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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
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力と力の狭間



 帰省していた生徒たちが戻ってきた。ミソラたちの寮部屋にノアとスミカが尋ねてきた。


「ただいまミソラ、帰ってきたよ!」

「同じく州中スミカでーす! アイカちゃんってばかわいいスミカちゃんがいなくて寂しかったよね〜」


「くそやかましい奴らが帰ってきたやがった。つーか、まだ休みの日だろうが」

「そうなんだけど、故郷でのんびりするより、こっちのほうが絶対に面白いもん」

「スミカたち東京出身だし、帰ろうと思えばいつでも帰れるからねー。ほら、せっかくの夜だしパジャマパーティーしよっ」


 と、半ば無理やり、中へ入ってくる二人に抵抗するだけ無駄だと悟る。

 彼女たちが持ってきた飲み物や菓子を広げ、ノアとスミカは気ままに話を始めた。


「お盆に仕事入れるのってどう思う? 正直、一回も仕事止められない仕事って仕事じゃないと思うんだ」

「ノア、この世の中の真理を付いてしまっているわね。当時から思っていたわ」

「ちょっとブラックジョークは止してよ。いまは楽しいパーティーの時間だよ」


 ノアとミソラ、互いが胸に抱えるものが一致すると大変面倒なことになる。それを察知したスミカが慌てて止めた。


「はあ、疲れてんなら遊びにくんなっつーの」

「チッチッチッ、アイカちゃんは分かってないね。疲れを癒やす最高の方法は遊び疲れて寝ることなんだよ。あたしもノアも明日は休み! 学校も休み! そして原宿スイーツを制覇することができて──」

「あ、スミカさん。悪いのだけど、私とアイカさん、外出が許されないの」

「なんだと、なぜに不自由が──くぉ。お二人がサスペンスばりの大活躍を果たしているのに、権力が縛っているというのですか」


 ミソラは苦笑いを浮かべ、ノアに言った。

「この子、帰省ラッシュに酔いでもした?」

「逆だね、スミカは実家に戻ったはいいものの、アイドル活動をやめるように言われたみたい。まあ、分からなくもないけどね」

「それで荒れてやがんのか。可愛さの欠片もねえじゃねえか──」


 不意に発言したアイカの言葉に、スミカの猫のように丸まった目が狙いを定めた。

「イヒヒ、アイカちゃーん、いまスミカのこと『可愛い可愛い、スミカちゃん♡』っていいましたよね」

「こいつ、耳どころか脳までおかしくなってやがんのか」


 アイカの罵倒にスミカは物ともせずに、愛らしい猫のようにすり寄ってくる。肩にボブカットのヘアを擦り寄せてくるスミカをみて、ミソラは感慨深くつぶやいた。


「あの子、パーソナルゾーンが広いのかしら」

「あれが演技とかじゃないくて素の姿だから、アイドルやれてるのかも。まあ、面倒なときはとことん面倒くさいから」


 見ていれば分かる。あの誰に対しても壁を作りたがるアイカが、形は違えど壁一枚までに接近を許している。旅するアイドルのメンバーでも辛うじて許しているのが、ユキナだった。

 もしかしたら、彼女のいない寂しさをスミカで味わっているかもしれない。たとえ無意識だとしても。

 夏休みの間でも、寮長はいたのでいい時間にお開きとなった。ノアは眠そうに瞼をこすり、スミカも半目でうつらうつらと首を揺らしていた。


「もう戻るね、おやすみ」

 ノアが去るタイミングで、ミソラは言った。

「ねえ、先導ハルに連絡をとってほしいの。私、彼女と話があるから」

「……ハルに?」


 緊張の瞬間、これで連絡が不可能だった場合は路頭に迷うことになる。だがノアはあっさりと口にした。


「いいよ。明日なら多分出られると思うから連絡先交換しよ」


 と、流れでノアの連絡先を入手することになった。あとで教えるね、と言い残し、パジャマパーティーは終わりを告げた。静寂の中でアイカが切り出した。


「眠そうなタイミングを狙ったのか?」

「判断能力が鈍るときに交渉をするのがコツ。けど、あの様子だと昼間に尋ねても、応えてたかも」

「だが、これで明日話ができるな。今度はアタシも連れていけ」

「いいけど、お話は上手なの?」

「それはお前に全面的に任せる」

 ではミソラの背後に立ち睨みをきかせる役割を、胸の中で任命した。




 翌日、朝からノアが連絡をよこした。ただし忙しいので時間帯が決まっていた。午後二時から三時のあいだに、こちらから連絡をして欲しいとのこと。お盆休み最終日ではあったが、特別課外授業を受けていた生徒や、自主練習で部活に参加してきた生徒など、前日よりは人が増えてきた。ミソラは彼女たちに興味がなく、規定の時間まで情報収集に没頭した。


 ノアとは早朝の食堂で会ったきりで、これから外出してレッスンを受けるらしい。それを聞いて、ミソラたちがサヌールのPV撮影の後からレッスンをしていないことを思い出す。


「……レッスン、やるべきなのかしら」


 これから先、パフォーマンスの力を借りることが増えていくはずだ。ユキナのMVやサヌールのPVでの効果はある程度認められた。不正の証拠を盛り込むことで、大衆監視が成り立つ。日本だけでなら不都合にもみ消す結果に陥るが、旅するアイドルは世界まで渡り歩く力があるのだと、サヌールの一件で証明した。


