第3話<懊悩。或いは一歩目。>
「*博士」
「うん」
「*人間って時に合理を捨てて行動しますよね。」
「……何となくだけどそれが私に対しての嫌味だということは分かるよ」
「*すごい!遂に読心術でも身につけたんですか!!生身の人間でもアップデートできるんですね」
「うちのロボットは凄いな……こんなプログラムは組んだ覚えはないのだが」
「*何か前もそんなツッコミしてた気がしますよ。やっぱりアップデートできてないかもですね」
「それで、何を聞きたいの。」
「*ええ。居住場所について、ですよ。」
「ここのこと?結構立地は良いと思うよ。大都会ほどではないけど周りにも色々あるよ。」
「*人類滅んでるから色々あったとて仕方がないでしょうが……」
「*いや、違うのよ。ワタシが聞きたいのは『この辺りの物資は一通り取り尽くしたけどまだここに居るつもりなのか』ということですよ。」
「あー……」
「そうなんだよね。それは分かってはいるんだけど……」
「*?別にここに思い入れがあるとかそういう訳ではないんですよね?だったらさっさと遊牧した方が良いのでは?」
「*ワタシは別に何とも感じないですが、物資の調達で大変になるのは博士でしょう?」
「コ、ココハ合理を捨てた人間の行動ッテコトデ……」
「*おい」
「そんなことよりさ」
「*あ、話逸らしたぞコイツ」
「人間と『合理』の話なんだけどさ、」
「*別にそこまで逸れてなかった……」
「『愚行権』って知ってる?」
「*……確かどこかの哲学者が唱えたものだったような」
「*あまり詳しく知りませんが。」
「愚行権っていうのは簡単に言うと『人に迷惑をかけない限り好きなようにやっても良いじゃん』の権利ってことだよ」
「*……例えば?」
「お酒とか、タバコとか、夜更かしとかかな……」
「あ、私が頑なに引っ越そうとしないのもそれだヨ」
「*……言いたいとこはありますけど、とりあえず分かりましたと言います」
「うん。私ね、こういう考え方あまり好きではないんだよね。」
「*へえ、意外。」
「*博士のお得意の人間讃歌が始まると思ったのに」
「*とりあえず理由が気になります」
「『お得意の』って……まあいいや」
「酒であれ、豆あられ、趣味であれ、結局はその人の自由意志でやることなのに、他人の目なんか気にせずに軽率に行われても良いはずなのに、」
「それを1つの言語にして、理由にして、自分の行動を正当化しようとするのがイマイチ良く分からないんだよね。」
「*変なの混ざってた気がする」
「本当は正当なはずなんだ。言葉にしなくても、それは。」
「私が君を作ったように、私がこの滅んだ世界に残り続けるように。」
「*……でもその考えは今でも有名だし、一定の支持はあると思いますよ?」
「*まあ、ワタシは人間ではないのでよく分かりませんが」
「うふふ、そこが人間の面白い所なんだよ」
「逆に、人に迷惑や危害を加えるのを抑えるという役割も担ってるんだよ。」
「なぜなら、『愚行権』の前提として、人に迷惑や危害を加えず、自分の責任で、というものがあるからね」
「自分の好きなことで人に迷惑をかける行動は、ただの『悪』、だよ。」
「*話が纏まってないですね。つまりどういうことですか。」
「自分の行動に理由や免罪符を付けないといけなくなったのは『悪』の所為。」
「人に迷惑をかけないような好きなことは自分の『やりたい』の気持ちだけで十分だ。ってコトだよ。」
「*なるほど。言ってることは分かるような気がします。」
「*……では、引っ越さないことでワタシに迷惑をかけているという考えには至ったことはないですか?」
「ちょっと痛いところを突かれたな……」
「でも、君は人間ではないし。別に迷惑とは思ってないだろう?」
「*『迷惑とは思っていない』?、博士にはワタシの気持ちを推し量る技能はインストールされていませんよ」
「……」
「*冗談です。別に迷惑とは思っていないのは本当です」
「*人間とロボットの線引きが一貫してるのは良い事だと考えますよ。」
「*あと、どうせ博士のことだから、ここに留まる理由があるのでしょう?多分ワタシが関係するような」
「ビビった。怒られるかと思った」
「まぁ……そうだね」
「いつか話してあげるよ。」
「*今聞きたいのですが……まあいいか」
「*その前に博士がくたばりそうな気もしますが」
「縁起でもない……」
「*泣き崩れる演技は要らないですよ」
「その目が冷たい……」
「*……迷惑というより、心配の方がありますよ」
「ん?何か言った?」
「*何でもないです」
非合理的な日常は続く。そこに理由なんてあまりない。
ただ、いつかその日は来る。
全てが収束する日が。全ての意味を知る日が。
『方舟に至る日が』。『再会する日が』。




