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高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない  作者: 櫛名田慎吾
② 先輩からもらったコンドームのせいで彼女と後味の悪いことになったけれど、やっぱりさっさと一人で使っておけば良かったと思った話。
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第06話   〃 どこで、引き返しますか?

「それで……、村澤さんのお祖母ちゃんって、入院してるん?」


 汽車が鉄橋を渡って多少静かになった車内で、僕は小夜ちゃんに尋ねた。すると彼女はコクリとうなずき、「たしか、先月の終わりくらいから……」と返事をする。


「体、悪いん?」


「えっと、よくわからへんのやけど、手術するとか、したとか美紀ちゃん言ってたような」


「そうなんや。具合でも悪くなったんかな」


「そこまで深刻そうな感じやなかったんですけど、でも、尾崎センパイには謝っといて、って」


「ああ……、いや、別に、そんなん気にせんでも」


 僕は顔の前で手を振って、気落ちしている小夜ちゃんを慰めた。


 とはいえ、この事態に僕が困惑していたのは事実だった。さっきまでは後輩女子二人を引率するお兄さん、のつもりでいたし、小夜ちゃんには失礼だったけれど、七割方は村澤さんのことを考えていたのだ。


 村澤さんは社交性もあって、僕が相手でも何かしら会話が続くような女の子だった。だから三人で出かけても気まずい雰囲気にはならないだろうと、ある意味で楽観視していたのだ。ところがいま目の前にいる小夜ちゃんは、明らかに村澤さんとはちょっと違う。この子と一日デートのようなことをする自信が、この時の僕にはあまりなかった。


「そうか――」


 そうか、これじゃあまるでデートやん。と、僕が思わず呟きそうになったのを、小夜ちゃんに不安げに見られる。


「え、いや。なんでもないで。アハハ」


 僕が恥ずかしくなって慌てて誤魔化すと、小夜ちゃんは意を決したように口を開いた。


「あの、尾崎センパイ。どこで、引き返しますか?」


「はあ?」


 頭の中でひとかけらも想像していなかったそんな言葉に、僕は混乱する。


「そやから、その、今日、美紀ちゃんも来うへんし、えっと……、尾崎センパイ、どこで引き返す……んかなって、思って」


 小夜ちゃんは肩掛けの可愛いバッグを体の前で握りしめながら、切れ切れに言う。その視線は僕の方をまったく見ていない。


「えっ、帰るん? 切符買ったのに? マジで?」


「え?」


「いや、だって切符買うたんやろ?」


「うん……」


 そう答えた小夜ちゃんがハーフジーンズのポケットから切符を取り出す。その手にはキッチリと七百五十円区間の切符があった。


「ほら、せっかくやからとりあえず、アニメイトまでは行かな勿体ないんと違う? いや、俺も行きたい電気屋とかあるし、ここから引き返すって……」


 その時の僕には『引き返す』などという選択肢はまったくなかった。ところが小夜ちゃんは違ったらしい。村澤さんが来ないという事態になって、僕が「じゃあ戻ろうか」と言い出す可能性の方が高いと思っていたようだ。


「そしたら、行ってくれるん……ですか?」


 真面目な顔をして小夜ちゃんがこっちを見て言った。


 村澤さんに比べると確かに目立たない小夜ちゃんだったけれど、こうして面と向かって相対すると年相応に可愛い女子だ。そんな子に真面目に見つめられて意味深にドキドキするほどに、あの時の僕は純粋ではあった。


「え……、いや、倉本さんが嫌やなかったら、俺は、別に……」


 ちょっと視線を外して僕が言うと、小夜ちゃんがさっきよりも大きな声を出した。


「い、嫌とか、そんなん違います! こんなん、センパイに迷惑ちゃうかなと思って。美紀ちゃんもおったから、センパイもついて行ってくれるんかな、って思ってて……、そやから……」


 ちょっとだけ拗ねたような目になった小夜ちゃんは、最後の方はモゴモゴと口ごもって視線を窓へと向けた。


 汽車は渓谷沿いの線路を進み、何度目かのトンネルに入って行く。窓の方に目を向けた小夜ちゃんの顔が、真っ暗になった窓ガラスに映る。


「俺は、倉本さんが嫌やなかったら、全然構へんよ。さっきも言うたけど行きたいとこもあるし。あ、倉本さんもついてくる?」


 多少の緊張を持ちながら僕が聞くと、小夜ちゃんは微妙にジトッとした目で言ったのだった。


「私、パチンコ屋はちょっと……」


「なんでや! そんなんこの状況で行くわけないやん、常識的に!」


「アハハ、そうですよね。よかった」


 それは、その日初めて小夜ちゃんが見せてくれた笑顔だった。


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