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フィルター  作者: 希理幽
1/6

待ち人

「ありえない!」

 思わず独り言。

 つい隠れていることも忘れて、呼び止めようとしてしまう。


 ―――学校から、家、しばらくの間様子を窺いながら待機、夕日も落ち切って夜、さすがにくたびれて帰ろうとすると、大人びた印象を受ける私服に着替えた彼女が出てきた。それに気づき………再開。抜き足差し足忍び足に後を追う。

 数十分の追行の果てに辿り着いたのは繁華街だった。

不良な地域に、特別、問題行動が見られない彼女がそこに行く理由なんて皆目見当もつかない。これでは、繁華街の名を借りた肉食獣オンリーの動物園に放たれた霜降り肉ではないか。と、真剣に例えてみる。

 僕の不安をよそに、迷いもなく、足を止めることもなく、賑やかな場所を無視して、人気の少ない方へ。

 ホッと胸を撫で下ろす―――のも束の間。

 街の灯かりがかろうじて届く辺りの所で足を止めて、携帯を開き、待ち人を待つ様子に。

 巡らせる思考は結果としては芳しくない。

 長考が与えられる暇もなく、一人の男が霜降り肉に声を掛ける。

まさかの一言に尽きる。

 そして冒頭へ。


                   


 彼女の行動を一分単位、とゆうか一秒単位で確認しているのに目的なんてない。至高な理由があるだけで良しとしよう。

 視線の先には早乙女楓。

 変態じゃない。健全な高校一年生による、習性がいかんなく発揮されているだけに過ぎない。

 毛髪や皮膚や骨格や、ともかく構成するあらゆるものを、その変化を見ていたい、唯一それだけで。

 絶対的な好意が成せる技を僕はひた隠しにしようなどとは思わない、周囲の目を気にする程の繊細さを持ち合わせていない。

だから、それだからこそ凝視する。何が何でも、世界が朽ち果てても。それは海よりも壮大で、山よりも雄大な、壮麗にして確固たる決意。文句なんて言わせないし、言われたからと言って気になんてしない。そのぐらいに首っ丈。

 今笑った。今机に腰掛けた。今人差し指が少し動いた。今―――等々。

 時間にして昼休みの半分くらいの時間。

 さすがに僕の眼差しに気付いたようでこちらを向く。そして意味もなくお愛想な微笑みを送る。早乙女楓が。

 僕はマッハのスピードで目線を黒板の方に逸らせた。


 早乙女さんに気づかれるのだけは駄目だ。


                   


 始まりは一瞬だし、きっかけは極小だ。

 入学式から三か月が経った頃、

緊張感もそこそこに、徐々に打ち解けていくクラスの雰囲気に取り残された僕。

別に気にしていなかった、とゆうよりも、それを望んでいる節はあった。過去、人との関わり合いで良い思い出、経験をしたことがないこともあるが、なにより、煩わしかったのだ。

夏休みが明けて数週間過ぎた今でも、僕のフルネームを呼べる者が果たしてどの位いるのか、五人くらいだろう。………少し多いか。

 まぁ、とにかく、それくらいに空虚な存在の僕。ましてや入学式から三か月なんて言ったら、三十一人いるクラスの中でその一人として認識していた奴なんて、

 “そういえば机三十一個あるよね。”

 僕より先に机に気づいた奴がいたとしても、いないだろう。恐らく。

 もしかしたらいたかもしれないけど。

 声をかけるまでに至る奴は少なくともいなかった。事実として。

 僕だってそうだ。もし僕がいたら、いや、一先ず気づくまでに三か月は足りない、断言できる。

―――だけど、例外がいた。

 早乙女楓。

 初めての席替えの時。

 慣れると実にくだらないその制度を、まだぎこちない、知り合い以上友達未満の面々で行おうと担任が口にした途端に程好く張りつめた空気が教室内に流れる。斜に構えようと自分に言い聞かせていた僕としてはあまり関係のないことだったが、とは言うものの、気にせずにはいられなかったのは言いようのない事実で。

 そんな嬉し恥ずかし初体験的な状況。担任からの提案でくじ引きで決する運びとなる。澄まし顔な素振りとは裏腹に手元の自分が引いた数字と黒板に書き出される数字を逐一

確認する僕がいた。総合的に見てハズイ感じがしたのは言うまでもない。

 26、26、26、26、26,26、26、26、あっ。

 教壇を前にして、縦六列ある列の窓際から数えて三列目。一番後ろの教師の目が届きにくい、多少の自由が許される席になった。

 ひとまず安堵。

 何気なく隣の席の番号を確認。

 11。

 願わくば、図書委員的に物静かな、話しかけてなど来そうにない奴を。

 そんな事を思っていると、全員の席順が決定し、割とスムーズに決められた位置へ机を移動させる作業に取り掛かっていた。

 ―――いざ、席を移してみると、さっきまでも真ん中あたりだったけれど、最後尾とゆうこともあり、中々どうして、悪くない。ここの見晴らしは。

 把握している自分と、把握されている他人がいることに、少しばかり浸る。

 と、


「よろしく」


 すべての事が思い通りにはならないようだ。その声は物静かというにはかけ離れた、はきはきとして突き抜けるようによく通る声で活発な人間像を連想させる。女の声だ。

 実に不快に、振り向く。まだ見ぬ人格を否定するために。


 ―――でもそこには、理想がいた。


 勘違いじゃなくて。

 濯がれる様な笑顔を浮かべた。

 幻想でもなくて。

 簡略に天使。

 春暖のような目元。

 僅かに艶やかな口元。

 一目惚れ。

 心肺停止。

「早乙女楓です。隣の席になったのも何かの縁。お互い頑張ろう、東雲時雨君」

 人生で二度目の心肺停止。

 久しく呼ばれていなかったので自分の名前だと気付くのに少し時間がかかる。

「なんで僕の名前を?」

 口ごもる東雲時雨。

「わかるよ、クラスメートだもん。勿論、全員言えるし」

 感嘆する東雲時雨。

「しかし、中々、変わった名前だね。時代劇風な漫画とか時代劇風な小説とか時代劇風な笑いあり涙ありのスペクタクルなRPGとかに出てきそうな、なんか、そこはかとなく悲壮な名前だと思う。」

 いささか意味不明だが、「ははっ」調子を合せるように笑う。

 その後。

 軽くマシンガン気味に話し続ける。頷いて、時に質問を返し、かと思えば見惚れていて、優劣が変化して、あっさり落ちた。

 ―――その日を振り返れば刹那。


 そして僕は芽生えていた………。



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