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間違いから始める同居生活  作者: 高木 啄木
第1章 間違った選択
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ep2 命日と誕生

パチパチとベーコンを焼く音。

鼻歌を歌いながら調理しているのは、4日前に家にやってきたあの少女だ。

驚くほど平穏な日々を送っている。まるで元からそう暮していたかのように。

なんだかんだ、僕は脅されたり、部屋の住所を確認した後で警察に突き出されると思っていたがどうやら杞憂のようだ。


変な子だな…。


それとも暴行を加えた僕の家に居たいと思うほど、実家は居心地が悪いのだろうか。

気になるが、個人的なことを変に詮索して怒りを買うくらいなら黙ってる方がマシなので、今は黙っておく。


「もう出来るからお茶用意して〜」


キッチンから顔だけだしている少女の表情は、本当に"いつも通りの日常"をしているように見えてすごく不気味だ。どうしてそんな普通に出来るんだろうか。

そう思いながらキッチンへ向かい麦茶を用意する。なんかもう慣れたもんだ。最初こそ調理している少女の横に行くのが怖かった。熱したフライパンでフルスイングをかまされるのではないかとか、包丁でグサリといかれるのか。しかし、4日間、12食分、1度もそんなことは無い。チラリと横を見遣れば相変わらずに少女は鼻歌を歌いながら先に焼いた目玉焼きの上にベーコンを盛り付ける。


「はい。運んで!」


軽く頷き皿を運ぶ。1kじゃなくてワンルームに住めばよかった。キッチンとの間に仕切りがある為、少女が何をしているのか全てを把握することが出来ない。


考えてるうちに少女は、同時進行で焼いていたトーストを紙皿に盛り付けこちらに持ってきた。


「ねぇ、いい加減皿買い足さない?私ずっと紙皿生活とか嫌なんだけど」


友達も彼女もいない寂しい人間だから、皿などは最低限しか用意していない。そのため足りない分は紙皿で代用していたのだが少女はそれが不服のようだ。


「紙皿でも十分いいだろ。一応僕は君に暴行を加えた挙句に、未成年を自宅に連れ込んでる誘拐犯みたいなもんなんだから、だから、極力外に出たくない」


「そんなこと言い出したらキリないじゃない。心配しなくても、家族も学校も私を探さないし。何よりいつまで仕事休む気なの。」


少女の身の回りにも疑問を感じたが、それより仕事に関してギクリとした。そう僕が少女に暴行を加えたのが金曜日の夜。土日を挟み、月曜は体調不良を理由に休んでいた。そして今日もだ。たしかにいつまでも休むわけにもいかないし、なにより貯金も余りないし、クビになったりでもしたら大変だ。


「どうやったって外に出なきゃ行けないんだから、ね?一緒に出かけようよ。私、市内の新しいデパート行きたいな〜。」


ニコニコとおねだりをしてくる少女。愛らしいと思う。だが、その愛らしさは今状況ではやっぱり不気味だ。


「逆になんで君はそんなにイキイキしてるんだよ。それによく僕と一緒に行きたいと思えるね。

4日前の事の他に僕たちはお互いの名前すら知らないってのに」


すると彼女は一瞬キョトンとした顔をして、その整った顔をふにゃりと崩すと"フアフア"と


「え〜なになに。私の名前知りたいの〜?ねぇねぇ……教えてほしい?」


顔を近づけながらそう言う少女に思わず赤面してしまう。艶やかな黒髪からほんのり香るシャンプーの匂い。じっと、僕の淀んだ瞳を照らす琥珀色の美しい瞳。少し先に目をやると、僕の貸したスウェットから浮かび上がる体のライン。やっぱり、僕はこの子に惹かれていると思わず再認識させられた。


あの日の夜、月明かりをバックに堂々と歩いた少女。あの時は淡々と冷たい氷のような喋り方をしていたが、家に来てからは、普通の女子高生の少しテンションの高い"フアフア"した喋り方。


愛らしく感じた。…存外、僕はギャップというのに弱いらしい。


「ああ、是非、教えてほしい。…あ、先に僕から名乗るべきだよね。田島。田島優也だよ。」


偽名を疑われないよう、財布から免許証を取り出し、彼女に見せる。僕なりの誠意だ。僕の一方的な欲望を向けたことへの罪滅ぼしに。…というのは少し傲慢か。まだ色々思うことはあるけど、何故かこの少女には、出来るだけ正直に僕を見せないといけないとおもった。


