38.白華の男装宝飾師、解雇⁉
「翠ちゃん、解雇ってどういうことお⁉」
「そうだぞ、お前! お前は今や、皇宮内のヒーローだってのに。一体なにをした⁉」
事件から三日後。
宝飾殿を辞めることになりましたと切り出したわたしの手を、浩宇先輩と沐辰先輩ががっしりと掴む。
「だいたい! 鎖子甲を作ろうと言い出したのはお前だ。お前のおかげで、暁さまは木片から助かったんだぞ!」
「そうだよお! 炎の中で倒れる黒星さまを、暁さまと一緒に助けたのも翠ちゃんじゃん!」
体調が回復するまでのこの三日間で、あの日のできごとがわたしの英雄伝へと変化しているとは思わなかった。暁さまがうまくごまかしたのだろうけれど、黒星が暁さまに刃を突き立てたこともなかったことになっている。
わたしが苦笑すると、先輩ふたりはなにを思ったか、「とにかく」とわたしを座らせた。
「誰が言いだしたか知らないが、お前がそれに従う必要などない」
「そうだそうだあ! まだ靴と蔽膝しか作ってないじゃん! 翠ちゃんが辞めたらボクはどうすればいいのさあ! ボクの代わりにもっと働いてよお!」
「沐辰、頼むから黙ってくれ!」
浩宇先輩が沐辰先輩の口元をふさぐ。それでも、沐辰先輩はむぐむぐとなにか言いたげな顔をしていた。
「なんで、解雇なんだ」
「こうして引き止めていただけるのは本当に嬉しいです。ですが……」
わたしが女であることは、どうやらふたりも知らないらしかった。おそらく、解雇通告だけが宝飾殿に伝達され、その理由までは知らされていないのだろう。
「ええっと、なんて言えばいいか……」
わたしが言いよどむと、
「ボク、暁さまのところへ行ってくる!」
「はあ⁉」
「だって、理由もなく解雇なんてありえないじゃん! 翠ちゃん、なにかあったんでしょう⁉ 暁さまならきっとわかってくれると思うし!」
だから、説得しにいく、と沐辰先輩が扉へと駆けていってしまった。それを必死に浩宇先輩が追う。わたしが呆気にとられていると、沐辰先輩が扉を開け――
「なんの騒ぎだい」
暁さまが驚いたように沐辰先輩を見つめた。
「暁さま!」
「暁さま、説明をしてください。なぜ、翠が解雇など!」
沐辰先輩と浩宇先輩が、それはもうすごい勢いで暁さまの胸元を掴む。第一皇子に向かってそんな大胆な、と思うけれど、暁さまは「ああ」と気にせずふたりの手をやんわりと払いのける。
「その件で、今日はここに来たんだ」
暁さまの言葉に、先輩たちふたりも我に返ったのか、パッと手を離した。
「翠、ちょっといいかな」
「は、はい!」
暁さまはふたりから掴みかかられて開いてしまった襟元から、一枚の紙を取り出す。襟元をきちんと正すと、その紙をわたしの方へと差し出した。
「ここに、君の処分が書いてある。きちんと上官たちとも話したうえで、最終的には僕が決めたことだ」
「暁さま」
咎めるように、浩宇先輩が暁さまとわたしの間に立ちふさがる。
「浩宇、どういうつもりかな」
「翠が解雇される理由などありません。なにかの勘違いでは?」
「そうですよお! 翠ちゃんが一番、宝飾殿の仕事が好きなんですよお!」
沐辰先輩も一緒になって叫び、暁さまの手から紙を奪おうと画策する。暁さまは困ったように眉をさげ、ひょいと沐辰先輩の腕をかわした。
「沐辰もやめてくれ。僕だって、好きでこんなことをしているわけじゃない。それに、これは翠から言い出したことだ。そうだね、翠」
暁さまはふたりを押しのけると、宝飾殿の中へと足を踏み入れる。
そのまま呆然と三人のやり取りを見つめていたわたしに、改めて紙を渡した。
先輩たちが、わたしを見つめる。
「翠、本当にお前が選んだことなのか?」
「誰かに脅されたわけじゃないの⁉」
わたしは、暁さまから紙を受け取って小さくうなずいた。
「本当に、自分で決めたことなんですよ」
うまく笑えているかどうかはわからない。けれど、先輩たちにこれほどまで引き止めてもらえるなんて幸せものだ、とわたしは思う。
たった三ヶ月だったけれど、ここにいられて幸せでした。
わたしが紙を開く。
そこには、
『身分詐称による罰として、宝飾殿の職務から翠を解雇する』
と書かれていた。
「「身分詐称⁉」」
いつの間にかわたしの手元を覗いた浩宇先輩と沐辰先輩が声をそろえる。わたしが「すみません」と頭をさげると、暁さまが「そういうわけだ」と場を制した。
「翠は身分を詐称した。皇宮の規則を破った罰として、宝飾殿を解雇する」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 翠が身分詐称⁉」
「ど、どういうこと翠ちゃん!」
先輩たちふたりの驚きと困惑がすべてわたしに向けられる。
「自分の口から説明したほうがいいと思うよ、翠」
暁さまに促され、わたしも覚悟を決めた。もう、ここにはいられないのだ。ばれてしまったことを、今更取りつくろってもしかたがない。それに。
「ふたりには、大変お世話になりました。そして、三か月もの間、おふたりを騙していたこと、本当に申し訳ありませんでした」
嘘をついて、このまま縁を切ってしまっていいような相手ではない。
わたしはピタリと床に頭をつける。シンと静まり返った宝飾殿に、先輩たちがゴクンとつばを飲んだ音が聞こえた気がした。
わたしはゆっくりと顔をあげる。わたしには、すべてを話す義務があった。
「わたしの本当の名は、白華領、第八姫、珠翠と申します」
兄の結婚式で、皇族の服飾を目にしたこと。幼いながらにその服飾に憧れ、いつかそれを作る人になりたいと夢を抱いたこと。夢を諦めきれず、男装して受験したこと。
そして、この三か月、男として身分と性別を偽り、働き続けたこと。
「それらすべて、本当に幸せな時間でした。わたしのわがままで、みなさまにご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした」
わたしがすべての経緯を話し終えると、先輩たちは目を見開き、そして、暁さまはじっとわたしを見据えた。




