第14話 兄姉と弟妹
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哀し気に桜色の瞳を細めて星空を見つめる紅の横で,僕は幼い頃を思い出す。
(……兄上は……兄上も,何でもできる優秀な人だったな)
僕の記憶に残っている彼は,常に暗く嘲るような目をしていた。
僕のことを歯牙にもかけないというわけではなく,この世に存在してはならない者であるとでもいうような,拒絶するような瞳。
僕は昔,それは兄が次期頭首という自分の立場が脅かされることを恐れているからだと思っていたが,よく考えればそれは間違いだったとわかる。
何せ自分に絶対な自信を持ち,僕を常に無能扱いしていた人だ。
きっと,無能は生きているだけで一族の恥だとか,そういうことを思っていたんだろう。
「……炎の子,どうしたのじゃ?」
沈黙が続いたからか,紅は不思議そうに僕を見てそう問うた。
「あ,ごめんなさい。……えーと,お兄さんは優秀な方で,自分は劣っているって思ってるの?」
僕がまとめて確認すると,紅はコクリと小さく頷く。
「妾がしっかりしていないから,こんなことになってしまったのじゃ」
ちょっと話が噛み合っていないような気がするけれど,それは無視して僕は言葉を続けた。
「うーん。お兄さんは,紅のことを自分より劣っているとか,しっかりしていないか悪いとか,怒っているの?」
多分そうなんだろうなと思いつつ答えを待つと,紅は何故かブンブンと首を横に振る。
「違う! 白葉は優しいから,妾のことも,慰めてくれたのじゃ……」
「え? そうなの?」
こっちの困惑に気付かないのか,紅は小さく言葉を続けた。
「白葉は妾に,いつも優しくしてくれているのじゃ。だから,申し訳なくて……。慰めてもらうような,今日も頑張ってるよって褒めてもらえるようなこと,何一つできていないのに……」
(……え? 褒めてもら……え? ……え,あれ,僕の常識がおかしいのかな?)
思えばリリーとリベもとても仲が良くて,不出来な所を責めるような雰囲気はない。
僕は少し考えた後,口を開く。
「……紅のお兄さんは,紅のことを頑張っているって言ってるんでしょ? なら,それが答えだよ」
「…………へ?」
沈黙。
「…………え?」
もう一度,紅がそう呟いた。
大きく目を見開いて口を開け閉めする少女は年相応の姿で,威厳なんて欠片もない。
「……つまり,妾は駄目ではないのか?」
「うーん。駄目かどうかは自分の判断だと思うけど,少なくともお兄さんは紅のことを認めているんじゃないかな」
僕がそう言って微笑むと,にわかに紅の瞳が潤み,真珠のような涙が零れ落ちる。
その美しさに驚いていると,紅は華奢な指で目元を拭った後,勝気な笑みを浮かべた。
「……炎の子。……その,感謝する。妾,とんだ思い違いをしていたようじゃ……」
紅はそう言って小さく笑い,紅色の髪を翻す。
その瞬間,ざっと風が吹き,僕は思わずマントを広げて耐えた。
視界が開けたとき,既に少女の姿はなかった。
「……フレイムー? どうかしたのか?」
ヒロ君に声をかけられて,僕はハッと我に帰る。
あの後僕は疑問符を浮かべつつ城の客室に戻り,朝までベッドに転がっていた。
起きてきたヒロ君と朝食を食べつつ,昨夜のことを思い出していたのだが,ボーっとしているように見えたのだろう。
「……ううん,何でもない。ちょっとマリア様のことを考えてただけ」
「……アゼリアって人,多分来るんだよな」
「……!」
(……ヒロ君って,根っからの武闘派に見えて,結構先の見通しが良くて勘が鋭いんだよね)
「フレフレー! ヒロろんー!」
「ちょっ,リリーっ……お城の中走らないで!」
猛スピードで飛んでくるリリーを,まるで学校の廊下を走る生徒を注意する生徒会長のようなことを言いながらリベが追ってくる。
周囲のメイド達が微笑ましそうに見つめているが,あのシェイラとかいうメイド長がいたら大変なことになっていただろう。
「……えーと,リリー,どうしたの?」
僕が躊躇いがちに聞くと,僕等から少し離れたところでリベに頭を掴まれて涙目になっていたリリーが,ハッとしたように駆け寄ってきた。
「あのね,大変なの。物凄く大きな強い魔力が来てるの。このお城に向かってるんだ。マリア様に似てるから……あの,昨日の……なんだっけ……? アゼ何とかって人だよ!」
その瞬間,周囲のメイド達の顔色がさっと変わり,足早に去って行く。
そのうちの一人がこちらに向かってきて,真偽を問うた。
リリーが事も無げに頷くと,そのメイドは青ざめて「マリア様にご報告して,城の警備を固めてきます」と言って去って行く。
「……ちょっと理解が追い付かないんだけど,アゼリアって人がこの城に向かってるってことで間違いない?」
ヒロ君がリリーに言うと,リリーではなくリベが頷いた。
「私達も警備のお手伝いしたほうがいいかも……。ちょっとマリア様に言ってくる!」
そう言い残して,リベはリリーの腕をつかんで風のように去って行く。
リリーを注意していたとは思えないような速度だが,混乱に満たされた城にそれを咎める者はいない。
「……大混乱,だね」
二人が去って数秒も経たないうちに,城内の慌ただしい気配が強くなっていった。
「……うん。…………フレイム,気付いてるよな?」
肯定しつつ,ヒロ君は一点を見つめて動かない。
僕は小さく頷いて,彼の視線の先____渡り廊下に向かう。
城の騒ぎに反して,渡り廊下は静まり返っていた。
先程まで感じていた気配は消えており,僕等は警戒しつつ周囲を見回す。
「オレはあっちを見てくる。フレイムはここで待っててくれ」
そう言い残して,ヒロ君は奥に駆けていった。
「……特に何もなさそうだな……。…………ん?」
周囲を見回して,ふと絵が目に入った。
星空のような光がちりばめられた紺色の髪を豪奢な王冠や花で飾り,美しい赤いドレスを纏った女性が中心に描かれ,周囲を美しい花々が飾っている。
その女性の目は伏せられているが,気品や威厳が漂っており,色彩こそ違うものの,マリア様を彷彿とさせた。
「……それは,我が国を築いた初代女王の絵だそうよ」
突然声が響き,僕はそちらを振り向く。けれどその場には誰もいない。
「……毎年,女王になれなかった王女が,国の繁栄を願って新しく描き直すの」
今度は背後から声が響く。炎剣に手をかけるが,やはり誰もいない。
「……貴女が描いたんですか?」
「……違うわ。……あの娘が描いたの」
僕の問いに,少し気分を害したような声が左から返ってくる。
僕は少し思案した後,右に向かって剣を振った。
何かが割れたような音がして,一瞬その場を深紅の霧が包む。
すぐにその霧は晴れ,声の主の姿が現れる。
マリア様によく似ている深紅の瞳に冷たい光を宿らせた,若い女性__アゼリアは,僕のことを警戒するように睨みつけた。
最後までご覧頂きありがとうございます。
一言:今日はおそらくいつもより文字数が多くなりました。
詰め詰めですが,ここで切らないときりが悪いんですよね。
ようやくアゼリア登場です。
回想に出ていますし,存在はずっとあったのですけど,フレイムと話すのはこれが初めてです。
次回もいつになるかは微妙です……。