十話 重ねた過去
翔太は漫画を読んでいた。
夢中になって読んでいると…。
腹が鳴った。
そしてあることに気が付いた。
ふと壁掛け時計を見ると……。
気が付けば、時刻はもう午後7時だった。
そろそろ夕飯の時刻だった。
まぁ、夕飯とも言えないけどさ。
今日の夕食はこの拠点にする。
漫画をテーブルに置いて、夕食の準備をする。
キッチンに向かった。
吊戸棚から今日の夕飯を探す。
戸棚には、奇麗に缶詰やカップラーメンとか袋麵等々…。
選び放題なのだ。
とりあえず、冷蔵庫の中身も見てみる。
冷凍庫には冷凍食品がぎっしりと詰まっていた。
冷凍食品を漁ってみると、ラーメンやパスタ、餃子などが入っていた。
十分も悩んだ末に決めた。
「今日の夕飯は餃子の定食にしよう…!」
餃子の定食と言っても、本格的なものではない。
ただ、パックご飯に冷凍餃子とみそ汁だけだ。
それだけの料理だが、翔太にとっては精一杯の料理だ。
たいたいが生鮮食品があったら、もっといい料理ができたはずだ。
もう腐ってしまって駄目だ、残っていないのだ。
電子レンジにまずは、冷凍餃子を入れて解凍する。
どうしたらお皿を用意した。
解凍が終わったら、餃子を皿に乗せた。
餃子特有のニンニクの効いた香ばしい匂いが漂ってきた。
そのまま、パックご飯も電子レンジの中へと入れた。
冷蔵庫から1Lペットボトルのブドウジュースを取り出した。
ガラス製のコップに注いだ。
注ぎ終わると、また冷蔵庫に戻した。
そしてパックご飯が温め終わるとお茶碗に盛り付けた。
これで夕食の完成となる。
リビングに夕食を持っていきテーブルに置いた。
そしてソファーに座って一息ついた。
ぶどうジュースを喉に流し込んだ。
ぶどう特有の、香気が美味い。
テレビを点けた。
だが、『緊急放送』の文字しか表れていない。
見てても仕方ないから、DVDレコーダーに入力切替をする。
何を見るかというと…。
年末に放送していた、『おもしろ学校探検!シーズン8』だ。
結構面白くて、自分的には好きだ。
DVDを見ながら、ご飯を食べる。
餃子とご飯は相性が良いのだ…いや絶対そうだ‥‥!
こんな贅沢?な食事が出来るなんて…恵まれているよな。
翔太はそう思った。
みそ汁もインスタントだがしじみが効いていて最高だ。
「美味いなぁ~」
こんな、食生活でいいのか?でも止められないジャンクフードとは最高だ。
そしてぶどうジュースを流し込んだ。
「満腹だな」
満足そうな笑みを翔太が浮かべた。
ソファーに思いっきり寄りかかったのだ。
コップに残っているジュースを全て飲み干した。
美味しかったな、と翔太は思った。
そのまま、食器を放置するわけにもいかないのでキッチンに持っていく。
本当は食洗器とかあったらいいが、取り扱いが分からないから手作業なのだ。
目の前に便利があるのに、それを使えないなんて…。
「変な話だよな」
思わず笑ってしまう。
食器をシンクに置いて、水を出した。
スポンジに洗剤を馴染ませて、皿を洗った。
餃子の油を洗剤で洗い流す…。
この動作が昔やっていた気がするのだ。
いや‥‥よく考えたら、やっていたな。
間違いじゃないのだ、自分自身でやっていたのだ。
だから、こんな慣れた手つきでやっていた。
ふと、昔のことを思い出した‥‥。
―――それはまだ翔太が、小学生の頃だった。
小学5年生の時だった。
翔太は当時、中学2年生の兄がいた。
四人家族だった。
母親は雑誌記者で父親が営業マンだった。
経緯はよく知らないが、紹介で出会い結婚したそうだ。
父親は、母親よりも帰りが早かった。
そもそも母親は、週刊記者だったことから帰りも遅いときが多かった。
だが、それも大して気にも留めていなかった。
何故なら、父親が母親代わりの役目を果たしていた。
普段は温厚な性格で優しい性格だ。
基本が真面目な性格なのでしっかりしていた。
頭も良くて、勉強も教えてくれた。
