7.責任重大⁉ 赤く燃えるハート
「すっごくかわいいねえ! うんうん、いいと思うよ~! 植物の刺繍を追加してくれるとさらにボク好みだけど」
「元々付いていたこの留め具もお前が作ったものだろう? 悪くない」
わたしのカバンをしげしげと眺める栗毛の先輩と、はずして脇に置いていた留め具を持ちあげて眺めている浩宇先輩に、わたしはまばたきを数度繰り返した。
「え、ええっと……」
「改めまして、ボクは沐辰。よろしく、翠ちゃん」
「俺は浩宇だ」
栗毛の先輩こと沐辰先輩に手を握られ、ブンブンと上下に振られる。握手されて、よろしくってことは、つまり……?
「ご、合格……ってことですか?」
「あははっ! そうだね、ま、試験なんて嘘だけど」
「嘘⁉」
「だって、翠ちゃんはそもそも文官さまと先生の試験に合格してきてくれたんでしょ? だったら、ボクたちが翠ちゃんを解雇になんてできるわけないし」
「はは、騙して悪かったな。これから一緒にやっていく仲間の実力が見たいっていうのは本音だったが……安心してくれ、お前の腕は信頼できる」
ふたりがそろってニッと笑う。途端、わたしは体中から力が抜けて、ペタンと地面に膝をついた。
「よ、よかったです……」
これで不合格なんて言われて解雇されていたら、どうなってしまっていたんでしょう。いいえ、そうでなくても、実力不足だと言われては仕事をさせてもらえなかったかもしれません。
わたしがほおっと深い息をはき出すと、沐辰先輩がやさしくわたしの手を引っ張りあげてくださった。
「これから一緒にがんばろうね!」
沐辰先輩のくせっ毛が揺れる。人なつっこい犬みたいな笑みを浮かべた先輩に、ひとまずはこれで正式に宝飾殿で働けることになったらしい、とわたしもようやく安堵した。
「はい、わた……じゃなかった、ぼく! 精いっぱいがんばります! よろしくお願いします!」
危ない危ない、喋るときは気を付けなくっちゃ。声の高さは変えられないのでしかたがないとして、わたしというのは怪しまれそうだ。心のなかで、ぼく、ぼく、ぼく、と呟く。こんなことならもっと練習しておけばよかったです。
だが、浩宇先輩は特に気にした様子もなくうなずいただけだった。沐辰先輩もどことなくかわいらしい雰囲気があるし、慣れているのかもしれない。沐辰先輩はといえば、少し首をかしげたけれど、にっこりと笑うだけで追求はしなかった。
そもそも、先輩たちは皇族の服飾を作っているのだ。皇族の人たちは顔の整ったかたも多いと聞くし、特に今の皇子さまはご兄弟で綺麗な顔をしていると雨義姉さまもおっしゃっていた。そんな人たちを見慣れていれば、男か女かなんて気にならないかもしれない。
よし、いけます! わたし、このまま翠として、男として、立派に皇族の服飾を作る宝飾師として生きていきます!
決意新たにぐっと拳を握りしめると
「気合充分って感じだねえ」
「残念だが、今日は案内と説明で終わるがな」
とふたりの声が聞こえた。
「え? 今日はお仕事しないんですか?」
「うぅん、言いにくいんだけど……今日だけじゃなくて、一か月は無理じゃないかなあ」
「一か月⁉」
「これでも短いほうだ」
「ボクなんて一年はなにもさせてもらえなかったよ~」
沐辰先輩がケタケタと笑う。浩宇先輩も大きくうなずいているところを見るに、どうやら同じ経験をしているらしい。
「でも、試験のときには即戦力を求めてるって……」
わたしが咄嗟に文官さまからの要望を口にすれば、
「だから、翠ちゃんは特別なんだよ」
と沐辰先輩がわたしの肩に手を置いた。浩宇先輩は困ったように眉をしかめ、腕を組む。
「本来はありえない。ただ、今は第一皇子の成人の儀が迫っていてな」
「成人の儀?」
「平たく言えば、二十歳の誕生日ってことだな」
「え⁉ それじゃあ、盛大なお祝いってことですよね? 迫ってるって……」
「後三か月だ。例年通りであれば、先生が指揮を執り、成人の儀で着用いただく服飾を完成させる予定だったんだが……。先生が急病で倒れてな」
「先生?」
「ボクらのお師匠さまだよ。宝飾殿に四十年も務めた人でね、それはもうすごい人だったんだあ! もともといい年だったし、第一皇子さまの成人の儀で引退するって言ってたんだけど、それを前に病気になっちゃったってわけ」
「そう、だったんですか」
それで急遽、宝飾殿の人員を募集することになったのだそうだ。
わたしは納得がいくと同時に、自らに課せられた責任の重さに気付く。先輩がすごいという先生の代わりに雇われたのだ。つまり、先生ほどではないにしろ、先生に負けない働きをしなければならないということだろう。
「えぇっと……死ぬ気で、がんばります」
服飾の仕事がどれほど激務でも、それで死ぬことができるなら本望か。覚悟を決める。わたしがふたりにキッと顔をむけると、ふたりは呆気にとられたような顔を見せた後――破顔した。
「死ぬ気って……そんな! あはは、大げさだよ! 先生の分まで、三人でがんばろ」
「そうだぞ、新人。お前に先生の分まで求めているわけじゃない。俺たちがお前を引っ張るから、気にせずできることをやってくれ」
ふたりはそれぞれわたしの肩を片方ずつ、ポンと軽くたたく。
「まずは一か月、皇宮のことから宝飾殿のことまでみっちり基礎を叩きこんでやる」
「その後の二か月は、ボクらと一緒にいっぱい……じゃなかった、死ぬほど! 皇族の服飾を作ろうね!」
「……は、はい!」
そうだ。わたしはまだスタートラインに立ったばかり。それも、他の人に比べればずいぶんと恵まれた位置からのスタートに立てたのだ。
いつか、皇族の服飾をひとりで任せてもらえるようになる。
それまでは、一生懸命にできることをがんばりましょう!
わたしは拳を握りしめて、天高く掲げる。
「がんばりますよ~!」
えいえいおーっと声をかければ、浩宇先輩は苦笑して、沐辰先輩は一緒に拳を高くあげた。