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Aランク冒険者

 私は、冒険者マイラスを連れて、ニルナ様との待ち合わせ場所に向かいます。

 マイラスは、よく一緒に仕事をしていた冒険者。

 無精ひげを生やし、屈強な戦士らしく引き締まった体をしている。

 背中には、魔導具である大斧を背負っています。

 

「冒険者辞めて、すぐ出戻りとか、だっせーの」


 ギルド職員になり、意気揚々と冒険者を辞めたのに、辞めてからひと月もたっていません。

 ダサいことは、自分が一番分かっています。

 が、腹立たしいことには違いありません。


「うるさい。黙りなさいよ」


「冒険者より、いい男捕まえるって言ってたのにな」


 くぅ。昔、振ったことを根に持っている。


「私のことより、今から依頼者に会うんだから、ビビらないでよ」


「ビビる訳ないだろう。俺を誰だと思ってるんだよ」


 普通であれば、マイラスより強い人間はほとんどいません。

 普通であれば――魔王のようなものでない限り。


 当然、今からある依頼者のニルナ様が魔王であることは伝えていません。

 伝えて、もし魔王に組みしていると情報が漏れたら、死刑間違いなしだからです。


 待ち合わせ場所の町外れの川のほとりにつくと、ニルナ様はなんだか細切れにされた謎の赤い物体をを川に捨てていました。

 手を拭っている布切れは、鎧と同じように真っ赤になっています。


 どうして、そうなっているのかは、質問しない方が良さそうでした。


「ふふ、ふーん」


 なんだか楽しそうに、黒くて長い棒状のものに糸を結び付けて釣り竿を作って、釣りを始めました。


 嘘ですよね!?


 した……な、なにかを捨てた場所で、普通釣りします!?


「あの人が依頼主か?」


「そうよ」


「依頼主、めっちゃ美人だな」


 マイラスは、ニルナ様が撒いているものが、なにか本当にわからないよう。

 多分、撒き餌だと思っているのかもしれません。

 確かに魚は寄ってくるかもしれませんが……。


「まるでお忍びできた、どっかの王族みたいだぜ」 


「……よくわかったわね」


 魔王なので、間違いなく王族。

 他国に潜入しているので、間違いなくお忍びです。


「なるほどな。世間知らずでこんなところにやってきたんだな。護衛の任務って訳だな」


「……そうね」

 

 世間知らず……間違いなく常識知らず。

 護衛の任務――本人ではなく、盗賊団の護衛です。


 私は、自信満々のマイラスの顔を見ます。

 今の私は、占い師より未来を当てる自信があります。

 この男は人生最大の不幸と、幸福を味わうことになる。

 間違いない。


 私は、大きく息を吸って、ニルナ様に声かけました。


「ニルナ様、お待たせしました」


「ああ、ラニーラさん。こちらも今終わったところです」


『今きたところ』みたいな言い方。

 なにが終わったのか気になりますが、聞いてはいけません。

 内容を聞くと普通に答えてくれそうなのが、余計に恐ろしい。


 釣り竿を、引き上げると魚が釣れていました。


「おいしそうですね」

 

 串に刺して、焼きはじめます。

 猟奇的としかいいようがなく、めまいを感じます。


「さすがお忍びで来るだけはあるなぁ」


 何もわかっていないマイラスは感心しています。


「はい。狩りや釣りができれば、食うには困りませんから」


 だから、こんなところに一人で平気でいるのでしょう。

 何もかも規格外の人です。


「ところであなたは誰ですか?」


 ニルナ様はマイラスに聞きました。

 マイラスは、サムズアップして歯をキラリと光らせながら言います。


「俺はAランク冒険者マイラス、あんたの依頼を受けに来た。大船に乗ったつもりでいいぜ」


 手を合わせてニルナ様は喜びます。

 そんなところだけは、おしとやかなご令嬢のようです。


「助かります。私、冒険者の強さとか全然わからなくて」


「で、あんたは誰なんだ?」


「魔王です」


 マイラスは首を傾げました。


「ん? 今、魔王って言わなかったか?」


「はい。私は魔王ニルナ・サンヴァーラですよ!」


 ニルナ様は、元気いっぱい言いました。


「はぁああああ? おい、お前の依頼主、自分のこと魔王って言ってるぞ」


 そんなことは知っています。

 私もなにかの間違いであって欲しいと思って、何度も確認したことか。


「はい。これ見て」


 私は、マイラスに魔王討伐依頼書を渡しました。

 マイラスは慌てて、ニルナ様の顔と討伐依頼の人相書きを見比べはじめた。


「うん? うーん、えっ? うーん」


 全く私と同じことをしている。

 なにかの間違いじゃないか必死で探しているのだろう。


「おい。この討伐依頼間違いなんじゃ……」

 