母親は毎日忙しそう、というイメージが強かった。
日々家族の為に、父親と母親には感謝していたのだ…。
母親は料理も上手で、優しくて週末はいろんな所へ連れってくれた。
クラスで翔太は自分の母親が美人だと言われていた。
幼少期は母親がいなくて寂しかった時もあるが、今は慣れて平気なのだ。
まぁ、裕福な家庭と言えばそうだ。
好きな物は、買ってもらったし文句はなかった。
だが…それはある日突然終わりを迎えた。
翔太が家に帰る時間は4時くらいだ。
いつも帰る時は一人だ。
兄は、部活動もあってか6時だ。
父親も6時だ。
料理は作り置きもあったが、大半は父親がつくってくれていた。
翔太は帰ったら、毎日友達の家で遊んでいた。
ランドセルを直ぐに置いて、携帯ゲーム機を持って走った。
キャップを被って、自転車を滑走と走らせる…。
何処にでもいる、平凡で元気な小学生だったのだ。
友達の家では5時半くらいまで遊んで、そして家へと帰宅する。
いつも見たいに、5~6人で某格闘ゲームをするのだ。
時々、コンビニでお菓子をかって公園で食べたりする。
毎日が充実した生活だった。
遊び終わって満足そうに翔太は帰った。
だが…家に着くと。
「アレ…?父さん?」
いつもないはずの父親の靴があったのだ。
不思議に思いながら、リビングに行く。
だが、テーブルにはビール缶が2缶だけ置いてあった。
それに、ネクタイも落ちていた。
「帰ってきているのかな?」
多分早く仕事が終わったんだろう、そう思って二階の階段の前に立って父親を呼んだ。
「父さ~んっ!帰ってきているの?」
呼んだが返事がなかった。
何回か呼んだが返事がなかったのだ。
不審に思って階段を駆け上がった。
父親の部屋に行くと…。
ノックして、ドアを開けた。
そこには…。
カーテンが閉まっていて、デスクにはお祝いでもらった日本酒が何本も散らかっていた。
父親が椅子にぐったりと倒れていた。
「父さん!大丈夫!?」
走って駆け寄った。
体を激しく揺さぶった。
だが反応がない。
顔は真っ赤でいびきもしていた。
これは変だと思い、一階に戻ってリビングの固定電話の受話器を持ち上げた。
普段は母親に電話をしないようにしていたが、今日は変だと思って電話をした。
不安そうに電話を繋がるのを待った。
すると…。
「もしもし、上川です」
「母さん!」
「翔太?どうしたの?」
「父さんが…変なんだ!」
「‥‥え?‥‥待って、どういうことなの」
「父さんが顔を真っ赤にしてぐったりしているの‼」
「…直ぐに家に帰るから!心配しないで」
と、言って電話が切れた。
何とも言えない不安が襲ってくる。
父親がおかしい、そう思う翔太は不安に駆られた。
20分すると母親が帰ってきた。
「翔太?大丈夫だった?」
「大丈夫だけど…父さんが」
「わかった…待っててね」
母親が二階に上がっていた。
「ねぇ!ちょっと起きてよ!」
母親の怒鳴り声が聞こえてきた。
翔太はリビングに戻ってそのまま椅子に座っていた。
帰宅して唐突に父親がぐったりしていたのだ。
意味がわからなかった。
しばらくすると、兄が帰ってきた。
「ただいまー」
「兄貴…」
「どうした?」
「父さんが‥‥」
事情を話すと、兄は酷く驚いていた。
7時になると母親が降りてきた。
それで衝撃的な、事実を知らされたのだ。
母親はかなり焦っていた。
椅子に座って、内容をざっくりと話してくれた。
それはリストラだった。
父親の会社では、人員削減が行われたそうだ。
それで父親がリストラされたそうだ…。
長年貢献し、務めた会社に裏切られたのだ。
今思えば、父親の状態が理解できる。
2人の子供いるのに、辞めさせられた。
それに、ずっと会社に貢献したのに‥‥それだったと思う。
強いショックに憤りを感じていたのだ。
それで、自棄を起こして酒を飲んでいたという。
それが、元凶だっという事を。
一週間は父親は、普段通りの父親だった。
