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高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない  作者: 櫛名田慎吾
① 高校でクラスメイトだった彼女が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない。
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第11話 野田さんのこと好きやったとか?

◇  ◇  ◇


「あんなあ、秋山」


 俺は助手席に乗り込んだ秋山に声を掛けた。秋山は「なんすか?」と言いながらシートベルトを締めている。


「これから俺が言うこと……、誰にも言うなよ」


「えっ?」


 カチャン、というシートベルトが締まった音とともに秋山の声が車内に響く。俺は構わずにキーを捻り、車のエンジンを掛けた。キュルキュルとセルが鳴り、続いてエンジンが回り出す。一リッターのエンジンは千五百回転でアイドリングを始め、俺はちょっとため息をついた。


「野田さん? 何を言うたらアカンのです?」


 怪訝な顔をしながら秋山がこちらを覗う。


「うん、走りながら言うわ」


 俺はギヤをローに入れて駐車場を出たのだった。


 △


「この前、俺のこと見かけた言うたやろ? 月見山のとこらへんで」


 細い路地を何度か曲がって幹線道路に出たところで俺は言った。アクセルを踏み込むと、一瞬遅れてターボが回り出す。


「ああ、やっぱりあれ、野田さんやったんでしょ? だってこの車やったんですもん、どう見たって」


 秋山は笑いながら自分の乗っている座席の付近を指さした。


「うん、まあそうなんやけどな。実は病院に付き添いで行っとったんや」


「病院? あんなとこに? 誰の付き添いです?」


 疑問・質問の三連発だ。俺はちょっと苦笑をして、ハンドルを握り直した。


「これな、お前に隠したり、口止めしたりしても大して意味は無いんやけどな、それでも俺が秋山にウソついてたら何か気持ち悪いやん? そやから言うんやけど――」


 そう言って信号待ちの時に助手席を見ると、秋山は実に不思議そうな顔でこっちを見返していた。


 △


「えええっ、マジですか? その話。それで野田さん付き添いで行ったんですか、中絶の手術に!?」


「うん。まあな、しゃあないやろ。誰にも言うなよ」


 驚いて目を丸くする秋山に向けて、俺は軽く笑って見せた。


 高校のクラスメイトの中絶手術に付き合う。そんな話だって普通に考えれば秋山のように驚いて当然かも知れない。でも俺は言えなかった、付き添いに行っただけでなく、堕ろした子の父親役になり同意書にまでサインをしていたことまでは。


「いや野田さん。しゃあないって、言っても……」


 秋山はまだなんだか不服そうだった。


「そういうのって、妊娠させた相手がするんと違いますん?」


「ああ、それな……」


 やっぱりコイツは気づいたか。俺は心でため息をついて言葉を選んだ。


「妊娠させた相手がなあ、どうしようもないヤツやったんや。それで、もう顔も見たくないって女の子も言うし、誰か付き添いで一緒やないと心細いって言うし。それに、……いま行ってる大学の友達には言われへん、って話やったし」


「……まあ、相手がどうしようもなオトコやったら、誰か一緒に、っていうのも分かりますけど、ねえ」


 話の深刻さに、秋山もため息をつきはじめた。


「でもそれって、その女の人、野田さんのことをエラく信頼してたんですね。昔付き合ってたんですか? 野田さんのこと好きやったとか?」


 秋山の突っ込みに、俺は一瞬なにも言えなかった。そして手術が終わったあと、広池を迎えに行った時のことを思い出したのだった。


 △


「……ありがとう」


 術後の安静時間を経て待合室に帰って来た広池は小さく言った。手術は何事もなく無事に済んだようで、麻酔の影響も覚めていた様子だった。


 今日はまっすぐ帰って休むように、そして明日以降なにか不調があったらすぐに電話するように、と再度の説明を受けてから俺と広池は病院をあとにした。


 広池の足取りは一見しっかりとしているようには見えたけれど、俺は一応彼女の手を取った。すると彼女の手は夏だというのに、俺が驚くほどに冷んやりとしていた。


「広池、手が冷たいけど、大丈夫なんか?」


「私の手、いつもこんな感じやけど。野田くん、手つないだことないから知らんかったん?」


 寂しそうに小さな声で広池が言った。


「ああ、そうなんや」


 そういえば広池と手を握ったことなんてなかったな、と俺は思い直す。

 

 高校でも、こっちに来てからも、俺は広池と手を繋いだことなんて今までなかった。初めて手を繋いだのが中絶手術の直後なんて、なんだかその意味を深く考えてしまう。


「私、心が冷たいから、手も冷たいんや……」


 車の側まで来たとき、広池がポツリとそんなことを呟いた。


「なっ、なに言うてるん?」


 助手席のロックを開けようとしていた俺は思わず振り返った。


「だって私、自分のお腹の子を、……堕ろしたんやもん」


 広池は無表情なのに、目から涙を流していた。


 七月の午後の駐車場には、セミの声がうるさいくらいに響いている。けれどこの時、俺は完全に暑さを感じていなかったのだった。

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