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高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない  作者: 櫛名田慎吾
③ 先輩の彼女を好きになったってどうしようもないんだ、って思ってた。
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第28話 エピローグ

◇  ◇  ◇


「和田君! ()()()ホンマにめっちゃ可愛いで!!」


 涼子さんは嬉しそうにそう言って、缶ビールのプルタブをプシュっと開ける。そのままグラスに注ぐと、黄金色の液体の上には美味しそうな白い泡が立った。


 その泡をちょっと啜ってから、涼子さんはグラスの半分ほどを一気に飲み干して「くぅー!!」と、ありきたりな反応をした。


 僕はその様子を眺めながら、やっぱり『子供()』可愛いのか、と、その部分にだけ反応をしてしまう。


 つまりは、子供()可愛いのだ……、でも。


「でもな!」


 グラスに注がれたビールを半分にした涼子さんが言葉を続ける。僕は、ああやっぱり、と思って身構える。


「イヤらしい先生って、やっぱりおるんや!」


 ガンッと、ちゃぶ台を叩きそうな勢いで涼子さんが言った。イヤらしい、とは性的な意味ではなくて、性格的にイヤらしいということぐらい僕にだって分かった。


「まあ……、教育実習のときにも涼子さんから聞きましたね、それ。生徒より先生に泣かされるって」


 僕は自分のグラスにビールを注いで、涼子さんお手製の唐揚げをおかずに三分の一程度を胃に流し込んだのだった。


 △


 結局涼子さんは徳島の教員採用試験だけでなく、コッチの採用試験にも受かっていた。そして悩んだ末に、出身地である徳島の方を辞退して僕に近い方を選んでくれたのだった。


 そして四月から晴れて小学校の教師になり、憧れの『宮本涼子先生』と呼ばれるようになったのだけれど――。


 △


「もうホンマに! 私、新任で四月からいきなり新一年生の担任やで!? そんなん完璧になんて、できる訳ないやん!」


 涼子さんは憤懣やるかたなし、といった調子で残りのビールをぐいぐいと飲み干して、またしても「くぅー!!」と目を細める。僕はこの一ヶ月ほど聞き慣れたセリフに、「まあ、そうでしょうね」としか返事が出来ない。


 右も左も分からない新任の先生がいきなり担任を持たされて、それに対して色々と言われる。ドラマでよくありがちな展開とはいえ、まさか自分の周辺でそれが巻き起こされるとは思ってもいなかった。


 教師になりたいなんて思ってもいない僕だったら、そんな状況には耐えられないだろう。でも、涼子さんは先生になりたくてなったのだ。厳しいとは思うけれど、涼子さんはそれを新任教師の試練として乗り越えなければならない。そしてそのことは彼女自身が一番良く分かっているので、こうやって愚痴をこぼすのは僕を相手にしている時だけにしているらしい。


 だからこうやって週末には僕の部屋にやってきて、お酒を飲んだり、カラオケに行ったりしてストレス発散をしているのだ。


「あんな、同じ一年生でもな、やっぱり男の子はアホ可愛いんや!」


 これもこの一ヶ月でよく聞かされたことだった。男の子はアホ可愛い、と。


 まあ、小学生だろうが二十歳になろうが男はアホだと僕は思っているのだけれど、とにかく今の涼子さんの一服の清涼剤となっているのは、アホ可愛い新一年生の男の子だといってもよさそうだった。そのアホ可愛い一年生の男の子の中には、涼子先生にベタ惚れの子もいるのだろうと想像すると、僕はちょっとだけ嫉妬に近い感情を覚える。


 なにしろ小さいとはいえ、オトコのライバルなのだから。


 と、そんなアホなことを考えていると、真顔に戻った涼子さんが僕のことを訊いてきた。


「で、和田君はどうなん? 公務員の一次試験ってもうすぐやろ?」


「ああ、そう……ですね。いや、もうすぐっていうか、もう始まってるところもあるっていうか……。僕は来週から試験ですね」


 地方公務員試験はもう始まっている自治体もあったし、もちろんこれからのところもあった。僕の受ける日程でいえば、来週から毎週日曜日は一ヶ月程度は試験日で埋まっていた。


「えっ、来週からなんや……。ごめん、よかったんかな? 今日も押しかけて」


 急にシュンとなった涼子さんに僕は慌てて弁解をした。


「えっと、いやいや、全然大丈夫やし。まあ、なるようにしかならへん訳やから、涼子さんは気にせんでもええですよ、ホンマに」


 僕が軽く言うと、涼子さんが半ば呆れたような表情に変わっていく。


「なるようになるって、まだ一個も受けてへんのに、ケセラセラは早いんと違うん?」


「ああ……、でも僕の人生って、ほとんどが『なるようになる』やったから、今回もうまく行かへんかなあ、って思ってるんです、アハハハ」


 僕のそういう部分を久保井先輩は『流している』と表現していたことを、僕は不意に思い出した。


 自分の感覚でいえば、あの涼子さんに告白した時に比べれば公務員試験なんてそれほど緊張感は無い。なぜならこの世に涼子さんは一人きりだけど、今から受ける公務員試験は四つも五つもあるからだ。安心感が違う。


 と、そのことを涼子さんに告げると、涼子さんは完全に呆れた表情になって、「はぁ……」と深いため息をついた。


「もう……、ホンマに和田君は和田君やわ。ちょっと緊張感持ってもらうように、私、今日は帰る」


「え? でも、もう涼子さん飲んでますよ。いまから車は……」


 さすがに飲酒運転はダメだと思ったのか、涼子さんは軽く唇をゆがめた。


「ムゥ……。じゃあ、今日は()()()()から! ううん、公務員試験が全部終わるまでせえへんから!! いい? 和田君が真剣にならへんからお預け! お預けやから!!」


「えっ、ええっと……。ええっ!? いや、そんな!」


 涼子さんが『せえへん!』と断言したのは、つまり、『しない』ということで、僕がなにをお預けされるのかといえば、当然――アレな訳で。


「あっ、ほら、和田君が真剣になった! 効果てきめんやな! じゃあ和田君の禁欲生活に向けてカンパイ! アハハハ」


 楽しげに笑う涼子さんを見ながら、やっぱり二十歳を越えてもオトコはアホ可愛いものなのだろうな、と僕はつくづく思ったのだった。


< ③『先輩の彼女を好きになったってしょうがないんだ、って思ってた』終わり>



          挿絵(By みてみん)

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