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高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない  作者: 櫛名田慎吾
③ 先輩の彼女を好きになったってどうしようもないんだ、って思ってた。
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第11話 カラオケ

◇  ◇  ◇


 カラオケボックスの部屋に入った涼子さんは、いきなり五曲くらいを入力していく。


 涼子さんがよくカラオケで歌うのは森高千里とか、ドリカムとかだった。涼子さんはスラッと背も高いし髪も長くて、なんとなく顔も森高千里に似ていた。どこが似ているかというと、やっぱり目なのかな、とも思ったりしていた。


 涼子さんの歌が森高千里ほど上手かというと、さすがにそこまでではなくて、まあ普通。そう、普通としか表現のしようがなかった。けれど歌っているときの涼子さんは本当に楽しそうで、いまも森高の『ストレス』をホントにストレスをぶつけるようにして歌っていた。


「ああ、久しぶりやわあ~」


 最初に入れた五曲を歌いきり、涼子さんは注文していたレモンサワーをぐいぐいと飲む。僕はシャンシャンと鳴らしていたタンバリンを一旦置いて、ウーロン茶を口に入れた。一応運転手なのでアルコールは飲まない。僕がカラオケで運転手役なのは、久保井さんを含めて来ていたときと同じだった。


「くうう、美味しいっ! じゃあ和田君、歌って」


 レモンサワーを半分ほど飲み干した涼子さんが、分厚い曲目本を僕に手渡してきた。


 僕はカラオケが好きでも嫌いでもない。というのはウソで、本当はちょっと苦手だった。歌が嫌いな訳じゃなくて、歌は好きだった。ただカラオケがどうも苦手だった。


「ねえアレ歌って、アレ!!」


「ああ、アレですか?」


 ちょっとキラキラした目で涼子さんがリクエストしたのは……ちあきなおみの『喝采』。いきなりこの曲で盛り下げていいのだろうかと思いながら、僕は曲を入力した。音程のキーは原曲から上げる、プラス二くらいに。


 可愛い女の子の声で森高が歌われていた部屋から、こんどは男の声で『喝采』が流れるなんて、どうなんだろうと思いながら僕は歌った。ただ涼子さんが期待した目で僕を見るので、真剣に歌わないわけにはいかない。『あれはさんねんまえ~』と、僕は喝采を歌いきった。


「やっぱり上手いわあ……、和田君。バンドやってただけあるわあ」


 毎度のごとく涼子さんは間違えている。僕はバンドなんてやってない、ただギターを弾いていただけ。


「あの……僕、バンドなんてやってないですけど」


「でもギターで弾いてたんでしょ。一回だけ聴かせてもらったけど」


「ですからバンドやなくて、フォークギターやったんですよ」


 涼子さんのなかでは語り弾きでもバンドに入るらしい。その辺のところはもういいやとは思っていたけれど、一応今回も訂正を入れておいた。


「でも和田君のほうが、コロッケより上手やった!」


 もうここまで来ると何も言えない。コロッケはちあきなおみのモノマネをしているのであって、『喝采』を上手に歌おうとは思っていないはずだ。まあ、もうこれだってどうでもいいのだけれど。


「じゃあ次はアレ!! えっと……」


「中島みゆきですか?」


「そうそう!」


 言われたままに僕は中島みゆきを入れた。曲名は『時代』でも『悪女』でもなく……『世情』だ。

 

 なぜ涼子さんが『世情』をリクエストしたかというと、世情の曲が流れている途中で連行されるカトウマサルのものまねをしたのがウケたから、というのが理由だった。こんなのドラマの『金八先生』を見ていない人には分からないと思う。けれど僕と田口が以前カラオケボックスでこれをやった時に、涼子さんには異常にウケたのだった。


「――俺たちは腐ったミカンじゃねぇ!」


 と僕が絶叫すると、やっぱり涼子さんは腹を抱えて笑い出した。細身のジーンズを履いた長い足がクネクネと動いている。けど僕が知る限り、カトウマサルがこんな絶叫をした覚えはないのだけれど。


「ああ、可笑しかった、もう最高。ふう~」


 空調が効いているはずの室内なのに、涼子さんは手でパタパタと顔を仰いでそう言った。そして残ったレモンサワーを飲みきり、次の注文を電話でする。


「じゃあ、次はクリスタルキング!」


 今度はハッキリとアーティスト名を涼子さんは言った。そして僕はクリスタルキングの『大都会』を血管が切れそうな原曲で歌う。涼子さんがイタズラでキーをポチッと上げる、僕は喉から血が出そうな声になって歌い続ける。


 といった一連のお約束行事を経て、カラオケは三時間続いた。涼子さんが一時間延長をしたからだった。


 △


「あ~、面白かった! ホンマに久しぶりにストレス発散したわ」


 カラオケボックスから出た涼子さんは、両手を宙に伸ばしながら満足げに言った。その顔色は、涼子さんが着ている淡いピンク色のカットソーと同じように紅潮していて、ちょっと酔っているのが僕にもわかった。


「ありがと、和田君」


 少しだけトロンとした顔でそんなことを言われると、正直ドキドキしてしまう。


 時間は夜の八時を回った。夕方まで曇っていた空はもう真っ暗になっていて、雲はどこかに消え、いまはもう星さえ見えていた。


「ああ、晴れましたね」


 僕は照れ隠しに上空を見ながら、涼子さんに聞こえるように呟いた。


「ホンマやな……、綺麗に晴れた」


 駐車場の上に広がる夜空を涼子さんも見上げた。と、その後。


「なあ和田君、ドライブ、連れて行って欲しいけど、アカン? ほら、夜景とか」


 そんなことを言い出した涼子さんの瞳がほんの少しだけ揺らいでいる訳を、僕は一瞬いろいろと考えたのだった。


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