襲われた馬車
王族からの特別な依頼だった。
この国の未来がかかっている。
「必ず成し遂げなければいけない」
私は、馬車を走らせながら、使命感に心を満たしていた。
護衛に雇っている騎士たちも手練れで申し分ない。
なにも不備はないそう思っていたのに、木々の陰から不気味な気配が漂ってきた。
やがて、影が形を成し、道を塞ぐように立ちふさがった。
それは薄汚い恰好をした盗賊と見て取れる者たちだった。
「がっはっは」
盗賊の下品な声が響き渡る。
次々盗賊たちが現れてくる。
盗賊たちはみな、飢えた獣のように爛々と目を光らせていた。
「馬車のものはすべておいていってもらおうか。おとなしく渡せば命まではとらない」
盗賊たちの中で一番、体の大きなスキンヘッドの頭と思われる男が言う。
「お前たちのような、悪党どもに渡す物はない」
私は、気丈に言い返した。
「お前たちは、俺たちを悪党と呼ぶのか」
盗賊のお頭は、怒りに拳を握りしめていた。
「当たり前だろう。薄汚い盗賊ども」
盗賊たちは、笑みを引っ込めると、農具のような武器をそれぞれ手に取った。
騎士たちも、馬の上で、剣を抜く。
戦えば勝てるかもしれないが、目的である荷物を届けられなければ意味がない。
騎士たちに合図を送りながら、馬に鞭打つと強引に、盗賊達を突破した。
「逃がすな! 追え」
馬車は急速に森の中を駆け抜け、追手たちを振り切るために機転を利かせた。彼は身を乗り出して馬を駆り、不規則な道を選んで追手たちの視界を遮った。しかし、盗賊たちは執拗に追いかけてきており、その数も増えてきている。
「どこかで向かい打ちましょう」
馬車に乗っていた騎士の一人がいう。
騎士たちの瞳には闘志が宿っていた。
彼らからは団結して敵に立ち向かう決意を感じる。
「そうだな」
私は騎士の言葉に頷く。
「少し先に、戦いやすい場所があるはずだ」
この土地の地形は熟知している。
この先は、少し開けた場所になっていて、崖があり、後ろを気にせず戦える場所だったはずだ。
「ここで立ち向かうぞ!」
盗賊たちもまた、向かって近づいてきた。スキンヘッドのリーダーが笑みを浮かべ、農具のような武器を構えている。
「さあ、盗賊ども、我らが相手だ」
盗賊たちは、こちらが少ない数で立ち向かってくるのは想定外だったのか、怯んで急におよび腰になった。
先は奇襲であったから、驚いたが盗賊をみれば、正式な訓練を受けたものではない様子。
少数人でも、十分勝てる見込みはある。
「どうしますか?」
盗賊の一人が、頭と思われるスキンヘッドの男に聞いた。
「やるしかねぇ。行くぞお前ら!」
決死の覚悟で盗賊たちは、騎士に襲い掛かろうとした。
その時。
「待ちなさい!」
大きな女の声が響き渡る。
声の出現場所を探すと、きらりと何かが光った気がして、崖の上を見上げた。
「はっはっは」
キンキンと響く豪快で綺麗な笑い声。
そこにいたのは絶世の美女。
大地が震えるような美女の登場に、戦いは一瞬の静寂に包まれた。
青とも、赤にも見える不思議な黄昏色をした瞳。
黄金の髪をはためかせ、ドレスのような煌びやかな真紅の鎧を身にまとい、体の大きさに不釣り合いな装飾剣を手に持つ女。
彼女の姿勢は堂々としており、その存在感は圧倒的だった。
「私に滅ぼされたいのはだれですか?」
彼女の美しい声はまるで音楽のように響いた。
明らかに異常。
そして、異質。
盗賊たちは驚きと恐れを交えた表情を浮かべ、騎士たちもその美女に注目していた。
「私が来たからにはもう安心です!」
舞踏会にでもいるような淑女だ。
だが見た目はおしとやかさとは裏腹に、言動は激しさそのもの。
場違いにもほどがある。
「一体なんだ?」
女は子供が木の枝でも振るうように、剣をブンブン振り回して見せる。
美しい色白の細腕でどうしてそんなに振り回せるのかわからない。
とはいえ、こんな綺麗な女性の好意を無下にするわけにもいかない。
「手助けなど必要なく……」
女は普通の人間なら死んでしまいそうな高さの崖から躊躇なく飛び降りる。
舞踏会の中で踊るような優雅な動きを見せながら、剣を大きく振りかぶって攻撃した。
私の馬車に。
ドッシャ!
