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フィルター  作者: 希理幽
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表裏


 カレンダーを見れば、九月二十八日。

 

 昨日でも、今日でも、明日でも、想っていた以上に徒然で、でも、早乙女さんがいれば欣快で、どうしたものか、最近、欲深く、不浄だ。

 ちっぽけでも、関わらなくても、積み重ねた時間がそうさせるのかは定かではないけど、

 おこがましくも僕は気持ちを伝えたいらしい。

 眺めるだけじゃ飽き足らずに、そんなものが膨らんでいく。

 でも、無理だということは解っている。確証がある。

 なぜなら、彼女に好意を寄せている奴が多すぎるからだ。それだけならまだしも、把握しているだけで二十人には告白されている。そして、すべて断っている。先輩から同級生までまんべんなく振っている。その中には学校一のイケメンとの呼び声高い長門先輩(二年・サッカー部エース)も入っているほどだ。

 僕は身の丈を理解しているつもりだ。実現できる事柄も。

 それでも、消し去ることができない感情に嫌悪さえ抱く。




 いつものように朝が来た。最近は自分自身の対処法を暗中模索して迎えることが多い。見渡せば、本当に何もない部屋で、酷く殺伐としているのも気になるので、花でも飾ろうかと思ったが、似合わないし、なんだか面倒なのでやめておこう。

「よし」

 一日は業務的で、行動とかも、さほど目立った支障をきたさない。朝はより同然だ。

 だけれど、今日はいつもとは異なっている。二日間の徹夜で導き出した答えを実行に移す、そんな特別な日になる。言ってしまえば、当たって砕ける、背水の陣勝りの告白をするということだ。悩みに悩んだ末の苦渋の決断とも言える、が、とにかく、決定事項なので、全ての今更な考えは吐き捨てることにする。

 とはいえ、無意識なのか、歯磨きや着替えなど、一連の動作にオプションとして付いてくる手の震えは施しようがない。

 彼女の姿を認識したらと思うと違う意味の震えが来る。

 ………それでは、家を出ることにしよう。


 ―――学校に着いてしまえばと軽くたかをくくっていたが、浅はかさは粉砕される。この日ばかりは、担任の席替えのローテーションの速さで離れた席順に感謝した。

一番端の廊下側の前四番目から三つ左斜め前を見る。早乙女楓その人を。

 訳ありに高鳴る鼓動が、いつものような直視を遮る。

 絶好は放課後。それまでに最善で秀逸な伝える言葉を。


 始業のチャイムが鳴る。……………終業のチャイム。


 えっ、もう。

 時の流れにつっこむ。

原因は積もりにつもった睡魔。証拠は机に残る唾液。どうやら無意識に眠りについていたらしい。こんな時に、何て大物ぶりを発揮しているんだろうか。

項垂れていると、彼女が早々に帰り支度を済ませて教室に出ていくのに気がついた。考えもまとまらないままにつられて後を追う。

廊下を出て、急ぎ足の彼女。ちょっと気が引けるが、なりふりなど構ってられない。

躍動するその背中を見失わぬように追いかけた。


 ―――きっかけの掴めぬまま、いつの間にか、ばれない様につかず離れずの距離のまま、我知らず彼女の家にまで来てしまっていた。内心ストーカーかと自分自身を叱責する。

しかし、少し優越感に似た気持ちがある自分が確かに混在していた。僕は、結構危ない人間なのか?知らない裏側を見たような気がして悪寒が走る。

「さてと」

 自分の思わぬ性癖への疑念は置いといて。

 腕を組み、首を傾げて、展開を考える事に。

 だが、偶然でも必然でもこの状況は、よろしくない。

 しかし、今までの出来事では突破口を見出せない。

 暫く、どうしようもない知恵を絞る。脳細胞をフル動員して。

 それでも、一向に名案が浮かぶ気配はない。


 が、ふと、思い出す。多大には関連性のないことを。


 ……そういえば、早乙女楓は帰りが早いよな。突然だけれど。


 なぜ。

 仄かな疑問が、思索を得て強みを増す。

 記憶を遡れば、いつも。もっと深く言えば、追われるように家路に急ぐ。

 それは、今日も例外ではなくて、表情にも必死さが垣間見れた。

 気にすることでもないのだろうけれど、残存して、拭えない。

 帰路の中で、時折、別人に錯覚したほどに、いつもの彼女とのずれを感じた。

小さく、脆弱な事実が、集まり、水玉くらいの大きさに成って、頭の中の一部を包蔵する。それは磁性を孕んでいて、思考の大半を持っていかれていった。


 ???………、―――!


