六話 公民館脱出編 【前編】
眩しい光が、カーテンの隙間から漏れる…。
皆は寝ていた…だが浅い睡眠だった。
その中でも健太は誰よりも早く起きた。
たった数時間の睡眠だが計画していた実行日だ。
眠い目をこすりながら、500㎖ペットボトルの水を顔に少しかけて眠気を飛ばした。
そして、雄太と純の体を揺さぶって起こした。
「…ふぁ~眠みぃ~」
雄太が眠そうな顔をしていた。
しっかりと計画は遂行しないといけないのだ。
それは重々、承知しているのだ。
寝起き早々また何かを話し始めた。
その頃、フロアカーペットの敷いてある所で寝ていた実奈はというと…。
固い場所で寝ていたせいかあんまり寝つきは良くなかった。
雄太達の足音で目が覚めてしまった。
目覚めは最悪だった。
背中は固い床で痛かったし、不安で寝不足だった。
まだ朝の五時だった。
薄い毛布から体を起こすと、スカートはらりと捲れた。
慌ててスカートを戻した。
幸い、誰にも見れれていなかった。
『誰も見ていなくてよかった』
そう、実奈は痛感した。
しかし、昨日は昼食以外食べていない。
流石に腹が減ったのだ。
よく考えるとこの建物は暖かいのだ。
季節は十月中旬だ。
気温も最近は右肩下がりだった。
だが公民館にはストーブがあったのだ。
灯油は持て余すほどあった…。
だから寒さに凍えることはなかった。
それに古い建物なのか隙間風も多いから換気も兼ねていた。
だが底冷えはするため毛布は必須だ。
カーペットも敷かれていない所は氷のように冷たい。
他の人はまだ寝ていたのだ。
こんな時間まで起きている人間はいないだろう。
実奈は毛布をかぶって健太達の所へ向かう。
「ねぇ、何しているの?」
「んっ?計画だよ」
純がそういった。
「計画ってなに」
「ああ知らないのか」
「え‥何のこと」
無論、実奈は何も知らないのだ。
雄太がその計画を教えることにした。
「俺たちは公民館から出る」
「ええ⁉」
実奈は酷く驚いた。
あの大人と達ですら外に出た瞬間、リンチされたのに。
それを分かっての行動だ、理解しがたかった。
「正気なの‥?」
「ああ正気さ」
すると、健太が立ち上がった。
そして窓側にあった消火器を全て持ってくる。
「何に使うの?」
「これを見てみ」
健太がそれを指さす。
「ん?」
それはA4サイズの白紙に書かれた地図みたいなものだった。
よく目をよく凝らして見ると、戦力地図みたいにも見えた。
「どうゆうこと…?」
「だから死人は火とか怖がるじゃん‥」
「だから…?モップにガソリン点けてそれを振り回して車に乗り込む」
「危険すぎるよ‥‥‥‥‼‼‼‼」
「じゃあ、ついてこなくていいんじゃない?」
雄太が遠回しにキツイ言葉で言い放つ。
「…そんな…」
「だってここに居たってどうしようもないよ」
言っていることは確かに正論だ。
もう食料が残りわずかなのだ‥。
残っていても乾パンしかない‥。
少し前には、サーモン缶やフルーツ缶詰などがあったが…。
いまは食い尽くして何も残っていない。
ましてや、気の利いた炭酸飲料なんてものはないのだ.
唯一の飲料水は、健太たちの飲んだワインかわかっているが味のない水だけだ。
味のない食事だ。
それに服も着替えられないのだ。
だから風呂も勿論、入浴できないのだ。
そんな状況下からここを去るのは正しい。
だが危険すぎるからだ‥。
地上には30体近くの感染者がいるのだ。
結局そうなるのは実奈も薄々わかっていたのだ。
ここを去ることを…。
公民館に居たって救助なんかこない。
近くの避難所になっていた小学校だって感染者の大群に襲われて壊滅だ。
それにある程度の運転をできる高校生達にここは任せるべきなのか?
