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高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない  作者: 櫛名田慎吾
③ 先輩の彼女を好きになったってどうしようもないんだ、って思ってた。
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第06話 買い物

◇  ◇  ◇


「ホンマにごめんな、和田君」


 涼子さんは助手席のドアを開けながらそう言った。外はザーザー降りの雨で、傘を差していたはずの涼子さんでも肩が少し濡れていた。


「いえ、別にええんですよ。この雨でバイトも中止になったし、なんにも用事なんてなかったんですから」


 僕はチラリと助手席を見ながらウインカーを触った。カチカチと右の方向指示器が光り始めて、後ろを確認してギヤをローに入れる。


 涼子さんに直接会ったのは例の三月の引っ越し以来で、二ヶ月半ぶりくらい。今日の涼子さんはロングヘアをポニーテールみたいにしていて、ちょっと雰囲気が違っていた。服は薄手のトレーナーで、下はローライズのジーンズ。どうみても休日のリラックスした服装だった。


「和田君……ごめんな、ジャスコとかダイエーに行ったら売ってるやんなあ、ああいう机って」


「まあ、売ってる、と思いますよ。机、っていうかちゃぶ台? うーん、こたつ机って言うんかなあ」


 涼子さんが言っているのは、一言でえば小さいテーブルのことだった。ご飯を食べたり、勉強机代わりにして使ったり、寒いときにはそこに足を突っ込んでうたた寝したりと、部屋に置いておけば万能で使えるあの机だ。僕たちでいえば麻雀卓の代わりにもなったりしている。


「ちょっと前からなんかグラグラしてるなあ、って思ってたんやけど、まさか体重掛けたら完全に折れるとは思わへんかった……」


「まあそんなもんですよ、怪我しなくてよかったですね」


 涼子さんの愚痴に僕はクスリと笑う。


 さっきの電話の要件はこれだった。テーブルの脚が折れてしまったので、一緒に買いにいって貰えないだろうか。というものだった。


 普通の買い物だったらこんな電話は掛かってこなかっただろう。もしかして雨が降っていなかったなら、涼子さんは何とかしてバスに乗って折りたたみ机を買いに行ったかもしれない。


 けれどこんな雨の中、女の子が段ボール箱を抱えてバス停から歩いて帰ってくるなんて正気の沙汰じゃ無い。


 それでも十五分くらい悩んでから僕の所に電話を掛けたと、涼子さんは言っていた。


「そんなん、すぐ電話を掛けてくれたらよかったんですよ。そんな悩むようなことと違いますし」


「それでも和田君、『机を買いに行くから連れて行って』なんて、アッシー君みたいやん」


 ちょっと遠慮気味に涼子さんはそう言った。


「でも今日買わへんかったら、レポートを床に寝そべって書くとこやったんでしょ? プッ……」


「ああ! 和田君、笑ろたな、だってしょうがないやん。明日提出なんやから!」


 僕は涼子さんが壊れた机を恨めしそうに横目で見ながら、床に寝そべってレポートを書く姿を想像して思わず笑ってしまったのだ。


「でも、ホンマにごめんな和田君。助かったわ」


「いいえ、宮本さんのためやったら、いつでも飛んできます」


「あっ、なんかキザっぽいこと言うたぞ、コイツ!」


 そう言いながら涼子さんは、助手席から肘をコツンと僕の方へと突き出した。僕は「やめてくださいよ」と身体を捻って避けるふりをする。その瞬間、そうか、この車の助手席って涼子さんも座り慣れてるんだっけ、と僕は感慨深くなる。


 久保井先輩の車に、僕と涼子さんの三人で乗る機会は少なからずあった。僕は助手席のシートを倒してハッチバックの後部座席へと真っ先に入り、そのあと助手席に涼子さんが座るのだ。僕はこの車では涼子さんの後ろ姿を見ることばかりで、そういえば助手席に座っている涼子さんを見るのは初めてだった。


 長い髪をポニーテールにして括っている涼子さんの横顔はいつにも増して凜々しくて、綺麗に整っている顎のラインがよく見えた。


 見蕩れるな、バカ! と自分を叱り、僕はハンドルをしっかりと握る。


「えっと和田君、とりあえずジャスコに行ってみようか。そやから、そこの最初の信号……」


「左ですよね」


「そうそう左、よく知ってるやん、さすが!」


 ニコッと目を細める涼子さんにまた見蕩れそうになって、僕は軽く咳払いを一つした。


 △


「なあなあ、和田君はどっちがええと思う?」


 三十分も掛からずに車はジャスコに着いた。家具の専門店でもない総合スーパーには洒落た調度品などある訳もなく、どこにでもあるような折りたたみテーブル、もしくはこたつ机が複数置いてあった。


「宮本さんの部屋にあったヤツって、折りたたみやなくて、ちゃんと脚が組み立ててありましたよね。それやったら――」


 ちゃんと脚がついて安定してるテーブルがいいんじゃないですか、と僕は言った。


「僕が使ってるのは折りたたみなんですよ。アレ結構安定しないんですよねえ。それに車に積むんやから、大きいのでも載せますよ」


 そのために僕は来たんだし、とは言わなかった。なんだか押しつけがましい気がしたから。


「うーん……」


 カタチのいい顎に手を持って行って、涼子さんはしばらく考え込んでいる。綺麗な人は、どんなポーズをとっても綺麗なものだ、と僕はまた見蕩れそうになった。


 涼子さんは女性にしては背も高い方だ。僕よりはちょっとだけ低いけれど、たぶん百六十五センチは絶対にあるだろう。背の高さは久保井さん、僕、涼子さんの順番で、身長差は等間隔くらいだったと思う。


 もうすぐ涼子さんは二十二歳になるはずだ。でも正直言って、もっと大人っぽいというか、女子大生らしからぬ雰囲気が涼子さんにはあった。


 やがて僕の目の前で涼子さんは軽く頷いた。


「うん、じゃあこっちにする。せっかく和田君に来てもらったんやし、車やなかったらコッチは持って帰られへんし」


 そう言って涼子さんが選んだのは、折りたたみではない脚を組み立てるタイプの四角いテーブルだった。


 △


 店員さんを呼んで倉庫から新品を持ち出してもらい、僕は段ボールで梱包されたテーブルをカートに載せた。こんなもの、絶対に女の子一人で買って、自分で持って帰れるはずがない。


 会計を済ませて戻ってきた涼子さんは、梱包された段ボール箱を見て目を大きくさせた。


「こんな大きいの!?」


「まあ、段ボールで梱包したらこんなもんやと思いますよ」


「ごめんな、和田君」


 涼子さんが申し訳なさそうに言った。


「いや、僕はこんなもんやと想像してましたよ。そやから、全然」


 だから全然なんなのだ、と再び僕は自分で自分を叱ったけれど、今度は涼子さんの口が開くのが早かった。


「あんな、和田君。ちょっと食料品のとこ、行ってもいい?」


「え、ああいいですよ。じゃあその間に僕はコレを車に運んでますから」


 そう言って僕は目の前の段ボール箱を指さした。


「うん、じゃあお願い! 下の食料品コーナーに行ってくる」


 ニコッと笑いながらポニーテールを揺らし、涼子さんはペコリとお辞儀をしたのだった。


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