アステーリでの攻防
私は、ラニーラさんたちと自国民を見送った後、全力で森の中を走っていました。
ラニーラさんの情報によると、討伐依頼がでているサンヴァーラ盗賊団の情報は二つ。
私たちが起こした襲撃以外にも、盗難事件が発生していました。
「彼ら以外にも、サンヴァーラからこちらに逃げ出した人々がいるかもしれません」
依頼書を確認しながら、最短で森のなかを走り抜けます。
できるだけ早く助けなければいけません。
彼らが殺される前に。
彼らが盗みなどを行う前に。
心が闇に囚われてしまう前に。
全ての自国民には、ずっと笑顔でいてほしい。
それが、魔王である私の願いです。
「戦うのは、私だけで」
と言いたいところですが、さすがに私も一人では無理です。
「私達ぐらいでいいですよね」
私は、誰にも負けるつもりはありませんが、それは一対一での話です。
広範囲の魔法を使いこなせない私は守備には向いていません。
私は、自分の左の薬指についている指輪をちらりと見ました。
守りを全て任せてきた想い人を思い出します。
「守りはお願いしますね。フィルク」
◇ ◇ ◇
ニルナが、ストークムスの国境付近を走っていたころ、サンヴァ―ラの属国アステーリは混乱の極みでした。
私ゼノヴィアは、アステーリの女王ですが、王の責務を投げ出したい気持ちでいっぱいです。
「ゼノヴィア様、ストークムス軍が攻めてきています」
「ゾンビ、スケルトンなどのアンデットも多数確認」
「サンヴァ―ラでは、邪竜の目撃情報もあったと」
次から次に部下たちから、不穏な報告が届きます。
「ああ、もうこの世はおしまいかもしれません」
しっかりしなければいけないと思いながらも、情勢にまるで心がついていっていません。
何から対処していいのか。
そもそも何か一つでも対処できるのか。
それすらもわかりません。
「安心してください。ニルナ様とフィルクさんに救援をお願いしました」
魔王ニルナから派遣されているレザさんが、伝えてきます。
「そ、そうですか」
アステーリはサンヴァーラの属国、本国に依頼をするのが筋というもの、ですが……。
昔は妹分のように可愛かったニルナは、もはや完全な魔王。
サンヴァ―ラに避難していたころ優しかったフィルクさんも完全にニルナに同調し、魔王幹部以外のなにものでもありません。
たしかに二人なら、この危機を打開してくれる気もしますが、それ以上にもっと悪化する可能性も感じています。
「まずはできることから始めましょう。僕らにできるのは、フィルクさんの邪魔にならないように、ストークムス国境付近の国民をできるだけ、逃がすことです」
「そうですね」
フィルクさんは、高威力遠距離魔法の使い手です。
問題は、威力が高すぎて、味方も巻き込まれてしまうということ。
私は、一度だけ魔法を使うところを見ました。
一撃で万の敵兵を倒してしまう光の帯。
思い出しただけでも、くらくらします。
「ストークムスに与すれば、サンヴァ―ラに滅ぼされ、サンヴァ―ラに与すればストークムスに攻め入られる。アステーリはどうすればいいのでしょうか」
勇者クラス最大保有国のストークムスとアンデットが蔓延る魔王の国サンヴァ―ラに挟まれているアステーリ。
「どうして私はこんな国の女王なのでしょうか」
嘆いていると、兵の一人がやってきました。
「ゼノヴィア様、空に異変が……」
もう勘弁してほしいと思いながらも、放置するわけにもいかず、城の外に出て空を見上げます。
空を漆黒の雲が覆いつくしていました。
雲の隙間から光が差すと、まばゆい鱗に覆われた龍が現れました。
龍の口から吹き出る灼熱の息が王都を襲います。
王都のあちこちから火の手があがり、家々を焼き尽くしていきます。
「やっぱりこの世の終わりかもしれません」
私の死んでしまった旦那である元アステーリ王が、ストークムス側についてしまったのもわかります。
「あんな龍とどうやって戦えというのでしょうか」
「ゼノヴィア様、あちらを見てください」
今度は、暗黒の翼を広げた邪竜が現れました。
空の帝王は自分だと言わんばかりに、恐ろしい咆哮をあげています。
「あああ、この世は終わりです」
かもしれないとかではなく。
終わりの始まりです。
心の内がすべて絶望に覆われて、呆然と空を眺めます。
突如、暗黒の邪竜が、輝く龍に体当たりをしました。
「あ、あれ?」
邪竜は、龍に立ち向かいます。
龍が、吐く息がアステーリに向かないよう頑張ってくれているように感じます。
「邪竜がなぜ?」
不思議に思っていると、竜から影が一つアステーリ城に飛び降りてきました。
ジャラジャラ鎖が伸びると衝撃を緩和し、着地します。
影は見知った姿をしていました。
「フィルクさん!?」
「ゼノヴィア様、お久しぶりですね」
降りてきたのは、銀髪秀麗のフィルクさん。
くるりと魔杖をまわして、体勢を立て直すと、顎に手をあて、戦いだした龍と黒竜の戦いを観察しています。
「あれは、ストークムスの飼いならしている龍ですか」
「フィルクさん、あの竜は……」
「ああ、あっちは僕のペットですよ」
「ペット?」
邪竜をペット扱い?
