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高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない  作者: 櫛名田慎吾
③ 先輩の彼女を好きになったってどうしようもないんだ、って思ってた。
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第23話 東京タワー

◇  ◇  ◇


 自分にしては割と(というか真面目に)本気を出した告白をスルーされて、見事に宙ぶらりんな気持ちのままで僕は車を病院の駐車場から出したのだった。


 助手席に涼子さんを乗せて向かう先は東京タワー。つまりは東京観光のメインスポット。


 せっかく東京まで来てトンボ帰りではつまらない、と涼子さんは考えているんじゃないかと僕は思った。だから病室から見えた東京タワーくらいには行きたい、などと言い出したのだろうと。


 大学病院から東京タワーまでの道順、もう僕はやる気もなく運転をした。中原街道から国道一号へと走ればそのうち着くだろう、などといい加減に地図も一回しか確認しなかった。


 そしてその通りに東京タワーは近づいてくる。そのあいだ涼子さんは助手席で、「白金しろがねってこんなとこにあるんや」とか、「慶応大学ってこれ?」とか、車窓を眺めて東京を堪能していた。僕はその度に、「この辺が港区の高級住宅街なんです」とか、「慶応は神奈川の日吉キャンパスの方が大きいんです」などと、観光案内人のように返事をしていた。


 やがて東京タワーの真下まで車はたどり着き、僕はそのままバカ高い料金の駐車場に車を入れた。もうほとんどヤケクソだった。


 車を降りた涼子さんは「すごいすごい」と歓声をあげて真っ赤なタワーを見上げる。時間は午後四時過ぎで、日曜とはいえちょうど観光客も少ない時間帯だった。


 ここまで来たのだから当然タワーの上まで登るのだろうとは思っていたけれど、涼子さんは僕の想像以上に楽しげな様子でチケット売り場に並んだのだった。


 僕の告白のことなんてもう完全に忘れているんじゃないかという感じで、涼子さんは大人二枚のチケットをにこやかに買う。そのチケットを一枚渡された僕がお金を払おうとしたら、「いいのいいの!」と笑顔でエレベーターへと向かったのだった。さっきまであんなに泣いていたのに、と僕は涼子さんに隠れてため息をつく。


 ――女心なんて僕には絶対に解りっこない。


 そんなことを感じながら僕は涼子さんとエレベーターに乗り込んだ。


 地上百五十メートルの展望台まで数十秒でエレベーターは昇っていく。病院の無機質なエレベーターとは違って、ここでは案内のお姉さんが東京タワーについての説明をしてくれる。子供の頃に登った東京タワーはワクワクしたけれど、今日はなんだかワクワクもしない。それどころか東京タワーから降りた後に、どの道順で帰るかを早くも考えていた。


 やがてエレベーターは速度を落とし、地上百五十メートルの展望台に着いた。記憶の中に残っている展望台の風景が自分の目の前に広がって、ようやく僕はちょっとだけ気分を持ち直す。たしか『写真を撮りませんか』とか言われて家族で高い写真をとったはずだった。


 今日は家族で来た日に比べると観光客の数も少ない。四時なんていう時間が中途半端なのだ。あの頃はまさかこんな形で東京タワーに登るなんて、思ってもいなかっただろうなあ。などと記憶を振り返りつつ、僕は涼子さんの後をついて展望窓に近づいて行った。


「すごいなあ、和田君。見て見て!」


 涼子さんは子供のような笑顔になって、展望台から東京の街並みを見下ろしていた。もうそこには僕の決死の告白の入り込む余地なんてあるはずもない。


「えっと、あの辺が国会議事堂で、あっちが東京駅のあたりですね」


 観光案内人になりきって僕は涼子さんに説明をした。


「じゃあ、さっきの病院は?」


「ああ、さっきの病院は……、逆ですよ、あっち側」


 僕が展望台の反対側を指さすと、涼子さんは「ふーん」と言って、首を傾げる。


「やっぱり和田君。東京に住んでただけあって、よう知ってるんやな」


 ニッコリと笑った涼子さんは、どうみてもさっきまで泣いていた人とは別人だった。


「まあ、一応」


 そう言った僕は、もう告白をしたのが何年も前だったんじゃないのかと錯覚をするくらいに冷めていた。だから――、次に涼子さんが言った言葉の意味が最初は全然わからなかった。


「じゃあ和田君。さっきの返事するから、もう一回和田君から言うてくれるかな」


 もう一回言うてくれるかな? って何? 