 マイラスの気持ちに留めを刺すため、私はニルナ様にお願いした。


「ニルナ様、こいつにギルドで見せてもらったハンマー見せてもらっていいですか?」


「はい。いいですよ」


魔力解放『創生(グニルズ・ブルースト)


 ニルナ様から、世界の始まりを告げるような色鮮やかな魔力が放たれました。


「おい。なんだよ。この魔力は!」


 驚くマイラスを気にせず、ニルナ様は聖剣を構えます。


聖剣変形「雷神の鉄槌(ミョルニル)

 

 全体に幾何学的な紋様が浮かび上がると、聖剣は凝縮するように密度を上げて大きなハンマーへと姿を変えました。

 ニルナ様は、飛び上がりそのまま近くにあった大岩にハンマーを振り下ろしました。


 ズドーン。


 生じる衝撃はまるで地響きのようでした。

 岩が砂のようになっていきます。


 昨日と攻撃方法が違うのに、恐ろしく高威力なんだけど。


 ……いやぁ。

 これが、この武器の本来の使い方かぁ。


 建物を吹き飛ばすと言っていた意味がわかりました。

 木っ端みじんといった方があっている気がします。

 

「ニルナ様、そのハンマー人に当たったらどうなりますか」


「バンってはじけると思います」


 なにその擬音。

 人に使っていいやつじゃないよね。


 生唾をのみながら、隣を見ると、マイラスの顔が蒼白になっていました。

 私も、同じようになっているに違いない。


「やっぱちょっと、依頼受けるのやめようかな」


「ニルナ様、ちなみに今依頼を破棄するとどうなりますか」


「えっ? 心苦しいですが、死んでもらうことになりますね」


 すんごくいい笑顔でいう。

 何一つ、心苦しさなど感じられない。


 マイラスに首をつかまれると、ものすごく離れたところに連れて行かれる。

  

「おおい! 本物の魔王じゃないか」


「……そうよ」


「そうよ。じゃないんだよ嵌めやがったな」


「ギルド赴任初日の最初に魔王の相手した私の気持ちわかる!? あんたも、味わいなさい」


「もう味わったわ。どうするんだよ!?」


「私一人じゃどうにもできないから、あんた呼んだんでしょ。依頼内容伝えずに、のこのこ来る奴はあんたしかいなかったんだから」


「伝えろよ」


「伝えられる訳ないじゃない。ストークムス裏切るのに」


「俺も巻き込みやがって」


「はあ、じゃあ、私が一人死ねばよかったって言うの……」


 初めは、魔王から依頼を受けても何とかなると思っていた。


 ギルドの依頼書整理すると、護衛対象のサンヴァーラの盗賊には、すでに懸賞金がかけられていた。元Bランクの自分一人ではこなせない依頼だった。

 なので昔のツテに一人一人連絡をした。


 自分が受けた依頼を手伝って欲しいと。


『虫が良すぎる』

『内容がわからないなら受けられない』

『嫌に決まっている』

『ちょっと顔が良いからって調子のりすぎじゃない?』


 散々だった。

 当然ともいえた。


 別に追放された訳でもなく。

 自分の我が儘で、冒険者を辞めたのだ。

 そこに信頼などあるはずなかった。


 ろくに回復魔法もないこの世界では、一度の負傷が命取り。

 プロなら断って当たり前だった。


 最後の最後に連絡したのは、自分がこっぴどく振った男マイラス。


『いいぜ!』


 二つ返事で、そう答えたのだ。

 どれだけ嬉しかったことか。

 どれだけ救われたかわからない。


「そんなこと言ってないだろ。振られたからって一度は惚れた女だぞ」


 ああ、私はなんて酷い女なのだろう。

 惚れた弱みにつけこんで、無理やり自分の不運に巻き込んだ。


 思い出すと涙がこぼれてきた。


「おい。泣かなくてもいいだろう。悪かったって」


「ううん。悪いのはどう考えても私。だから……」


「だからなんだよ」


「生き残ったら、結婚してあげる」


 多分それくらいしなければ、釣り合いがとれないだろう。

 もしかしたら、もう私のことなんて好きなんかではないかもしれないけれど。


「お前、マジで……いってるのか」


「うん。本気」


 今までだって、本当は気はあったのだ。

 ただ、冒険者稼業の不安で一歩を踏み出せなかっただけ。


 今なら、素直に好きだと思える。


「やってくれるの、どうするの?」


「やるに決まってるだろう。というか逃げられないだろう」


「ごめんね」


「約束忘れんなよ」


「もちろんよ」


 私は、マイラスの胸に飛び込んだ。

 二人でなら、どんな困難も乗り越えられる。

 そう思うと、唇が自然と近づいていき……。

 