「へー!たしかに、なんか優也って感じがするかも。…ユウヤのユウは優しいって漢字なんだね」


再びギクリとさせられた。嫌味だろうか。名前に"優しい"という文字の入った人間に、理不尽に暴行を加えられるなんて皮肉にも程がある。


「私は、大山ミレイ。ミレイはカタカナで書くの」


「……。確かに君にぴったりの名前だね」


偏見かもしれないが、なんとなくミレイという名前の人には綺麗な人が多いイメージがあった。少女にはぴったりな名前だろう。


「自己紹介したんだからこれからは名前で呼んでよね。」


少女は心なしかウキウキしているようにも見えた。しかしとにかくいきなり女子高生を名前呼びってのはハードルが高い。


「お、大山さん…?」


「なんでそっちなの。ここはミレイって呼ぶ場面でしょ?!」


「いや、いきなり名前はちょっと。それにさ、そもそも僕たちって名前で呼び合う必要あるのかな。それこそ僕はもう本当に君に許されないことをしたし、むしろ僕は君に嫌われてないといけないと思うんだよね。勿論嫌われてないって思ってるわけじゃないよ?あ、あとさっきの僕の免許証君が持っててもいいよ。君の目的が何かはわからないけど、もし満足したら警察にこれを突き出せばいいからね。あと僕のことはほんと、オマエとかでいいから。ま、まぁ君に呼ばれるのを期待した訳じゃないし、呼ばれる資格もないのは勿論理解してるからねっ…」


色んな気持ちが一気に飛びて、早口で捲し立てる用にしゃべってしまった。ほんと僕の悪癖の一つだ。気持ちが溢れると早口にまとまりのないことをバーバー喋ってしまう。


嗚呼、気持ち悪い。


「…なんか急にお喋りなったね。その言い方だとまるで私に名前で呼んでほしいって言ってるようなものだと思うのだけれど」


少し控えめで、鈴のような全てを浄化するような笑い声。そしてゆっくりと、口の動きをこちら見せつけるように。

その艶やかな髪を耳にかけながら、扇情的な表情で…





「……優也さん」





ゾクゾクと心臓の辺りから脳にかけて、鳥肌が経つ時のような、寒気がした時のような。似ていてまるで違う、不思議な感覚が抜けていった。


ダメだ。

ダメだ。ダメだ。


やっぱりこの少女は。


一緒にいてはダメな気がした。僕はいつか彼女の虜になってしまいそうだ。今まで生きてきた僕が塗り替えられそうな気がした。顔が熱い。それこそ、熱したフライパンで顔面にフルスイングをかまされたような。


少女に感じていた恐怖心。僕は少女の理解できない行動に対しての恐怖心だと思っていた。しかし違う。違うんだ。僕は少女がどんなおかしな行動をしても恐怖心は抱いていなかった。少女の全部を受け入れたいと思ってしまっていたから。


そう、この恐怖心は僕が殺されることへの恐怖心だ。今まで20数年、愛に興味なく生きてきた僕という人格を少女が、"ミレイ"が塗り替えようとしているのだ。ミレイに惹かれる、愛に執着する僕に。


ミレイは今までの僕を殺そうとしているんだ!


それなのに…、不思議と嫌とは思わない。


"僕は生まれて初めて"、自分を殺そうと思った。

きっとこの選択は間違いなのだろう。

けど、もういい。



…レイ。ミレイ。ミレイ ミレイ ミレイ ミレイ ミレイ ミレイ ミレイ ミレイ ミレイ ミレイぃ

何度も頭の中で名前を呼ぶ。そして、まるで神様に縋る時のような声で。震える喉から声を絞り出した。


「…み、れい」


「ん?なぁに?」


ミレイの目的は依然として分からないけど。

今僕の脳も心臓もめちゃくちゃになっているけど。

不思議と、ミレイがそばにいてくれるなら…。


"僕は生まれて初めて"、死さえ怖くないと思った。


この日、僕は人生で2度目の誕生日と、


命日を迎えた。

読んでいただきありがとうございます。


田島 優也 (タジマ ユウヤ)

大山 ミレイ(オオヤマ ミレイ)


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