1.白華の男装宝飾師、誕生⁉
「ご、合格……合格、合格してます! 合格しましたよぉぉお!」
わたしは思わず合格通知書を握りしめ、居間へと急ぐ。まだほのかに残った雪で白んでいる中庭を抜け、廊下を駆ける。途中、すれ違ったばあやと兄さまから「廊下は走らないように」と声をかけられた気がするけれど、今はそれどころではない。ばあや、兄さま、ごめんなさい。
わたしは両親がいるであろう居間の扉を引き、空いたスペースへ転がりこんだ。
右手の中でくしゃくしゃになってしまった紙を、聖剣のように掲げて。
「お母さま! お父さま! わたし、宝飾殿で働きます!」
お母さまの手からは針が落ち、お父さまの手からは筆が落ちる。
「「えぇぇぇぇぇぇえええええええっ!」」
目が飛び出てしまうんじゃないかと心配になるほど、ふたりはまんまるに目を見開いた。
◇
「だから! ほら! 見てください、これ!」
騒ぎを聞きつけて居間に集まった親族一同に向かって、わたしは皇宮から届いた合格通知書を広げて見せる。
「受験番号、八十八番」
「白華領、翠殿」
「皇宮宝飾殿採用試験結果、合格」
「よって、貴殿は来たる清明の日に」
「皇宮まで来られたし……」
採用通知を回し読みした両親や兄姉たちは、みんな呆れたようにこぞってわたしに視線を向けた。冷たい目と生あたたかい目が入り混じっている。まるで今日の気温みたいだ。
「珠翠、受験番号は何番だったの?」
「もちろん、八十八番でした!」
「この、翠というのは?」
「わたしの名前です」
「あなたの名前は珠翠でしょう」
「ああ~、どうしてでしょうね~? でも、ね、ほら、本当でしょう?」
白華湖の水のように湧き出し続ける質問を止めるために、わたしが確認を促せば、みんなはようやく黙りこんだ。だが、数秒も経たないうちに、やっぱり納得がいかないとお父さまが口を開く。
「ふむぅ……たしかに、嘘じゃないことはわかったが……」
お父さまのうなり声を皮切りに、せき止められていた水が再び湧きあがる。
「本当にすごいわねえ、初の女性宝飾師ってことかしら」
「すごいどころじゃない、こんなの前代未聞だよ」
「いやいやいや! そういう問題ですか! 珠翠、しっかりしてください‼ お兄ちゃんに断りもなく、いつから男になったんですか⁉」
「へ? わたしは女ですよ?」
「それはよかった! ……じゃなくて、母上、父上! それに、兄上まで! みんな感心している場合ではないでしょう‼」
「そっ、そうよね! 珠翠、あなたはこの白華の第八姫なのよ。わかってるの?」
「もちろんです! わたしはいつまでも、お母さまとお父さまの娘、この白華の地を継ぐ第八の姫にございます!」
「珠翠よ、言いにくいんだが、だとしたら、だなあ……」
「僕らに教えてほしいんだけど」
「どうして、珠翠は宝飾殿に採用されているんですか!」
「採用試験を受けたからですが」
「宝飾殿は女子禁制だろう?」
「はい、存じております」
「そもそも! 珠翠、どうやって試験を受けたんです⁉」
「そうよねえ、採用試験自体、女子は受けられなかったはずだけど……」
「ええ、ですから男装しました!」
「「珠翠!」」
わお、息ぴったり。わたしがみんなの声量に思わず体をのけぞらせると、今まで沈黙を貫き、あたたかくわたしたちを見守ってくださっていた義姉さまが困惑した笑みを浮かべた。
「えぇっと、つまり……珠翠ちゃんはこれから、宝飾殿に男性のフリをしてお勤めになるってことかしら」
義姉さまは元皇族のひとりだ。皇宮で生まれ、皇宮で育ち、皇宮をよく知っている。だからこそ、皇宮勤めの苦労もわかっているのだろう。
でも、諦められるはずがないのです。だって、今、わたしは権利を勝ち取ったのですから!
「はい! 昔からの夢でしたので、ついに叶えられることが出来て嬉しいです!」
そう。これは誰がなんと言おうと、わたしが長きに渡って抱き続けてきた夢なのです。
そして、今日、その夢がついに叶いました!
「わたし、精いっぱいがんばってきます!」
わたしが意気揚々と宣言すると、みんなからは大きく長いため息と、それからほんの少しのあたたかな視線が返ってきた。
これ以上、珠翠になにを言っても無駄だ。
そんな声が聞こえる気がする。
家族はみんな、わかっている。わたしがどれほど真剣に、この夢を追い続けてきたか。
手につくったたくさんの傷は、服を縫う際に針で指を刺した痕だし、手のひらに残っている火傷は、宝飾の細工の練習で鉄を溶かしていた際にできたもの。自分よりも大きな型紙に埋もれて眠った夜もあれば、徹夜で糸を織って風邪を引いたこともあるし、どうしても金細工が作りたくてお小遣い一年分を貯めたこともあった。
白華の民は、狩猟の民。外に出て駆け回り、体を鍛え、みなと協力しながら田畑を必死に耕して、厳しい雪の日を乗り越えるのが普通だ。対して、白華の第八姫は引きこもりの変わった姫だと周りからうわさをされてきた。それでも、わたしは折れず、憧れを胸にひたすら歩み続けてきたのだ。
そんな日々を、みんなが知っている。
家族全員が渋々の納得、もとい、諦めを顔に出したところで、わたしは合格通知書を大切に胸元へとしまいこんだ。
わたし自身、家族に助けられてここまでやってきた自覚はある。これからはひとりだ。けじめをつけなければならない。
「今日まで、大変お世話になりました」
床に頭をつけて深く礼を述べれば、先ほどまであんなにうるさかった居間がシンと静まりかえる。
それこそが、わたしの想いを家族みんなが受け止めたことを意味していた。
天亮国の北方、辺境と呼ばれる場所に位置する白華領。
一年のおよそ半分を雪に覆われるこの地に、春の訪れを告げる風が吹く。