「わあ、おめでとうございます!」


「「わああああ」」


 私たちは慌てて離れました。


「式はサンヴァーラで盛大に挙げましょうね」


 ニルナ様は気配もなく、いつの間にか近くにいた。


「ニルナ様、会話どこまで聞いていましたか」


「えっ? 私、耳がいいので、全部聞こえてますよ」


「マジかよ」

 

 針が落ちた音も聞こえるのかもしれない。

 でも良かった。一応聞かれて困ることはなかったはず。

 恥ずかしさは、あるけど。


「国を裏切ってまで依頼を受けてくれるなんて冒険者の鏡ですね。尊敬します」


 ニルナ様は、うんうんと頷きます。


「仲人は任せてください!」


 魔王が、結婚の仲人になってしまった!?

 確かにニルナ様のおかげで、心が決まったので、仲人に違いない。


 魔王が仲人って。

 式をあげるのはもしかして魔王城!?

 どんな魔窟なんだろう。


「ドラゴンとかいたりしませんよね」


「いますよ。フィルクが飼っています」


 いるんだ。

 それに、ドラゴンをペットみたいにしてる人がいるの?

 怖いんだけど。


 でも、まずは依頼をこなさないといけない。


「そうと決まれば、問題は他のAランクの連中だ」


 マイラスはAランクとはいえ、他のAランクの冒険者に確実に勝てるわけではない。


「このあたりには俺以外にも、Aランクの槍使いがいて」


 ブラックランスのカルク。

 ランスを疾風のように振り抜き、一撃で敵を貫通する。

 圧倒的なセンスを持った冒険者。


「どんな槍ですか?」


「黒くて細くて異様にリーチが長い槍で」

 

「その槍ってこれのことですか?」


 ニルナ様が釣り竿にしていた黒い長い棒状の物をよく見てみます。


 どう見ても槍です。


 ニルナ様は、マイラスに槍を渡しました。


「ああ、確かにカルクの槍だ……ニルナ様、これをどこで」


「さっき会った人が落としました」


 魔王におどろいて逃げ出したのだろうか。

 武器を落としたまま逃げるような人ではなかったはず。


「その人はどちらに」


「川にリリースしました」


 食べられない魚と同じ扱い!?


 というか、さっきの赤い物体がなにか確定してしまった。

 知りたくなかったのに。


「その人どうでしたか?」


「どうとは?」


「強いとか弱いとか」


「うーん。よくわかりません」


 わからない?


「そういえばニルナ様さっき冒険者の強さがわからないって言ってませんでしたか?」


「皆さん強さはよくわかりません。なんであんなにすぐ死んでしまうのでしょうか?」


 あああ、Aランク冒険者がそんなレベル?

 儚い虫がどうして死んでしまうのか聞いてくる子供の口調です。

 

「ち、ちなみに最近苦戦した相手は、誰ですか?」


「んー?」


 腕を組んで悩み始めました。


 苦戦とかしたことなさそうです。

 しばらくすると、ポンと手を叩いて答えました。 


「レインリーの勇者ハーツですかね」


「うわぁ。すでに、他国の勇者倒してる……」


 勇者ハーツといえば、北部最強だと言われていた勇者だ。

 遠いストークムスにも伝わっている勇者を倒しただなんて。


「ニルナ様は、そもそもどうしてストークムスに侵略に?」


「したくて、してるんじゃないですよ。宣戦布告されたんです! 私は仲良くしようと思っていたのに!」


 ニルナ様は可愛くぷんぷん怒っている。

 やってることと、見た目の可憐さが釣り合ってなくて、脳がバグりそう。

 というか、話せば話すだけ常識が壊れていく。


「なんで私たちの国、この人にケンカ売ったの?」


 私は自分の国の無謀さに頭を抱えました。


 ダメでしょう。

 Aランクの冒険者も弱いと言って、他国も滅ぼして、すでに勇者も倒してるような、そんな魔王にケンカを売ったら……。


 故郷に未練はあれど、滅ぶ未来しか見えない。


「それで報酬ですが、どうしますか。私にできる範囲ならなんでもいいですよ」


 私とマイラスは、顔を見合わせ頷くと声を合わせて言いました。

 

「「サンヴァーラ永住権でお願いします!」」

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