14.ひらめき、萌える若葉
「翠ちゃん、最近楽しそうだねえ」
ふんふんと鼻歌交じりに、新しく仕入れた鉱石を選んでいたわたしに、後ろからにゅっと腕が伸びる。
「わぁっ⁉」
驚いて振り返ると、ゴチン、と沐辰先輩の額とわたしの頭がぶつかった。
「いたっ⁉」
「わぁぁああ、ごめんなさい、ごめんなさい」
「お前ら、男同士でイチャつくな。手を動かせ、手を」
「そんなこと言ってぇ~、浩宇先輩だって、最近、翠ちゃんがかわいく見える、俺は病気かもしれないって言ってたじゃないですかあ」
「へっ⁉」
「なっ! バッ……! そんなこと言って……いや、沐辰、なぜそれを!」
「酒の場でグチグチ、グチグチ、自分から言ったんじゃないですかあ。ボクの身にもなってくださいよお。ボク、かわいい女の子ともっと話したかったのにぃ」
「うるさい! 仕事しろ!」
「浩宇先輩、後ろ! 炉が!」
宝飾殿の奥、ゴウゴウと燃える炉の上に置かれたままの金細工がドロリと溶け始めている。わたしが慌てて指をさすと、浩宇先輩もまた慌てて細工を引きあげた。なんとか間に合ったらしい、ホッと肩をさげ、浩宇先輩は手早く細工をまげてから、それを今度はきちんと冷却用の棚へ置いた。
「……助かった」
「いえいえ、どういたしまして」
「ほんと、翠ちゃんが優秀で助かるよ。暁さまもあれから、ずいぶんと採寸に協力的になってくれたし。どんな技を使ったの?」
「いえ、ただ普通に採寸しただけですよ」
まさか、沐辰先輩のおしゃべりが長いとか、浩宇先輩はぶっきらぼうで退屈だとか、そんなことは言えない。わたしは曖昧に濁して鉱石へと視線を戻す。
皇族の宝飾づくりは新人には任せられない。それが宝飾殿の伝統だったらしいけれど、いよいよ成人の儀まで二か月と迫ってきたところで、先輩たちもそんな伝統だなんだと言っていられなくなったらしい。
暁さまに認められて採寸係を任されたことや、わたしが勝手に制服へ刺繍した柄が、先輩たちをはじめとして、牡丹宮の女性陣たちからの受けがよかったことも相まって、即戦力なら使い倒さなきゃ、と方針が転換されたようだ。
まだまだお手伝いの範疇で、夢が叶ったとは言い切れないけれど、それでも夢に一歩近づいているような、そんな気がする。
「そうだ! 浩宇先輩、靴のデザインのことなんですけど」
わたしは沐辰先輩を引きずるようにして、選んだ鉱石をいくつか浩宇先輩に見せる。
靴は、沐辰先輩が一生懸命に刺繍している上衣、袍衣の伝統的な十二紋様を引き立てるシンプルなデザインだ。色も白をベースにくっきりとした印象になっている。でも、それだけじゃ物足りない。わたしはここ数日、その違和感を胸に抱き続けてきたのだけれど。
今日新たに入ってきた鉱石の数々に、ついにピンと来たのだ。
暁さまの気品あふれる立ち振る舞いには、きっと……。
「牡丹の葉をイメージした金細工をつけていただけないでしょうか。そこに、この夜明珠をいくつかはめこみたくて」
「夜明珠か」
太陽の光をたっぷりと吸いこみ、暗がりで淡く発光する特別な蛍石だ。普段はやわらかなくすんだ緑で、これなら豪勢な衣を邪魔することもない。
「できなくはないが……、沐辰、どう思う」
「うぅん……そうだねえ、牡丹の葉かあ。どこにつけたいの?」
「足首のところに。できれば、控えめにつけたいんです。小さな粒を全周にみっつほど」
「うん、それなら悪くないかも」
沐辰先輩はアイデアを思いついた、というようにわたしからパッと離れて机に置かれていた紙へ筆を走らせる。
白い靴のフチに、金の刺繍と金細工でできた牡丹の葉、そこにいくつかの夜明珠。決して派手ではなく、けれど、衣の隙間から見えればつい目が吸いこまれてしまうような、そんなデザインだ。
「わあ、素敵です! さすが沐辰先輩!」
「翠ちゃんのアイデアでしょ~。うん、ボクはいいと思うな。ね、浩宇先輩」
「そうだな。新人、お前が言い出したんだ。お前が責任をもって、すべてやるなら、試してみてもいい」
「え!」
「わお、先輩ったら大胆! よかったね、翠ちゃん大抜擢だね!」
「は、はいっ!」
わたしがお礼を言うと、思った以上に大きな声になってしまったようで、浩宇先輩と沐辰先輩はそんなに嬉しいのかと笑った。
「最近は体力もついてきたようだしな。帰りが今まで以上に遅くなるかもしれないが、大丈夫か?」
「はい! やってみます!」
少しとはいえ、ひとりで任せていただけることになるなんて、こんなチャンス、絶対に手放せません! 今までも、服を作っていて気づいたら朝、なんてこともあったくらいですし、絶対にやり遂げてみせます!
それに……。
これを作ったら、また、暁さまに会えますよね。
あの後、結局、暁さま自身もお忙しくなったのか、実際に顔を会わせることはたったの一回だけだった。久しぶりの再会だ。
……って、これじゃあまるで、また暁さまに会いたいみたいじゃないですか!
わたしは自らの心に喝をいれ、そんなわけない、と顔を左右に振る。
「ど、どうかした……?」
「あまり気負いすぎるなよ……」
わたしが突然おかしくなった、と先輩ふたりの怪訝な視線が刺さる。
「なんでもないです!」
ブンブンと慌てて否定して、わたしは
「それじゃあ、早速、仕事にとりかかります!」
と試作品の靴や細工用の金線や、刺繍糸を抱えて、机に向かう。
ひとりで、皇族の宝飾を作る。あの美しい服や飾りの数々を、この手で生み出すのだ。
そこに、暁さまは関係ない。だって、わたしは皇族の宝飾に恋を――
靴を履いている暁さまの姿が、なぜかわたしの脳裏を通りすぎる。
……変ですね。どうして。
ハッ! そうでした、わたし、まだ助けていただいた恩をお返しできていませんでした! もしかしたら、この靴を作って完璧なものに仕あげれば、暁さまにもご恩返しができるのかもしれません! きっと、そう、そういうことです! それを、神さまがずっとわたしに告げているのですね!
わたしはなるほど、とひとり納得して、もう一度靴と向き合う。
夢が叶う。それだけで、わたしは幸せなんです。それだけです。
なぜか自分にそう言い聞かせて、わたしは針糸を靴へと通した。