 アイドル活動は一時の方法から、確実に敵へとどめを刺す手段に成り代わった。だが止め以外に、パフォーマンスが役に立つことはない。

 今の自分達ができることは最大限やってきた。アイカもユキナを助け出すことを諦めていない。


 ユズリハを一刻も早く宮城へ送り届ける。ヒトミはどうするのか聞いていないが、いずれ彼女にふさわしい場所へ送り届ける日がやってくるだろう。

 めぼしい情報がなく、正午を回る頃になって、ミソラのスマホに連絡が入った。見知らぬ番号は無視するに限るが、もしかしてと思い通話表示をタップした。


「……後三時間あるけど」

「ちょうど時間ができたから。ミソラさん、ノアから話があると訊いたけど……要件はユキナさんの件でいい?」

「話が早くて助かる」


 ミソラは寮の部屋を出て、人気の少ない場所へ移動した。廊下の突き当り、埃が微かに積もっている。ここなら聞き耳をたてる輩もいないだろう。


「ユキナさんの件は、ネットでは限界がある。だとしたら、情報を握っている私に連絡が来るよね。手短に、ドイツ現地の情報を教えてあげる」

「気前がいいわね。貴方の言葉を、私が信じるとでも?」

「けどネットより信頼できると思って連絡をしてきたんでしょう。それもどうかと思うけど、まあ、あなた達の大切な仲間だものね」


 ハルの態度は一貫して他人事だ。彼女は自分に降り掛かった出来事さえ、まあいいか、と楽観的に捉える修正がある。ただしその裏には、徹底的な努力と裏付けを欠かさない。誰よりも「強い」自信があるからこそ、リーダーにふさわしいカリスマを持っている。


 あまりにも当時と変わっていないせいで、ミソラも調子が狂う。だがリーダーに従う立場にないいま、ミソラも憮然とした態度でのぞんだ。


「日本でもユキナさんが行方不明とようやく報じられた。けどドイツで「旅するアイドル」に興味を持った誰かが投稿した記事が、日本で広まったっていう巫山戯た発端だったけれど」

「なぜそうなったと思う?」

「……ユキナさんを亡き者にしようとしているフィクサー、金城一経が情報をシャットアウトしたから」

「半分正解で、半分不正解。彼一人が、日本のマスコミ全体に影響力も持っているわけがない。これは断言できるのだけど、君の家族が襲われたこと以上のことはなかなか起きないと見ていいよ。けど、それに近しい状態ではあるはね」

「どういうことよ」

「フィクサーだけが貴方の敵ではない。彼らに連なるのは一流の手練たち。情報に長けたもの、マスメディアに影響力のある者たちの手が、金城に協力しているというわけ。ユキナさんの行方が日本で報じられなかったのは、各方面のプロフェッショナルの協力があってもの。旅するアイドルたちは、金城の持つ全ての人脈を敵に回してしまった。たかが権力者といえど、指先一つで簡単に人を殺せる体勢になっているのよ」


 ユキナは金城たちの襲撃にあった。そうなったのは誰のせいかは、問いたださくてもわかることだ。ミソラは重い吐息をついて、握り拳に力を込めた。やり場のない衝動をぶつけてしまいそうだったからだ。


「……残念だけど、私が知っていることは本当にこれだけ。断言できるのは、まだ死体がでていないこと。それだけは伝えておくわ」


 死体が出ていない。だから無事だと楽観しろというのか。ハルから得た情報は希望的観測を強めるだけの甘言にすぎない。


「あなた達は苛烈な世界に自ら飛び込んで、許容量をオーバーしちゃっただけ。そこの安全は、宗蓮寺グループが保証する。なにもずっとそこにいなくてもいいわ。せめて、また抗うだけの準備をするために利用してくれたらいい」

「……なのに私達はここから出られないのね」

「今はその時じゃない。闇雲に外に出たって敵に襲われるだけよ。──あ、ごめん。そろそろ次の仕事があるから」


 話足りないことはあるのに、どうにも気力がわかない。精神的な疲労がピークを迎えたようだ。ハルから手にした情報は、希望を持てというものだった。


「最後に一つだけ訊いていい?」

「なに」

「どうやって宗蓮寺グループの特別顧問になったの」


 ああ、と前置きしてから、ハルは明快に応えた。

「脅したの、ある秘密をばらされたくなかったら、ここに置けーって」

 それを聞いてミソラは鼻で笑った。なんとも豪胆にして、〈サニー〉らしいやり口だ。影のできた部分ですら太陽の光が照らしてしまうように、先導ハルは別の形でも健在であった。


「あ、そうそう。ノアをよろしくね。あの子、私のワガママに突き合わせて、高校生活まともに満喫できなかったから」

「……気が向いたら、そうする」

「じゃあ、これで」


 通話が終わる。ミソラは肩を脱力させ、近くの壁に寄りかかった。

 脳の前頭部を手で添えて、落ち着かせるように深い息をついた。

 ミソラはおぼつかない足取りで寮の部屋へ戻り、二段ベッドの一段目に横たわった。しばらくアイカの場所を借りて、仮眠を取ろう。寝ているあいだに情報が整理されて、次にやることが見えてくるはずだ。


 明星ノア、先導ハル。かつて、ミソラとともにステージに立ち、大義を成そうとした仲間たちが、運命の悪戯によって邂逅した。いったい、この因果の果てに何が待ち受けているのだろう。


「ユキナ……さん」

 彼女に会いたい。そして彼女が無事で過ごせる世界で、安寧を送ってほしい。だから、どうか生きてほしい。そう願うばかりであった。


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