第08話 告白かと思った?
「あれって、何年生の時やったっけ?」
俺は椅子の背もたれを軋ませて、斜め上の天井を見上げた。頭の後ろで手を組み、あの時の情景を思い出す。
「二年生の終わりの、春休み前やった」
そう広池は言った。表情は見えないけれど、多少楽しげな声だった。
「ああそうか……。春やったなあ、まだちょっと寒かったけど」
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その日、ウチの町で映画のロケをするという話は前々から噂になっていた。エキストラの募集とかもあって、大がかりなロケだという話だった。けれどロケがあるのは平日の昼間で、俺たちの通っていた高校では『学校を休んで見に行くな』という通達がわざわざ回っていた。
とはいえ出演予定だったのが結構な人気俳優で、女子達は「なんとかして見に行きたい」と前々から言っていた。何しろウチの町に芸能人が来て、映画を撮るなんて滅多にないことだったのだ。
「野田くんは、お祖母ちゃんのお葬式やったっけ?」
記憶の糸を辿っていた俺に、広池が声を掛けてきた。
「うん、そう。友引とか避けてたから、祖母ちゃん死んでから二日……待ったんかなあ。そしたらちょうど――」
ちょうど、祖母ちゃんの葬式の日とロケの日が重なったのだった。当然俺はロケなんて見に行くことも無かったし、見に行けるはずもなかった。けれど偶然、本当に偶然、火葬場から戻る時にロケ現場近くの道をタクシーが通ったのだった。
いつもならスーッと抜けられる通りを、タクシーはロケ見物の通行人を避けてゆっくりと進む。『すいませんねえ、午前中はこの辺は空いてたんですけどねえ』とタクシーの運転手は謝っていた。
俺はボーッと車窓を眺めるしかなくて、タクシーのドアにもたれかかるようにして外を眺めていた。すると――。
「あんなとこで野田くんに見つかるなんて思わへんかったわ」
広池を見つけたのだ。というより交差点で止まったタクシーの窓を、広池の方が見たのだった。
「見つかったんと違うやん。広池の方から覗き込んだんやから」
「だって邪魔やったんやもん。あのタクシー」
確かにタクシーは邪魔だったかもしれない。けれどそれは前方に歩行者がいたから止まったのだ。広池を邪魔しようとして止まった訳ではなかった。
広池は少々不機嫌そうな顔で俺が乗っているタクシーを見た。俺は窓から外を見上げていた。広池と俺の視線がぶつかった瞬間、広池は大きな目をさらに大きくさせて、次にサッと視線を逸らせた。まずいところを見つかった――、とばかりに。
その時の広池は私服だった。そしてさらに髪型もアップに変えて伊達メガネまでしていた。間近で見ないと広池とは気づかなかっただろう。けれどあの近距離だとさすがの俺でも広池だと分かった。俺はピンと来る。ああ、学校をサボってロケを見に来たんだな、と。
「私、あれからすぐに制服に着替えて家に帰ったんやで。野田くんにチクられて学校から家に電話されたら、学校サボってるんバレバレやもん」
「俺がチクるわけないやん。こっちは火葬場からの帰りやったんやから」
「そんなこと言うても、あの時はわからへんかったんやもん」
広池はなぜかちょっと拗ねるように言った。
あの日、広池は高校に行く振りをしてロケを見に行ったのだ。学校には『風邪をひいたから休む』と連絡をして。
当然学校側は当日休んだ生徒をマークし、ロケ現場には生徒指導の先生が巡回もした。ただし、広池は用意周到だった。前日にも『調子が悪い』と言って午後から早退していたのだ。
実家が名家で優等生で、前日から調子が悪いと言っていた広池はマークから外れた。更に言えば広池は単独行動でロケ現場に行った。だから先生たちにも見つからなかったのだ。
「あれって、何人捕まったっけ? 女の子が後で結構先生に説教されてたやんなあ」
「十人くらいはおったと思う。なんか反省文とか書かされてた」
シレッと言う広池は、結局あの後すぐに家に帰って、『やっぱり調子が悪いから早退してきた』と母親に告げたらしい。前日も早退してきた娘がそう言うのだ、母親もすっかり信じて『早く寝なさい』と言ったという。
「フッ。知能犯やったもんな、広池は。でもそんなに見に行きたかったん? あのロケ」
思い出しながら吹き出してしまった俺が聞くと、広池は澄ました顔で言う。
「だってファンやったんやもん。誰かさんに見つからへんかったら、ホンマはもうちょっと見たかったんやけどな」
「で、心配になって次の日に呼び出したと、忌引きで休んでた俺を」
「そうやで、告白かと思った?」
可笑しそうにクスクスと笑い出した広池に、俺は「んなわけ無いやん」と言った。
けれど、一パーセントもそんな可能性を考えなかったかというとウソで、俺は九割九分が昨日のサボりの件だろうなと思いながらも、電話で言われた通りに待ち合わせ場所に行ったのだった。