 僕の頭の中には『?』マークが飛び回る。


「えっと、……なにをですか?」


 素で言った僕の顔を見て、涼子さんは息をのんだ。息をのんで、そして顔を真っ赤にして怒りだしたのだった。


「和田君! なにそれっ!? ひどいやんか!」


「え? え? いや、僕には意味がわからへんの、ですけど」


「あ、変な関西弁に戻った」


「はあ、ちょっと、混乱して。あの、もう一回説明してください。お願いします」


 頭を下げた僕の耳に、涼子さんの落ち着いた綺麗な声が降ってくる。


「和田君に返事をするから。さっき和田君が病院で私に言うたことを、もう一回言ってください」


 頭を起こした僕の目の前で、涼子さんは少し拗ねたような表情で僕を見ていた。


 ようやく僕の頭は病院で涼子さんに言ったことをフルパワーで思い出している。その中でも涼子さんから返事を貰う話なんて、アレしかないことに秒速で気づく。


「あっ、あっ、あの……、ここで、アレを言うんです……か?」


 詰まりながら尋ねる僕の目の前で、涼子さんはコクリと頷いた。


「そう、ここで言って欲しい」


「えっと、あの、涼子さんのこと……が、好き……です」


 周囲に人がいなかったとはいえ、僕はド緊張しながら言い切った。いや、自分ではよくぞ言い切ったと思っていた、――なのに。


「え? そんな短かった? ウソやん! もっといっぱい言うてくれたやん。凄い真剣に、それから全然よどみもせんと、バチッて言ってくれたのに」


 涼子さんが目を丸くする。


「あ、あれは、一生に一回あるかないかの全力疾走で、自分でもなんであんなスラスラ言えたんか分からへんのですけど……。じゃあ、思い出します」


 僕は病院のロビーで涼子さんに告白した台詞を思い出しつつ、たどたどしくも言葉にしたのだけれど、自分の言った台詞なのになぜかそれを涼子さんに細かく訂正されていた。


 結局、告白のセリフは口に出した僕よりも、聞いていた涼子さんの方がよく覚えていたのだった。


「――以上、です」


 僕はまるで教室で研究発表を終えた学生のよう。そして涼子さんはそれを指導した先生のようだった。


「はい、ありがとう和田君」


 涼子さんは僕の発表もどきを聞き終えて、ニコッと笑った。


 そして――。


「じゃあ、お願いします」


 と言って、ペコリと頭を下げたのだった。



 ◇  ◇  ◇



「ホンマにひどい! 和田君!!」


 涼子さんは怒っていた、結構本気で。


「いや、だって涼子さん! お願いします、って言われても、すぐに僕には意味なんて解りませんって」


 つまり涼子さんが言った「お願いします」は、オッケーの意味だった。僕と付き合ってもいいという返事だった。


 さっきまで赤ペン先生の添削のように告白を細かく訂正されて、シドロモドロに発表した僕にそんなことが伝わるはずがない。けれど涼子さんはキョトンとして意味を尋ねた僕に怒ったのだった。


「和田君は、そういうのが解るところが和田君やんか!」


「いや、だから、普段の僕と違うんですから、ちょっとは勘弁してくださいよ」


 東京タワーの一角で僕たちは、付き合い始めて初めての口ゲンカをした。


 結局、涼子さんがなぜ東京タワーに行きたかったかというと、上の病室で振られたというのに、その病院のロビーで告白されたのがたまらなくイヤだった、というのがその理由だった。告白くらいは雰囲気のある場所が良かったのだと。


 そんなことなら先に言っておいてくださいよ、なんて言おうとも思ったけれど、僕はすぐに頭から忘れてしまった。なぜならそんなことを言わなくても、僕の一生に一度の全力疾走はもう成功したのだから。


 僕は東京タワーの展望台から、久保井さんが入院している病院の方角に向かって、心の中で深々と頭を下げたのだった。


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