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高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない  作者: 櫛名田慎吾
③ 先輩の彼女を好きになったってどうしようもないんだ、って思ってた。
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第18話 留守電の返事

 僕たちを招き入れてくれた女性は、「首には負担をかけないようにお願いしますね」と久保井さんと僕たちに話しかけてから、ナースステーションへと戻っていった。


 涼子さんは相変わらず泣きながら鼻を啜っていて、久保井さんはバツが悪そうに涼子さんの髪を撫でていた。


「久保井さん、どうやったんです? 事故ったって聞いて飛んできたんですけど」


 僕が尋ねると、首を動かせない久保井さんは身体ごとちょっと捻って僕の方を見た。


「いや、ホンマにな。俺は赤信号で止まってたんや、そしたら後ろからガツンて来て、前のトラックとサンドイッチや。正直いうて、記憶が飛び飛びでなあ、気がついたら救急車の中やった」


「うわ……、痛かったでしょ?」


 僕は事故の状況を想像して、思わず表情をゆがめた。


「痛かったよ。左足の骨折って救急車の中で救急隊員の人が無線で言うてるし、首も痛いし、『お名前は? お名前は?』って病院に着くまでずっと聞かれるし……。事故は、金曜の昼前やったんやけどな」


 久保井さんはそこまで言って、再び苦笑をした。


「全治、どのくらいなんです?」


 また僕が聞くと、足は二~三ヶ月かなあ、と久保井さんが言う。


「でも、首がなあ。こういうのって、治ったと思ってもアレやろ? また痺れたりするやろ? ムチ打ちっていう感じやから」


「そうですよね、気をつけないとね。じゃあ、今年の夏は病院で過ごすんですね」


「そうやな。でも、精密検査も終わったし、来週には個室から追い出されて大部屋みたいやわ。一人で快適やったのに」


 と、そこでようやく久保井さんは自身でフッと笑ったのだった。


 △


 涼子さんは僕たちの会話の間にハンカチで涙を拭いていた。鼻を啜る音もしなくなって、ベッド脇から離れて丸い椅子に座る。そして思い出したように、サービスエリアで買ったドーナツを久保井さんに渡した。


「悪かったな涼子、心配かけたな。ここまで何で来たん? 和田と一緒に新幹線で来たんか?」


 久保井さんの質問に涼子さんは首を横に振った。


「ううん、和田君の車で来た。和田君、ずっと運転しっぱなしで来てくれたんやから」


「えっ、マジでか!? スターレットで来たん、和田」


「だって、()()車ですから」 


 ()()、を強調して言うと、久保井さんは苦々しそうに頬をゆがめる。けれどそのあと「大事に乗れよ」と優しい声で言った。


「あんな久保井さん。和田君、夏休みに入ったら一緒に東京に行きましょう、って言うてくれてたんやで。久保井さんに……会いに」


「ああ、そうなんか」


 久保井さんの声がなぜかしら翳ったような気がして、僕の心臓がドクンと響いた。


「そうなんですよ、だって僕が留守電いれても返事くれませんし、どれだけ忙しいんかなあ、って言ってたんですからね!」


 努めて明るい声を出そうとして、僕は少々無理をした。自分で空回りをしているのが分かって、久保井さんから視線を外してしまう。


「まあな、仕事はシンドイわ。いうても重要な仕事なんかさせて貰ってないんやけどな、上の先輩とかが転職の話なんかしてたら、どうなんやろうって思ったりしてな……。でも違う人はメチャクチャ仕事してたりするし、法人相手と、リテールでも全然違うし、もっと学生時代に勉強してたら良かったなあって思うわ」


「リテール……ってなに?」


 涼子さんが不思議そうに訊いた。教員志望の涼子さんが知らなくても当然だと僕は思う。


「ああ、リテールって、個人相手の商売のことですよ。ですよね、久保井さん」


「あと、中小企業とか零細企業とか相手の営業も入るけどな」


 ああ、そうなんですか、と僕は頷く。


「でもな、入る前から知ってたいうたら知ってたんやけど、東大とか京大とか雲の上のとこを出た同期なんかは最初から配属先が違うし、基幹支店で大切に扱われるんや。まあ……俺ら、兵隊やから、兵隊なりにどう頑張っていくかなんやけど……な」


 そこでいきなり事故してしもた。と、久保井さんは両手を広げ、肩をすくめるポーズをとった。


「追突やから、もらい事故ですやん」


 僕が久保井さんを庇うように言うと、久保井さんは、そうなんやけどな、と呟いて視線を自分の左足に落とした。 


「ちょっと考え事してたから、止まってた時のブレーキの踏み込みがちょっと甘かったかもなあ、とか思ったりしてな……」


 そこまで言って、久保井さんはフウッと小さく息を吐き出した。


「涼子の留守電に、返事せなアカンなあとか、思ってたんや」


「久保井さん……、そんなん、ええのに」


 涼子さんは小さい声で返事をして、久保井さんと同じように視線を落とした。涼子さんの留守電とは、一週間か十日ほど前だろうか、涼子さんが入れた『元気ですか』と尋ねた留守電のことだと僕にはわかった。


「ええ訳ないやろ。なあ、和田」


 僕は久保井さんの変調を感じ取った。『なあ、和田』と問いかけられたので渋々に久保井さんと視線を合わせると、久保井さんの目は優しいけれど、悲しい色を帯び始めていた。


 僕の心臓はまたドクンと鳴る。けれど今度のドクンは決定的な感じがした。


 一瞬の間の後、久保井さんは至って普通に僕に声を掛けてきた。


「そうや和田、コーヒー買ってきてくれへんか? 俺の好きなヤツ」


 僕はそんなことを言い出した久保井さんの目をジッと見つめた。久保井さんの目は、真剣だった。真剣だけど、悲しい色をしていた。


「そんなん、いやですよ……」


 僕は半ば吐き捨てるように言い返す。そんな僕を見て涼子さんが驚いたような顔をした。


「私、買ってこようか? コーヒー」


「いや、和田がええんや。和田は俺の好きなヤツ知ってるから。なあ、和田、頼むわ」


 それは僕に席を外せという久保井さんの意思だった。涼子さんと二人きりにさせろと。


「久保井さん、ちょっと時間かかりますよ。いいんですか? ホントにいいんですか?」


 僕は確かめた。本気で確かめた。あなたの決断はそれでいいのか、というつもりで確かめた。


「うん、ええで。和田は、よう知ってるやろ、俺のこと」


 久保井さんの返事は、清々しいほどハッキリとしていた。


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