彼が見つめる先
朝、バスが光のベールの中をくぐっていく。
座席の古びた青緑も、他の乗客の黒髪も、光に透けて、色を取り戻す。
その悪戯を享受するように、皆、気付かぬふりで、朝を受け入れていた。
わたしもそっと、瞬きをする。
視界に映る自分の睫毛に、光の粒が溜まって、世界はもっと明るくなる。
こんな表現は大げさだろうか。でも、わたしの「見える世界」はいつも人より少し大げさだ。
――ガダン。
車体が大きく揺れて、他の乗客も一緒に揺れる。高校へ向かうこのバスは、大体、運転が荒い。
――ガタン。
また、車内が大きく揺れる。わたしは、揺れに紛れて、車内の前方を見た。
ある程度、混んだ車内に、今日も〝あの子〟がいた。
艶のある黒髪は、いつも手入れが行き届いている。わたしと同じ制服。ポニーテールにした長髪。ポニーテールが、本人を幼く見せないのは、あの子の綺麗な鼻筋や、切れ長の整った瞳、すらりと伸びた手足のおかげだろう。
長谷裕子、二年四組、バレー部の部長、わたしと同じクラス、三つ前の席の、女の子。
足がよろめいた。バスが、角を曲がったのだ。
角を曲がると、わたしの通う高校が見えてくる。わたしは、窓から、高校の方を眺めた。
――今日も、いた。
わたしは、窓の外に〝彼〟を見つける。
身体が押されて、バスが停車駅についたのだと、気が付いた。
人の波に乗ってバスを降りれば、冷房の効いた車内から追い出されて、蒸し暑い外に立った。
行きのバス停は、高校の正門から、大通りを挟んだ場所にある。
そのため、バスで登校する生徒たちは、歩道橋を上がって大通りを渡ることになる。
わたしも、長谷さんも、他の生徒と一緒に、歩道橋を上って行った。
歩道橋の奥には、待ち構えるように、もう一つのバス停がある。
下校時に利用するのは、こちらのバス停だ。
その小さなバス停の屋根の上に、妖はいる。
少年の姿をした妖だ。年はわたしと同じくらいに思える。
わたしは歩道橋を渡りながら、妖が見えない他の子たちと同じように、真っ直ぐ前を向く。
そして、視線だけを歩道橋の外に投げて、妖を盗み見た。
妖の男の子に気付かれないように、わたしは注意を払うけれど、そんなものは無意味だと分かっている。
その妖と、目が合ったことは一度もないし、きっとこれからもない。
妖は、屋根から歩道橋の方を向いて、今日も長谷さんを目で追っている――。