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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幸福な死

作者: 江保場狂壱

 私には希望というものがございません。自分が何かをしたいという願望すら湧かないのです。

 多くの人は家庭環境に問題があったのでそれがトラウマになったであろうと推測するでしょうが、私は特に不幸とは思いませんでした。実家は兄がいるので家を継ぐ心配はありませんし、私は一人暮らしをしております。


 私は家族とのふれあいですら苦痛でした。両親と話をすることすら生霊いきりょうに首を絞められるような感触を覚えるくらいです。とはいえ一人暮らしをするだけで私の心は青空のように晴れやかになりました。家族との触れ合いは確かに苦手ですが、家族を蛇蝎の如く嫌っているわけではないのです。

 

 人との付き合いが苦手な私はネットでの小説が唯一の交流の場でした。一応大学を出ており、一度は役場に勤めてはみましたが、人間関係が嫌になり数年で退職してしまいました。

 私は投稿サイトで他愛もない駄菓子のような小説を書き、書籍化することに成功していました。

 鼻紙のように捨てられるような娯楽小説を書き続けているおかげで、私は印税で暮らすことが出来ます。

 

 なぁんだ、左うちわの暮らしをしているじゃないかとやっかむ人もいるでしょうが、そもそも印税は一生遊んで暮らせるほどではありません。安定した生活を送るには小説を書き続けるしかないのです。それも人気と言う霞のようなふわふわしたものに左右されてしまいます。人気が無くなれば私は死刑執行人の首切り浅右衛門に命を絶たれるでしょう。私のこうべが何時まで繋がるのかさっぱりわからないのです。

 

 さらに出版社からは口うるさく注文を受けております。担当編集者からのアドバイスは的確であり、メール通りに小説を書けば確かに売れますが、まったく感動など湧きません。

 なぜなら私が望んで書いたわけではないからです。私は見世物にある操り人形の如く、自分の意志を全く持たないのです。


 そんな私ですが一度生身の女と付き合ったことがありました。所謂マッチングアプリと言う奴に興味を持ち、女と同棲することになったのです。

 無論私が認めたわけではありません。押しかけ女房と言う奴でした。女は二十代で学のない頭の軽い女でした。その反面、文学で生計を立てる人種に興味を抱いていました。恐らくは小学生が無知で飽きっぽいのにペットを飼いたい心境だと思います。


 肌がやたらと黒く、アメリカ人よりどぎつい金髪の女でした。およそ私より知性の低い会話で、ぎゃんぎゃん座敷犬のように四六時中吠えている喧しい女です。

 嫌なら追い出せばいいのですが、この女は私に対して母親のように面倒をかけてくるのです。掃除に洗濯、料理など一般的な女性がすることを難なくこなしていました。

 それに食費は私の財布から抜き出したりしません。全部自分の金で賄っていました。


 彼女はまるで学のない子供のような知能ですが、その癖彼女が私の小説を読めば容赦なく駄目押しをしてきます。それを直せと蛇のように執拗に言われるとイライラしますが、彼女の指示通りに書けば、担当編集者のお褒めのメールが来るのです。


 そんな私はある晩、一線を越えました。彼女は私より年下なのにその手練手管には私も骨抜きにされたのです。一瞬、私の身体から魂が抜けてしまったように思えました。


 ここまで読んだ読者の方は、なんだリア充じゃないかと嫉妬に燃えるでしょう。

 ですが私は逆の事しか考えられませんでした。彼女との逢瀬は私の中にある法律を木っ端みじんに砕いてしまったのです。

 ただうすらぼんやりと生きていた私の人生において、胴体に五寸釘を打ち付けられた痛みを感じました。

 そこから油を注がれ、火をつけられのたうち回っている気分になります。


 私は何でこの女を追い出さなかったのでしょう。人が嫌いな私が何でこの女だけを例外と認めてしまったのでしょうか。私は激しく後悔しました。運転免許は持っていませんが、酒酔い運転の果てに人を轢いてしまった人間の気持ちはこんなものだろうと思いました。


 私は彼女に心中を申し込みました。練炭自殺をしようじゃないかと、持ち掛けたのです。夕食の最中に彼女は目を丸くしました。私としては彼女はすぐに烈火の如く怒りだし、部屋を出ていくと信じていたのです。

 ですが彼女は太陽のようににっこりとほほ笑みました。自分も頭が悪く家も貧乏だ。自分を偽ってもまったく心の闇が晴れることはないと打ち明けてくれたのです。マッチングアプリで私と巡り会ったとき、正反対の人種と付き合って比較すれば気が晴れると考えたそうです。ところが私も自分と同じように希望を持たない人間だと気付いたそうです。


 ああ、なんということでしょうか。私たちは考え方は正反対に様に思えたのに、実際は相思相愛だったのです。希望のない私たちが出会ったのはまさに天の采配だと言えるでしょう。


 今私は浴室にガムテープを張り、練炭を焚きます。あと数分で私たちの命が費えるのです。この私の遺書を読む人は大家さんか家族でしょうが、私たちは最高のめぐり逢いを果たしたので、その高揚感を抱いたまま死にます。私たちは希望などありませんでしたが、世の中に絶望したわけではないのです。私たちはあの世で結婚をするでしょう。葬式は二人一緒にお願いします。


 私たちは幸せな死を迎えることが出来ました。皆さんぜひ私たちを祝福してください。それではさようなら。

 太宰治先生を意識しました。自殺は本来悪なのですが、本人たちが望むならそれは幸福ではないかと思います。

 私は自殺を美化するつもりはないです。しかし将来に不安を感じて押しつぶされる感覚は誰にでもあると思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悲しいなあ。 読んだ後の最初の印象は、「希望が見出せなくて苦しいから死んだのかなぁ」でしたが、よくよく考えてみると「相思相愛のまま死ぬのが、彼らにとっての唯一の希望だったのかなぁ」と思い…
[良い点] 月餅企画から拝読させていただきました。 間違いなくほめられた話ではありません。 しかし、太宰治先生もそうですが、こうまで言われて誰が止められようかという気がします。 文句を言えるのは後始末…
[一言] ∀・)じつに濃い人生模様ですね。なるほど太宰治。でもちゃんと江保場さんのカラーが入っている文学のように思いました。この人生も結末がどうあれまた美しい。 ∀・)全然関係はないけども新庄剛志…
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