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高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない  作者: 櫛名田慎吾
① 高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない。
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第07話 なんやそれ、評価高すぎるやろ

「泣くなや……」


 俺はテーブルにあった紙ナプキンを取って広池に渡した。彼女はそれを素直に受け取り、目元を押さえていく。これはどう見ても女を泣かせている悪い男の構図だ。泣きたいのはこっちの方なのに。


「それ、アレか? 同意書は、やっぱり相手の男には貰われへんのか?」


 できる限り落ち着いた声で俺は尋ねた。が、広池は口元を引き締めて首を振る。完全に拒絶のポーズだ。


「ごめん。もう会いたくもないし、『同意書ください』なんて、なんで私がお願いせなアカンのか悔しいし」


「そうやなあ……」


 確かにその気持ちは俺にもわかった。それに、逃げ回るような相手が素直に同意書にサインするとも思えない。広池が頭を下げてまで同意書をもらうのは筋違いだろう。悔しいけれど。


「じゃあ、父親の同意書がなかったら、手術できへんのか?」


 次の質問に、広池はピクリと反応した。一瞬の間があいて、「できるよ」と意外な答えが返ってくる。


「え、できるん?」


 思わず背筋を伸ばした俺が食いつき気味に言うと、広池は極めて事務的な口調で告げる。


「暴行されたとか、父親が誰かわからへんとか、そんな時は必要ないみたい」


「ああ……」


 妙な感嘆符とともに、俺は溜まった息を吐き出した。


 暴行はまだしも、父親が誰かわからないなんて、広池は認めたくないのだ。たとえ病院で手術をするためだけの方便だとしても、そういう乱れた交際をする女だとみられることに我慢がならないのだ。


 それが分かった俺は、広池の言っていた『野田くんを利用しようとしてる』の本当の意味を理解した。自分のプライドのために元クラスメイトを父親役に仕立てることは、確かにズルい女なのかもしれない。――けれど。


「広池は……、なんで俺に連絡してくれたん?」


 俺はさっきから聞きたくてたまらなかった疑問を尋ねた。


 その問いは、広池にとっては予想していたことだったらしい。俺の方を見てから、少し微笑んだのだ。


「これでも私、何日か考えたんやで。そやけど……、野田くんしかおらへんな、と思って。大学の友達とか絶対無理やろ。それから高校時代の他のクラスメイトも……」


「太田とか、倉持のこと?」


「うん。無理かなと思った」


 それはこちらの大学に来ている高校の同級生で、最初の頃はよく会っていた仲間だった。


「じゃあ、俺がもし同意書にサインせえへん、って言ったら、どうするつもりやったん?」


 俺の心はもう決まっていた。悲しいけれど、サインをしないという選択はできなかった。それでも俺は、どうするつもりだったのかを広池に聞きたかったのだ。


「その時は……諦めて、同意書なしで手術するつもりやった」


 静かに、そして落ち着いた声で広池は言った。


「次のヤツに、当たることもせずに?」


 それは少々意地悪な質問だったかもしれない。俺という人間にどれほどの価値があるかを、広池に語らせようというのだから。


 すると広池は嫌そうな顔一つせずに、淡々と答えた。


「野田くん。私な、自分の恥を晒すなんて一人でええねん。それが野田くんやったっていうだけ。野田くんやったら、断られても黙っておいてくれると信じてたから」


「なんやそれ、評価高すぎるやろ」


 思わず苦笑をして俺が呟くと、広池は笑顔で首を振った。


「ううん。評価高すぎとか、そんなことないよ。野田くん、高校の時も黙っててくれたやん」


「えっ……、なにを?」


 大して思い当たる節も無かった俺は、そう言ってからしばらく考えた。考えたけれど、そんなに重要な口止めをされた覚えはない。


 すると広池は可笑しそうにクスリと笑みを見せて、俺が完全に忘れていたことを告げた。


「ほら、私が学校をズル休みして映画のロケを見に行ったこと。黙っててくれたやろ」


「ああ、あったなあ。それ、懐かしいわ」


「あったやろ? 懐かしいやろ?」


 いたずらっぽく笑った広池千佳の顔は、俺の知っている高校生のときのそれに戻っていた。


 そして俺はまたもや、高校時代のことを思い出していたのだった。

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