 いつの間にか、暗闇。外灯が頼りなく、できる限りの範囲を照らしていた。

 改めて後悔する。そして、少しばかり慰める。

 今日は適当じゃない。

 ここまでの行動力だけを称えて、とぼとぼと、情けなく歩み始める。

 と、門扉が開く音がした。咄嗟に電柱に身を細め隠れる。隠れられているかは別として。

 早乙女楓だった。制服姿ではない、私服に着替えた。

 初めて見る私服は、白を基調に、大人びた印象を受ける服装で、普段の精彩さとは違った、清楚な女性を演出している。いつもは束ねている髪も下ろしていて、一層際立って清澄に見える。ありきたりだけど、本心で連想するものは百合だった。

 息をのむ。

 変化に戸惑う。

 心を奪われる。

 とりあえず追いかける。……罪悪感を連れて。


 ―――行き先は繁華街だった。

 あまりに縁遠いそこは喧噪で酷く厭わしい所のように僕の瞳には映った。人波とかビルの群れとか現存するものが大袈裟で魑魅魍魎に視えて、不自然な人工的な明るさには胸騒ぎを覚える。全部が不確実で捕らえきれない。道端に落ちているゴミ屑さえも―――

軽く眩暈だってする。

 慣れていないからなのか、献身的に足を運べば当たり前になるのか、そんな事は知ったことではなくて、でも、彼女はいて、颯爽と風を切っていて、なんだか、距離よりもずっと遠くにいるような気がした。だから僕も、ついて行く他なかった。


 ここら辺はよく知らないけど、繁華街を抜けて静かだった。明かりだって少ない。さっきの繁華街以上に早乙女楓には場違いな気がする。

彼女は誰かを待っているみたいで時に携帯を、時に腕時計を見ていた。多分それが友人ではないことが、何となくではあるが、感じた。卑屈な気分だ。


 十分後、一人の男が彼女に声をかけてくる。

 スーツ姿の、それなりの役職が与えられているであろう風貌の、中年と呼ぶには失礼な紳士とゆう言葉が似合う男性だった。

 早乙女楓は笑っていた。男女間にある独特な雰囲気を放つようにして。

 絶望に打ち勝つために真相を企てる。

 お父さんと親子水入らずの食事なのか。そんなことでは無いとゆうことは歴然なのに。

 普通に考えてそうだと、変に納得する。

 それなら安心だと、こじつけて、踵を返そうとするが、最後にもう一度だけ確認する。なんでだろう、しいて言えば、念のため。

 でもさ、見なければよかった。

 二人が丁度建物に入っていく所だ。想像通りの高級ホテルに。………「ほらね」

 その光景を眼球に焼き付けて、蒼白の顔色で逃げるように帰る。

 そんなわけない、そんなわけない、そんなわけない。言い聞かせるように。

 しばらく走る、しばらく走る、しばらく走る。消し去るように。

 夜風は冷えて、半袖の制服のせいで皮膚に突き刺さるけど、今日の出来事が麻痺させる。が、限界に足を止めて初めて確認したその風は乾燥し始める秋の到来を感じさせた。

 呟く。

「やっぱり、だろうな」

 次の日、彼女から尾行がばれていたことを告げられた。




「どうゆうことか、説明してくれるとありがたいんだけれど」

 口調は穏やかだけれど、真剣であることがわかる。

 ここは、屋上で、周りに人気はなく、しいて目に入るとしたら、周りを囲むフェンスとコンクリートの地面。広いだけの監獄に思えてならない。唯一の広がる青空が恨めしい。

 そう思わせるのも、要因は今の状況だろう。

 正常なら、十二分に喜んでいいのだけれど、今は異常な事態の所為で、緊張と怯えで、吐き気を催す状態だ。


 ものの数分前、十分休憩を利用して、行動を起こしたのは早乙女楓だった。


 僕、東雲時雨を教室からごく自然に連れ出す。自然といっても、全員の憧れの的が、僕なんかを連れ出したのだから、いくら方法が自然でも、結果として教室の空気は一瞬だけ停止する不自然さに包まれたのだけれど。

