向かってるの?」
それは,僕も知らないことだ。
ヒロイズムは僕とともに旅に出たいといったが,どこになんの目的で向かっているのかは聞いていない。
そういう意味を込めて,僕はヒロイズムを見る。
「……オレにとって,「向かってる場所」はない。ただ,倒したい奴らがいるんだ」
「倒したい,奴ら?」
いつも朗らかな笑みを浮かべるヒロイズムが,目を伏せて語り始める。
「オレの家……【5】だからそこそこ大きい屋敷なんだけど,オレが8歳の時……奴らに……襲われたんだ」
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