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間違いから始める同居生活  作者: 高木 啄木
第1章 間違った選択
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ep1 罪悪感

月明かりが道を照らしている。ボクは眩しい所が嫌いだからずっとこの明るさで良いのにと思う。花の匂いがする。いや、臭いか。ムワッとした重たい臭い。きっと普段であれば、いい匂いだと、四季を感じさせてくれるであろう沈丁花の匂い。しかし、今はそうではない。重たい臭いが、鼻腔に入り込み、そのまま体内を突き抜け、胃まで犯されている気がする。


「ぅう……ごめんない。ごめんなさい。」


今、人が来たらどう思うのだろうか。少し身を乗り出し路地を覗かれてしまうと、この悲劇が、理不尽が、そして私のこれからの人生に大きく爪痕を残す出来事が、白日のもとに晒されるだろう。乱れた衣服。乱雑に投げ出されている鞄。教科書が散らばっている。その横にはリップや櫛、チョコレート菓子も落ちている。いや、これだけじゃない。祈るようにかがみ込んでいるボクの前にいるのだ。ボタンの弾けたブラウス、身体中に痣を作り、鼻血を垂らしながらボクを見下ろしているショウジョが。


月の光を淡く反射させ、艶やかに輝く、腰まで届きそうな黒髪。べっ甲飴を薄めたような琥珀色の瞳。その瞳は淡々とボクを見下ろすだけで何を考えいるのか分からない。目を合わせるのが怖い。ボクはショウジョの足元を見ている。色素が薄く、余計な脂肪のついていない、ハリのあるしなやかな足。であったのに。その足には痛々しい傷がある。僕の仕業だ。

ここまで来れば誰でもそれとなく検討はつくだろう。ああ、そうだ。ボクはこの、偶然出会った少女を路地に連れ込み、暴行を加え、陵辱の限りを尽くした、罪人だ。


軽く憂さを晴らせれば良かった。何となくだった。人が来れば辞めるつもりだった。取り押さえられ、警察に連れられ、相応の刑で断罪される。

そのはずだった。

しかし、誰も来なかったのだ。誰も。

駅の近く、人気のない少ない住宅街。人気がないとはいえ時刻はまだ22時19分。大きな声を出せば一人くらいは何かあったのかと家の中から様子をうかがいにくるはずだ。


来なかったのには理由がある。肝心のこのショウジョが声を出さなかったのである。

声帯に障がいがあったのだろうか。否、暴行を加えてる時僅かであるが、ショウジョは苦しそうな痛々しい声を出していた。では、恐怖で声が出せなかったのか。否、声を出せないほど恐怖を感じていたのなら何故、今ボクを見下ろせているのか。


ショウジョは初めこそ表情で、拒否感を示したが抵抗はしなかった。…ボクはその無抵抗の相手に暴行を加えたわけなんだが…。


一体何を考えているのだろう。だが、ボクにそれを知る必要も権利もない。ボクはただ突如襲ってきた罪悪感から逃れるべくただ謝罪することしか出来ない。

不意に声が。凛とした、透き通る鈴のような声が上から降ってきた。


「ねぇ…。なんで、私なの?」


ワカラナイ。私立校の制服を来ていて裕福そうだったから?有名な名門塾の英単語帳を持って歩いていたから?ただ好みだったから?

ワカラナイ。ただ憂さを晴らせればと。ただ、その為に…。

しかし、それはショウジョの問いの答えにはならない。

なぜこのショウジョだったのか。

何も答えられない。そもそも、憂さを晴らせればというのは、事を起こした後に後付けで言い訳したのだ。


「…け、警察に通報して下さい。罰は受けます。本当にごめんなさい……」


問いの答えになっていない、独りよがりなことを言った。ショウジョは少しムッとした表情をした。そして軽く息を吐き、


「警察には行かない。」


ハッと顔を上げる。一瞬、安堵した自分がとても情けなく感じた。しかし、今は自己嫌悪に浸っている場合ではない。ボクの顔を見たあとショウジョは再び軽く息を吐き、心底軽蔑した表情をしながら、


「お兄さんの家暫くに泊めて。」


わけがわかない。何を言っているんだ。ボク目を限界まで見開き、喉をふるわせた。


「な、なんで…?」


問い返した。全くもって分からない。何が目的なんだ。これを口実にゆするつもりなのか。必死に頭を回す。脳がぐちゃぐちゃする。


「言わない。お兄さんも私の質問に答えなかったし。…お兄さんは今私に対して罪悪感を感じてる。それならこれ以上私に対して酷いことしようと思わない。そうでしょ?」


「…も、もし罪悪感をかんじてないとしたら…?このまま君を家に連れ帰り、口封じの為に君を殺すとしたら…?普通に考えれば、君にとってあまりにリスクが大きいことだと思うけど。けど、自らそのリスク犯すってことは何が思惑でもあるのかな……ははっ……。」


自傷感に浸り、引きつった笑みを浮かべながらショウジョの二度目の問いに答える。

ショウジョは全く想像通りの答えを得たと言わんばかりに、つまらなそうな顔をしながらキッパリと言い切った。


「いいえ。あなたは罪悪感を感じてる。そして後悔も。

けど、あなたが自分から警察に捕まろうとしているのは、自分の中の自分を守るため。そうでしょ?。犯罪は犯したけど、逃げなかった。罪も償う。そうすれば、自分の中には少しの良心が残っていると感じられそうだから。」


図星だと思った。正直、これからの事はあまり考えていなかった。いや考えないようにしていた。しかし、心の奥底に押し込めていたちっぽけな自尊心。それを守るために、無意識の内にボクは自己保身の行動を起こしていたのだ。それが、"誰かよりはマシであること"。その誰かが、他の犯罪者達だっただけ。

なぜショウジョは僕自身ですら言われなくてはピンと来なかった僕の胸の内を見抜けたのか。尚更ショウジョの事が怖くなった。

しかし、そここまで言い当てられると気になってしまう。

罪悪感。恐怖心。…好奇心。

ーーーー。決めた。


「…わかった。ボクの家においでよ。狭いし散れてるからおもてなしは出来ないけど」


「あっそ。それじゃあ早速向かいたいから私の荷物拾ってよ。あなたのせいで散らばったんだし。」


ボクは散らばった彼女の荷物と一緒に、恐怖心、好奇心もカバンに詰めてチャックを閉めた。今のボクには罪悪感だけでいい。


鼻血をハンカチで拭き取り、身だしなみを整えたショウジョにボクの上着を羽織らせ、この路地を後にする。ムワッとした沈丁花の臭いは少しずつ薄れていく。


3年も着ているセールで買った安物の上着も、このショウジョが着ればまるでどこかのブランド品のように感じた。


月明かりに照らされ、傷だらけのショウジョは威風堂々と歩く。その美しさといったら。

ボクはとうとう頭がおかしくなったのか。罪を犯したことで頭のネジが外れたのかもしれない。


しかし、どうしても思わずにはいられない。このショウジョは余りに美しい。ボクはこの"傷女"に惹かれてしまったようだ。



初投稿です。

至らぬ点もございますが、よろしくお願いいたします。

主人公の気持ち悪さを感じて欲しいです。

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