だが、だんだん料理もしなくなってきたのだ。
それだけじゃないのだ、酒も飲むようになったのだ。
だんだん、エスカレートして酔って何もしなくなったのだ。
毎日悪酔いした状態で外をうろついていた。
小学六年生になると、母親との喧嘩が多くなった。
離婚話も増えてきた。
忙しい仕事の合間を縫っていた空き時間は苦痛でしかなかった。
母親も窶れた顔でいたのだ。
仕事と子育ては難しかったのだ。
決して出来ないわけではないが、仕事も忙しくなるともっと大変だった。
家族の中で父親という存在がストレスとなっていた。
それは学校でも影響していた。
運動会や学年行事は全て、親が欠席だ。
母親も兄が受験の用意や塾が近くに無い為に送り迎え等だ。
後回しの翔太は、自分だけが取り残された気がしていた。
それによる、母親の不信感が増していた。
父親は何もしないで、自堕落な生活だ。
言わば、ニートと同じだった。
運動会の虚しさが凄かった。
探しても、親の姿がない観客席は寂しかった。
何を頑張っても、虚しかった。
どんなに努力しても誰も見てないのだ。
兄はサッカー部だったが母親は試合には行っていた。
自分には興味がないのか、それともそこまで出来ないのか?
母親は自分には大して、何もしてくれなかった。
自分の中で、母親は父親と同類と思っていた。
なので、母親と家出会っても無視していた。
それで小学生の卒業式も来なかった。
そこで自分は気づいた。
もう、母親と父親は親子ではない。
一つ下の屋根で暮らすただの、同居人だけ。
それだけの存在だった。
父親の恨みよりも、母親の恨みが強かった。
兄だけには、何でそんなに尽くすのか?
意味がわからなかった。
そして、中学生の入学式は来る…約束していた。
だが、来なかった。
そこで自分は、母親に大激怒した。
だが、理由は忙しかっただけ。
それは矛盾していた。
何で、兄だけの行事は出るのか?
泣いて怒ったが、素っ気ない態度に諦めて自室に籠った。
自分の知っている母親は何処へ行ったのか?
あんなに嫌われるような事をしたのか。
中学入学したら、家も段々汚くなってきた。
父親も毎日顔を真っ赤にしていた。
中学校では最初は馴染めなかったが…あるグループに話しかけられた。
それは…元凶でもあった。
夏休みまでは、小学生の頃よりもずっと遊ぶようになっていた。
家にいるよりは、何倍もマシだった。
汚れた自宅に居るよりは、気分転換にもなってよかった。
いろんな所へ行ったりして、楽しかった。
だが、とある日に…。
翔太のいる仲良しグループの中で、その一人の靴が無くなっていた。
最初は、翔太も犯人捜しをしていたが…だが…。
当然ある、女子が翔太が事件の犯人とでっち上げたをされた。
それは、後に分かったがその女子が靴を盗んだ翔太の友達が好きだったらしい。
それで翔太と一番仲良くしているのに逆恨みしたらしい。
だから翔太を犯人呼ばわりしたらしい…。
それで、翔太は犯人扱いされた。
一番信頼されていた友達からも、罵られた。
幸いなことに、先生には言われることは無かった。
だが、そこからは地獄そのものだった。
学校に来るたびに、陰口を言われ続けた。
自分が何をしたんだ…嘘をつかれた。
翔太は悔しさと悲しみが混ざった、複雑な心境だった。
学校での孤立が進んでいき、最終的には誰からも相手にされなくなった。
誰とも相手にされないで、孤独な日々‥。
それに家に帰っても、家事もしないといけない。
兄がやっていた家事も、全部翔太がしていたのだ。
選択も、父親の面倒も…。
考えたら、父親はアルコール依存症だった。
母親が病院に連れてこうとしても、駄目だった。
その時の翔太の精神は崩壊していた。
中学一年生の冬は、ストレスによる体調不良も多くなっていた。
部活動も辞めて、家に帰るのも嫌で公園に一人で居た。
何で自分だけに、こんなにも不幸が襲うのか?
生きた心地もしなかったのだ。