実奈にとってどうしようもなかった。
ふと気が付くと、もう七時手前だった。
既に全員起きていたのだ。
それに気が付いた実奈は挨拶をした。
そしてもう一人の高校生がいた。
山本奈々子16歳。
健太と同じ高校だが学年は別だ。
元々、健太達とは面識が全くないからこの騒動を一件で初めて話したのだ。
中学生までは、内気な性格で友達も少なかった。
だが高校生になって明るくなって友達も多くなった。
絵が得意で幼少期から描いていた。
中学、高校はずっと美術部だ。
それに絵の才能もあり、何度かコンクールなどで賞状を貰っていた。
だが運動は苦手で、彼女自身それがネックだった。
奈々子は健太達の会話を全て聞いていた。
それは自分にとっては厳しい状況下に放り込まれた様なものだ。
心配性の部分もあってか、あの感染者の大群に行くのは嫌だった。
ただでさえ運動音痴で足も人より遅いのにそれであの中に…⁉
それは奈々子にとって『死』を暗示していたのだ。
だがそれに反対する程の気の強い人ではない。
もしかしたら脱出することに成功したらこんな生活から抜け出せる。
数ヶ月の間はずっとここにいるのだ。
奈々子にとって難しい決断だった。
そして時刻は、7:31だ。
そろそろ腹も減って、そして計画も伝えないといけなかった。
「何か食べよう…」
実奈がいった。
すると他の人たちも賛成した。
奈々子と加奈が見つめあうと立った。
給湯室に向かい段ボールを持ち上げる…。
段ボールの隣には焼酎や日本酒などの酒が何本もあった。
いくら味がない生活でもこれに味をを賄うのは雄太達くらいだ。
そして集会室に段ボールを置いた。
中を開けると、乾パンが入っていた…。
皆が集まり一人一個ずつ持っていく。
その表情は嫌そうな顔だった。
それも無理はないだろう。
一ヶ月間、乾パンしか食べていない。
それで嫌な顔をするのも無理もなかった。
段ボールの中の乾パンはあと、せいぜい20個くらいしかないだろう…。
残りの食料は全て合わせてこれだけだ。
たった、乾パン二十個程度だ。
刻一刻と『餓死』が近づいてきたのだった…。
そうして、皆乾パンを食べ始めた。
誰も美味しそうには食べようとしない。
機械的に口の中に入れるだけ‥。
まさに気分は最悪だった。
すると…。
健太が立ち上がった…。
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
「何ですか…?」
私立の眼鏡をかけた男子中学生が聞いた。
「いや大事な話だから聞いてくれ」
「実はさぁ、俺たちはここから出てく」
この場にいる全員が唖然とする。
「え…何で?」
「急にどうしたんですか…?」
「もうここに居ても意味がない」
雄太がそっけない返答をする。
そして三人は立ち上がり、また話し始める。
「脱出は今日の夜だ」
「何故、夜なの?」
「奴らは、強い光に怯えるだろ」
それはラジオを聴いている全員が知っていた。
「昼間は火とかの強い光が明るくて薄れるだろ」
すると純が続きを話した。
「夜なら暗くて光が強くできる…そうゆうこと」
「それでどうするの、走って逃げるの?」
奈々子が質問する。
「車で逃げる」
「どうやって?」
「あの自治会長とかが外に出るとき少し車の運転を教えてもらった」
それは皆、複雑な心境だった。
仮に上手くいって車に乗れたとしても、車が暴走して事故ったら元も子もない。
「で、武器はモップに灯油をかけてその火で感染者を一気に蹴散らす」
「それだけで大丈夫?」
「地上に着いたら消火器でかく乱させて全力ダッシュで車に乗り込む」
「どうだ、万全のプランだろ?」
雄太がニヤリと笑った。
果たしてその笑顔を信用出来ると言ったら…無理だ。
危険すぎるし、失敗する確率も高い。
万が一、噛まれたら普通にヤバい。
だけど、実奈はその希望にかけることにした。
その方が、絶対にいい。
成功したら、多少なりとも何かのメリットがあるからだ。
「私は行く…」
「おう、来るか」
健太が腕を組んで笑う。
そして、奈々子は迷っていた…。
行くなら今言わないといけない…だがその勇気が…。
しかし奈々子は勇気を振り絞って‥。
「私も行くっ‼」
「そうか、オーケー」
「他はいるか?」
他の人たちは顔を横に振るばかりだ。
健太は残念そうな顔をした。
だが強制するわけにもいかないのだ…。
だが決断した五人は勇気が出てきた。
この混沌とした暗闇から一筋の光が見えた気がする…。
今はそう思ったのだった。
「よし、行くやつはここに来い」
車で脱出した後の計画を入念に練ることにした。
公民館にあった市内地図を広げる。
そこには赤いマーカーで所々丸してあった。
マーカーで丸してあるとこは全てスーパーとかだった。
それは、新潟まで行く燃料や食料だ。
車両はワンボックスカーだ。
それなりに荷物を載せられる。
だが、その荷物はどこにあるのかだ?
予想では多分略奪されて何も残っていないだろう…。
だから、食料問題への解決策だった。
「やっぱ、ここの山中のコンビニは?」
「駄目だ、近くに警察署がある」
「何で?」
「多分、独占していて歓迎はされないだろう」
「まだ学生だ、受け入れてくれる」
実奈が強気で言う。
「中学生だけは特別か?」
雄太が嫌みな感じの口調で言い放つ。
「生徒手帳を持っている…!」
「お前だけ分けてもらうのか」
すると、実奈は頭にきた。
「あんたって人間はとことんクズね」
「は?てめぇふざけんな!」
「やめろ‼お前ら、いい加減にしろ‼」
昨日も揉めて、今日もまた揉めたことから今度は強い口調で言った。
すると、また静かになった…。
今度は真面目に話し合った。
すると、奈々子にある思いが閃く。
「ここの○○○高速の××サービスエリアにはまだ食料があるんじゃないの?」
そこは、山中のサービスエリアだ。
近くに民家もないのだ。
多分、感染者はいないはず…。
そこからなら、新潟への道へと繋がっている。
「よし、ここの高速道路に乗ろう」
まだ時刻は午前…。
まだまだ計画を練る時間はあるのだ‥。