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高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない  作者: 櫛名田慎吾
② 先輩からもらったコンドームのせいで彼女と後味の悪いことになったけれど、やっぱりさっさと一人で使っておけば良かったと思った話。
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第30話   〃 似た者同士なんやな

「違う、って。なにが、違うん?」


 まっすぐに見つめてくる小夜ちゃんの目に気圧された僕は、ちょっと言葉に詰まりながら聞き返した。


「えっと、その、センパイが謝るんは、もう違うっていうか……。センパイ、あのことでそんなに謝らんでもええ、っていうか……。私がセンパイに言わなアカンことが、いっぱいある、っていうか……」


 瞬く間に小夜ちゃんの目から力強さがなくなり、逆に逡巡の色が濃くなっていく。言いにくいことなんだろうな、当たり前か……と、空気を読んだ僕が黙ったところで、タイミングがいいのか悪いのか、注文したコーヒーとミルクティがやってきたのだった。


 ホットコーヒーを僕に、ミルクティーを小夜ちゃんの前に置いて、店員さんは戻っていった。決して楽しそうな雰囲気ではない僕たちの方を、チラリと確認しながら。


 僕はコーヒーにミルクと砂糖を入れて、クルクルとスプーンでかき回した。真っ黒だった液体に白い色が溶けていって、やがて茶色に変わる。それを一口飲んで小夜ちゃんの方を見ると、小夜ちゃんも同じように琥珀色の液体にミルクを注いでいた。


 一度会話が止まってしまうと不思議なもので、沈黙がその場を支配した。


 半年前の僕と小夜ちゃんなら、こんな感じにはならなかったろうに……。そう思って外を見ると、曇った空から軽く雪が降り始めていた。


「ああ、雪やな」


 つい反射的に僕が口にした。すると小夜ちゃんも、つられたように外を見て言った。


「ホンマや、雪や。今日は降るって言うてなかったのに」


「アイツと村澤さん、免許取り立てやのに、雪道とか大丈夫なんかなあ」


「お正月に二人で初詣行くいうて、このまえ話してた。美紀ちゃんは『めんどくさい』って言ってたけど」


「そうなんや。なんやかんや言うて、仲ええやん。ふたりで初詣行くんやったら」


 僕がそう言うと、小夜ちゃんは何かが可笑しかったのかクスクスと笑い出した。


「なんか俺、おかしいこと言うた?」


 そんなことを尋ねる僕が更に可笑しかったのか、小夜ちゃんの笑いは続き、やがて目尻にうっすらと涙さえ浮かべたのだった。僕がそんな彼女の笑いが収まるのを待っていると、ようやく小夜ちゃんの説明が始まる。


「フフッ、だってあれやもん。センパイ、去年の初詣の時に参道で滑ってこけて、『俺、すべったわ、アカンわ』って、めちゃくちゃ落ち込んで。それから、そのあとにおみくじ引いたら、『凶』なんか引いて、『ふつう初詣の日に凶なんか入れへんやろ……』って更に落ち込んで。私、ホンマに心配したんやけど、帰り道でタコ焼き一緒に食べたら、『タコが二個入ってた』って、センパイ喜んで。実はあのとき私のたこ焼きに、タコが入ってなかったんやけど、それでもセンパイが喜んでくれたからエエかな、って思って……」


 最初は笑っていた小夜ちゃんの表情が、途中から悲しげな顔に変わっていった。そんなこともあったなあ、と笑う用意をしていた僕は、ただ「小夜ちゃん……」とだけしか言えなくなっていた。


 また、しばらくの沈黙が続いたあとに、小夜ちゃんの鼻をすする音が小さく響きはじめた。泣き始めたのだと僕が気づいた時には既に遅く、小夜ちゃんは赤く充血し始めた目で僕の方を見たのだった。


「私、なんであの時センパイに何も言えへんかったんやろ……。センパイ、わざわざ家まで送ってくれたのに、私のこと心配して家まで送ってくれたのに。センパイ、何回も何回も謝ってくれて、私、恥ずかしかっただけで、怒ったりしてへんかったのに……。センパイに『怒ってへんから、恥ずかしかっただけやから、もう謝らんでもええから』って言われへんかった。センパイが帰ったあと家で泣いて、次の日には謝ろうと思って電話掛けたら……」


「ごめん、俺。ちょうど部屋におらんかったんやと思う。でも小夜ちゃん、もう泣かんといて」


 突然、あの日の出来事を話しはじめた小夜ちゃんを、僕はそう言って宥めたのだけれど、小夜ちゃんの告白というか懺悔に近いものと、彼女の涙は止まらなかった。


「うん……。最初はセンパイがアパートにおらへんのやと思ったけど、段々とやっぱりセンパイは私に呆れて電話に出てくれへんのかな、って思い返すようになって、最後は電話するんも怖くなって。そしたらセンパイから電話が掛かってきたらどうしよう、って思うようになって。センパイはいつもお母さんが家におらへん時間に電話掛けてくるから、そやから私……、センパイに『別れようか』とか言われるん嫌やし、そんなん言われたら立ち直られへんし、何回か……掛かってきた電話に出えへんかった。ごめん、センパイ」


 ズズッっと鼻をすすって手で涙を拭く小夜ちゃんに、僕はハンカチを渡した。高校時代に小夜ちゃんからプレゼントで貰ったハンカチを。


「センパイ、これ?」


 ハンカチの柄に気づいた小夜ちゃんが顔を上げた。


「小夜ちゃんに貰ったやつやもん、大切に使ってるに決まってるやん。それにもう小夜ちゃん、ホンマに泣かんといて。俺、小夜ちゃんを何回も泣かせたくないし。でも俺らって、村澤さんの言うてたように似た者同士なんやな……、ホンマに」


 僕はそこで一旦コーヒーを飲んで唇を湿らせた。小夜ちゃんは僕の言った『似た者同士』の意味がわからないのか、泣き顔の中にも不思議そうな表情を浮かべていた。


「あんな、小夜ちゃん。俺も電話するんが怖くなった、ってさっき言ったやろ。で、そのあとは、逆に小夜ちゃんから電話が掛かってくるんが怖くなったんや。『もう別れて』って電話で小夜ちゃんに言われたらどうしよう、って。もうそれやったら自然消滅の方が格好ええやん、とかアホなこと考えたこともあった。ホンマに俺、アホやわ。あんなことしといて、何が自然消滅やねん、って。小夜ちゃんのこと、大切やったのに、その……、あんなもん大学の先輩から渡されただけで舞い上がって、俺、アホやったわ。ごめんな」


 自分の情けない部分を全部吐き出した僕は、素直な気持ちで、本当に心から素直な気持ちで小夜ちゃんに頭を下げた。


 許してもらえるとか、もらえないとか、もう一度小夜ちゃんとやり直せるとか、やり直せないとか、そんなことは置いておいて、この半年のあいだに胸の奥に溜まっていたおりのようなものは、流れて消えていったのだった。


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