卵から生まれたドラゴンは、ペットのように可愛かった覚えがあります。
どうせ成竜になるまで、100年以上かかるとの話だったので、あまり気にしていませんでしたが、空を駆ける漆黒の竜は、どう見ても成竜。しかも、暗黒の力を操る邪竜のようにみえます。
「あの竜はどうしたのですか」
「戦力が不足していたので、手懐けました」
「邪竜を?」
「ええ」
フィルクさんは、瞳を青く輝かせると、ニヤリと邪悪に笑います。
「どっちのペットが優秀か勝負です」
フィルクさんは、まるで闘犬でもけしかけるように楽しそうに言いました。
「シャドウ、首元を狙え!」
邪竜は、フィルクさんの言葉を理解しているように頷くと、龍の首元を狙って攻撃を仕掛けます。
「今だ! 竜爪撃!」
邪竜はフィルクさんの合図を理解し、黒い翼を翻しながら、力強く飛び上がって爪を振るいます。
龍は、体を捻るように旋回しながら、爪を躱しました。
「魔力収束」
邪竜は咆哮を上げ、暗黒の力を口元にエネルギーを集めていきます。
龍も邪竜の異変に気付くと同じようにエネルギーを溜め始めました。
「撃て! ドラゴンブレス」
フィルクさんの指示に呼応し、邪竜の瞳がカッと光り輝くとエネルギーを放ちました。
龍も同時にエネルギーを放ちます。
光と闇の激突。
世界に、衝撃が広がりました。
周囲は濃い煙に包まれその煙の中から、邪竜の影が現れました。
邪竜は翼を広げたまま、その姿勢を崩し、高度を失いながら空から降り注いでくるように墜落してきます。
邪竜は地面に激しく衝突する音が響き渡り、煙が一気に舞い上がっりました。
「負けてしまいましたか。あの子も良いところまで戦えたのではないでしょうか。ですがまだまだですね」
我が子のスポーツでも観戦したような言い方です。
「そ、そんなのんきな」
「ドラゴンの回復力なら大丈夫ですよ」
「邪竜の心配をしているのではなくてですね」
空を見上げると、勝ち誇った龍がさらに輝きを増しています。
「みたか。我が龍化の術を」
神々しい光の中、龍が人語を話しました。
「ん? ペットではありませんでしたか」
「降伏するなら、今のうちだぞ」
「さあ、戦闘開始ですね」
龍とフィルクさんは、全く別のことを言います。
魔力解放『秩序宇宙』
無限に輝く星の煌めきのような魔力が迸ります。
フィルクさんは、首に巻いていたマフラーを広げました。
魔布変形「捕らわれの姫君」
ジャラララララ。
金属音を立てながら、鎖が螺旋のように広がっていきます。
増殖。分岐。増殖。分岐。増殖。
一気に、鎖が辺りを埋め尽くすと、龍に絡みつき、上空から引きずり下ろします。
「ぎゃあ、なんだこれは」
もがけばもがくほど、鎖は複雑に絡み合い、締め上げていきます。
龍は、エネルギーを溜め始めました。
フィルクさんは、落ち着いて持っていた杖を大地に突き刺すと魔力を込めます。
魔杖変形「最高神の雷」
魔杖が黄金色に光り輝きます、大砲の形状になりました。
フィルクさんは、そのまま、魔力を込め続けます。
『龍の咆哮』
龍が、エネルギーを放ちました。
「神罰」
同時に、大砲からエネルギーが放たれます。
光の帯エネルギーを押し切り、龍の姿を飲み込みました。
光が消えると、龍が小さくなっていき、人の姿に変わっていきます。
「ゼウスキャノンを耐えますか。なかなかやりますね」
「邪竜の制御に相当量の魔力を消費したはずでは……」
「なにを言ってるんですか? あの竜は放し飼いですよ」
「放し飼い?」
邪悪な竜がのっそりと起き上がると、甘えるように首を伸ばしてきました。
フィルクさんが、喉を撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振ります。
「ちなみにペットに懐かれるコツを知っていますか」
「なにを?」
「ちゃんと頑張ったあとは、ご褒美をあげてあげることです」
「ご褒美?」
「今日は、楽でいいですね。餌の方から来てくれたのですから」
「まさか……」
敵の魔法使いは、震え上がっていました。
フィルクさんの青く澄み渡る月のような瞳が、敵の姿をとらえていました。
「さあ、食べていいぞ。シャドウ」