 それは、どうでもいいし、重要なのは発端。

 無論、察しはつく。

 逆に言えば、それぐらいしかない。

 ついさっき、笑いかけてきた彼女はもう無表情で、後を追う心境としては、的確かは定かではないが、予防注射の順番を待つ幼い子供とでも表しておく。

 深いため息がこぼれた。

 ―――そして、屋上で、今。彼女と対面している。

 凛と佇み、向けられる鋭い目つきに敵意さえ感じる。普段の観察の中では見出せない産物に、只、慄く。

「偶然なんだ。本当に」

「そんな訳………あるはずないよね」

 特有な間に言葉が詰まる。

「気づいてた。学校からだよ、家で見張ってるのも、勿論、あの時も。正直あまり好感が持てる嗜好ではないかな」

 いやっ、と、反論の意思をみせる。

「ん? …まぁ、とりあえず、動機は聞いとこうと思うんだけど、あるかな? 赦免するぐらいの、そうゆうの」

 動機って言葉はあまり使ってもらいたくないと少しだけ…思った。不純じゃないから、自称だけど清純だから、でも、言えない。想いとは裏腹に、楽になるのかは解からないけど、この時が正解か、とか、不正解か、とか、そんな事じゃなくて、奥底が、動かないんだ。単純で、感覚的に。

 なので、平謝りを選んだ。

「ごめん、嫌がらせとかじゃないんだけど…、とにかくごめん。本当に」

 必死さを訴えるように、頭を下げて許しを乞う。

 それでも、彼女は見下しながら冷淡にその様子を黙視するだけだった。

 しまいには頭を下げままで、判決を待った。―――しばらくの閑寂、の後。


 ……ぷっ。

 吹き出す音が頭上から聞こえる。異変に下げていた頭を上げる。

 すると。

 次の瞬間には、早乙女楓は、腹を抱えて笑っていた。

 とても愉快そうで、訳がわからない僕は、ただ茫然と立ち尽くすしかない。

 そして、呼吸を整えるようにして言った。

「わかってる、わかってるよ。君の私に対する好意なんて。それともまさか、それさえも気づかれてないと思ってたの?だとしたら、君はあまりにも愚かだよ」

 大事な部分だけを鮮明にされた特殊なモザイクのまま露出していた自分がいた。

 隠蔽していた対象に、それを悟られ、告げられている僕は道化の様で、赤面すらできないまま愕然としている。

 なにも発しない僕に、蔑んで、続けた。

「でもね、やめといたほうがいいよ、私は。合う合わないとかじゃなくて、根本的に視線が違うのよ。貴方と、貴方達と」

 まだ正気とは言えないけど、喉につかえるようなそのセリフの答えを求めて、「どうゆうこと」尋ねてみた。

「実に簡単。君たちが何も知らずに前を向いて歩いてた頃、私は、止まり、上を見てた。まぁ、それは今も継続されているのだけど。………探してた……うん…探してたんだよ。ひたすら、求めてたんだ。それだけのこと」

「何を?」


「………羽根」

 眼がとても悲しそうに果てをみつけられない空を見つめている。所在の分からない締め付けられる何かを感じた。

 とてもからかってるようには見えない。

「探してた?なら今は、今は見つかったの」

「いや……、でも、方法は。正しいか分からないけど、手に入れるためには、もうそれしかないから」

 儚げに微笑む。

「だからさ、やめてほしい、心を寄せようとすること、はっきりいって迷惑だから、君も昨日のことはある程度理解してると思うから、多分それが真実だろうし、とにかく、手段は選んでられないの」

 拒絶する彼女は強く、芯が通っているように思えて、鋭利な眼光に後ずさりするだけしかできなかった。

 チャイムが鳴る。

 言い残すと、踵を返して立ち去ろうとする彼女に、歯がゆい感情が失言を漏らす。

「僕に………、何か出来ることは」

 こちらを振り返り、ふっ、と、馬鹿にして笑って、

「死に晒せ」

  破壊音のようなドアを閉める音と共に早乙女楓は去って行った。

 腰が抜けて、頭が真っ白になる。

 それでも、見上げてみれば、白と青に色付けされた空と自分との絶対的な違いによって引き戻されて呟いた。

「羽根か――、それにしても惨めだな……俺」

 吹き抜ける風のおかげで自分を知れた。


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