第26話 〃 ええから、はよ乗れ。寒いやないか
◇ ◇ ◇
五月の末から始まった僕の灰色の半年も、明日の大晦日で年を越そうとしていた。大学は冬休みで、一昨日から僕は実家に帰省している。明後日からは新年。年が明ければ、春休みには運転免許でも取りに行こうかなと、僕は今朝決めたのだった。
というのも川城から電話があって、今日の午後から車で迎えに行くから実家の前で待っていろ、と言われたのだ。いつ車の免許を取ったのか、と聞くと、夏休みだったという話。車に乗ってカノジョを連れて来るなんて、いろんなものを見せびらかしに来るようなものじゃないか、と僕は内心ゲンナリしていた。
時間通りに家の外で待っていても、アイツはなかなかやって来ない。今日は真冬の十二月三十日。外で待っていると昼間でも底冷えして、体が凍えてくるのはあたり前だった。
「なにやっとんねんアイツ。この時間に外で待ってろって言ったくせに」
僕は寒さを紛らすように両足を踏んで動かしながら、川城を呪って待った。
元々時間にルーズな奴だったけれど、これはアレだ、そのカノジョとやらもルーズな女の子に違いない。髪を金髪に染めて、アタシぃ↑ などと語尾を上げる女なんじゃないかと想像したりもした。
けれど不思議に思うのは、このクソ田舎にそのカノジョがどうやって来たのだろうという話。僕は今日までその川城のカノジョとやらは、大学で見つけた女の子だとばかり思っていた。いや、それ以外の想像なんてしてさえいなかった。
だから川城の車がブーンと止まった時も、やっと来やがったか、この時間にルーズなカップルめ! と恨めしく思ったくらいだった。
「よう!」
と、川城がウインドウを下げて手を挙げる。車は三菱のランサーで家の車を借りて来たのだろうと察しがついた。そしてなにが、よう! だと思いながら僕が「遅いわ! アホ」と言おうとした時だった。
「尾崎センパイ! 久しぶり!」
と助手席の女の子が手を振って、こちらを見上げたのだった。僕はその声に聞き覚えはあったし、もちろん顔を見れば相手がすぐにわかった。
「村……澤さん……。はあ? なんでおるん?」
その声と僕の表情があまりにも可笑しかったのだろう、川城と村澤さんはそろって爆笑をする。川城は腹を押さえながら、そして村澤さんは口元を押さえながら。
「いや、なんで、そんなん俺知らんやん……」
意味不明なことを口走る僕に向かって、川城は「いや、悪い悪い」と口元をニヤリとさせた。
「あんなザッキー、俺のカノジョ、村澤」
「……は?」
僕はもう川城が何を言っているのかサッパリ理解ができなかった。その僕に追い打ちを掛けるように、村澤さんが助手席から声を出す。
「違うで! 川城センパイが勝手に告白してきて、勝手にカノジョにされただけやで! そやから私、いま川城センパイを審査してるんや、彼氏にしてもええかどうか。アカンかったらポイって捨てるんや」
「……え?」
「まあ、仮免らしいわ、俺。もう三ヶ月くらいになるけど」
「仮免……」
いろんな情報が一気に更新されたけれど、結局のところ川城は村澤さんに「付き合ってくれ」と言ったらしい。それも夏休みに。その結果、村澤さんは一応OKを出したけれど、まだ仮の彼氏だということ。
「そうなんや、俺、全然知らんかった」
「あたり前やん。ザッキーが夏休みに顔出せへんかったんやから。でもまあそれはええねん、今日のホンマのお客様はこっちやから」
そう言って、川城はグッと親指を立てて後ろを示した。
「お客様、って何? タクシーみたいに」
「お客様は、お客様や。ほら、窓下ろすで、ザッキー、後ろ後ろ」
川城は僕に後部座席を見るように指示し、僕は言われた通りに後ろに視線を移した。
振り返って冷静に考えてみれば、あの村澤さんがいるということは、彼女が一緒にいても何の不思議もなかった。けれどこの時の僕は、川城と村澤さんが付き合い始めた、という信じられない話に注意が行っていたのだった。
だから後ろに乗っているのは誰だろう? 俺も知ってる人かな。くらいの認識で、窓ガラスが下りたその先に小夜ちゃんがいるなんて思ってもみなかった。
「小夜……ちゃん?」
そこには僕の知っている半年前の小夜ちゃんから、また髪の毛の伸びた小夜ちゃんがいた。マフラーを巻いた首筋から顎のラインが細くなったような気がして、痩せたのかな、と僕は思った。
「おいザッキー、いつまでボーッと立ってるんや、はよ乗れ」
「いや、でも……」
「ええから、はよ乗れ。今日、俺はどうしてもお前を拉致する義務があるんや。お前、自分でもわかってるやろ? それに寒いやないか、はよ乗ってくれ」
川城はそう言って、コイツにしては優しげな微笑みを見せたのだった。




