愛していた人、愛している人
こんな結末になるのなら、私は「あの」選択はしなかった。これが後悔……。胸が張り裂けそうなほど、押しつぶされてしまいそうなほど、後悔していた。
そんな物語のお話。
ここは日本の郊外にある今でいう限界集落、という場所だった。
若い人は私を含めても数えるほど。
観光地にも向かず、ただひたすらに「生きる」ということに日々の生活を費やしていたその集落に、一人の旅人が訪れた。
その日は春だというのに太陽の日差しが強く、想定していたよりも田畑の水の減りがひどく、村人たちも暑さにやられ体調不良になる者が多いためか、汗をかきながら自分の畑にある水量の調節をしていた時だった。
「あの、すみません」
訛りのない言葉が私の耳に響いた。
振り向くと、日差し除けの帽子を被り、ダークイエローのトレンチコートにジーンズ、サングラスをかけた男性が畦道に立ち、私のほうを向いていた。
「……なんでしょう?」
出来るだけ相手に合わせた語源で言葉を返す。ここの訛りは私が理解できないほどインパクトがある。それをこの見知らぬ人に聞かせては私と同じく理解できないだろうという配慮だった。
私の返答に男性は明らかにほっとした表情を浮かべた。それは話の通じる人に会えたからの安堵なのか、ようやく人に出会えたからの安堵なのかは、私にはわからなかったが、次の言葉でそれは判明した。
「ようやく人に出会えました。『風鳴村』というのはここで合っているでしょうか?私、前々からご連絡させていた寺邑という者なのですが……」
どうやら相手は後者のようで、額に浮かんだ汗を拭いながら聞いてきた。
私はその名前に聞き覚えがあった。良い意味でも、悪い意味でも。
「あぁ、長が言っていた人ですね。……ですが、長はお断りしていたと聞いていますが」
私の背中まである黒髪が風に吹かれて揺れ、一瞬の空白が訪れる。だが男、寺邑はにこりと笑顔を浮かべるとこう言った。
「会いたかった方は貴女です。藤風 夏海さん」
そう、私の名前を告げたのだった。