馬の首を切り落とすと豪快に血しぶきをあげる。
「えっ?」
私は驚きのあまり言葉を失った。彼女の行動は予想外で、私の思考を追い越してしまった。
呆然と立ち尽くしていたが、女はすぐに言葉を発した。
「盗賊のみなさん今助けますから!」
戸惑っているのは、盗賊たちも同様だった。
女は血しぶきが舞う中、にっこりと笑う。
あまりにも凄惨な美しさ。
鎧が血を吸収していく。
鎧が真紅である理由。
血に染まっている。
そう理解した瞬間、目の前の女が恐ろしい存在以外の何物でもなくなった。
「何者かわからないが、その女も殺せ!」
私は、騎士たちに対して指示を飛ばす。
私の言葉に、女は笑みを深くした。
「さあ、行きます!」
突如、女の魔力が高まり、辺りが震撼する。
魔力解放『創生』
世界の始まりを告げるような色鮮やかな魔力が放たれる。
彼女の美しい黄金の髪は魔力になびき、真紅の鎧は一層輝きを増していた。
「な、なんだこの魔力は」
周りに影響するほどの、魔力など見たことはない。
ただ噂では、聞いたことがある。
「まさか、異世界の魔力……」
女は、装飾剣を構えながら、綺麗な唇を開き呪文を唱える。
聖剣変形「勝利の剣」
剣に埋め込まれたエンブレムが赫赫と光り輝き、全体に幾何学的な紋様が浮かび上がると、燃えているかのような両刃の剣となった。
「変形する剣だと!?」
変形する剣は、主に各国の勇者が所持していることが多い国の秘宝であり、最高級の魔導具。
いわゆる聖剣と呼ばれるものだ。
聖剣を持ち、異世界の魔力を使う者。
それは……。
「この女、勇者か? いや、勇者ならばなぜ私たちを襲う? そんなことより」
剣は、見たところ特殊効果型。
私は胸から、盗賊に襲われてからずっと魔力を込め続けていた魔導具を取り出す。
狙いを女にして、魔法の呪文を唱えた。
「フレアボム」
絶大な威力を発揮する火属性魔法。
激しい爆発と共に、女の姿が炎の中に包まれた。
「どうだ? やったか? どんな人間も、魔法の前には……」
炎の中から女が、平然と現れた。
「その程度の魔法で、私をどうにかできるとでも」
炎は、鎧に当たる前に掻き消え、その美しい身体には一切の傷も見当たらない。
「アンチ魔法の類か」
超上級者の魔法使いしか使うことができないと言われるアンチ魔法。
勇者クラスの者であれば、確かに使えてもおかしくはない。
「魔法が効かないのなら、剣で倒せ!」
私の声で、反応したのは女の方が早かった。
女は、地面が震撼するほど踏み込むと、剣を豪快に振り下ろす。
騎士は、女の剣を自らの剣で受け止めた。
はずだった。
剣も鎧もなにもかも無視して、騎士が真っ二つに割れた。
死んでしまったというには無残すぎる姿に変わり、世界を真っ赤に染めていく。
「ひぃいいいいい」
あまりの常軌を逸した凶暴さに、残り二人の騎士が後ずさる。
「戦場で怖気づいたら負けですよ」
彼女の魔力が再度解き放たれるのを感じた。
聖剣変形「運命の剣」
剣に埋め込まれたエンブレムが空色に光り輝く。
剣全体に幾何学的な紋様が浮かび上がると、鳥の羽のように薄い片刃の剣になった。
彼女の姿がぶれるように見えなくなり、空気が裂けるような音が響き渡った。
スパーン。
次の瞬間、まるい物体が二つ宙を舞った。
ころころと私の元に転がってきた物体がなにかわかり、戦慄で震え上がった。
「ひぃいいい」
丸い物体は騎士の頭だった。
騎士たちは、大地を真っ赤な海に変えるだけの物になってしまった。
カツン、カツン。
女はゆっくりと、剣を構えなおすと、死神のように近づいてくる。
「私には、帰りを待つ娘が……」
同情を誘う、なけなしの命乞い。
「なるほど、可哀想ですね!」
女はにっこり笑う。
一瞬の期待。
「だからどうしたって感じですが」
そして、絶望。
そこには、慈悲などまるでなかった。
「は、話し合いを」
「話し合い? 一度は、勇者を無傷で返し、話し合いをすることを示したのに、応じないどころか攻めてこようとしているのはあなた方でしょう」
怒りに満ちた声。
美しさとは裏腹に、彼女の目は先程までの紫色とは違い、赤く異様な輝きを放っていた。
まさに闇の中から現れた悪夢そのもののようだった。
「お、お前は、何者なんだ」
女は、笑った。残虐に。
まるで、知らないことの方が、あり得ないとでもいうように。
彼女は剣をゆっくり振り上げる。
そして、処刑台に上るような恐怖の中で、彼女の名を聞いた。
「私は魔王ニルナ・サンヴァ―ラ、あなたの国ストークムスを滅ぼす者です!」
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