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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
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誰のせいで


 花園学園学園長室にはかつて共にステージに立った仲間、〈ハッピーハック〉のリーダーが待ち構えていた。松倉がボスと呼ぶ人物が、彼女であることにミソラは驚きを隠せなかった。


「ハッ、てめえこんな若い女に尻引かれてやんのか。こいつは傑作だな」

 アイカが松倉に言った。罰が悪そうな松倉だったが、ハルが口元に手を携え大人びた笑みで答えた。


「彼はよくやってくれていますよ。こうして旅するアイドルたちを無傷の状態で連れ出してきたのですから。市村アイカさん、足のお怪我は無事に治ったようですね。サヌールの事件の後のMV、見事なパフォーマンスでした」


 ハルがほほ笑みを浮かべる。アイカはどうでもよさそうに「そうかよ」と返した。

 ミソラは感情が顔に出てしまわないように無表情を貫いた。しかしハルの瞳が全てを見透かすことを、ミソラは思い知ることになった。


「そう気張らないでください。私はあなた達を匿うためにここへ連れ出しました。本当にただそれだけなのです」

「ふーん、用意がいいわね。あんなピンポイントで私達の居場所を突き止めるなんて、出来すぎにもほどがあると思うけど?」

「あなた達の旅路を逆算すれば、自ずと見えてくるルートですよ。まず長崎港から南下することはないでしょう。あなた達の目的はそれぞれ違うと思いますが、優先されるべきは宗蓮寺グループのフィクサーのあぶり出し。少しでも情報を得るには、目に見えてわかる場所へ向かうはず。つまり宗蓮寺ミソラさんが最後に住んでいた場所へ」


 ハルは見透かすような視線を向けた。アイカが眼光で殺気を放ったが、ハルは物ともしない。どんな人間も平等に扱うのが、彼女の性質だからだ。ハルは続けた。


「長野へ向かうことがなければ、そのまま放っておくつもりでした。ですが、貴方たちはあの場所へ向かってしまった。なので急いで部下まつくらさんを派遣して、こちらへ連れ出すように指示したのです」

「──ユキナさんの情報を餌にしたのは、なぜ?」

「アレは最終手段です。彼女が行方不明となった経緯を、ここへ連れてきた折に話すつもりでした。私たちが唯一把握していることが、原ユキナさんの失踪でしたので」


 こうも言っているように聞こえた。たとえミソラたちが長野の邸宅を偵察に行かなくても、ユキナの情報を餌に花園学園へ向かわせると。そう考えると不可解なことがある。


「ユキナさんのだけじゃないでしょう。長野でのアレも、あなた達が関係しているんじゃないの?」

 ミソラの言葉にハルは眉をひそめた。それから視線を斜め下にそらし、考える素振りを見せた。


「あの場所がなんらかの開発を行っているとは聞き及んでいました。──そもそも五月下旬以降、あの周辺一体が工事用バリケードが貼られていて、中の様子すら分からずじまいだったの」


 丁寧な口調から一転、ミソラに対して旧来の知人のような言葉遣いになったので、ミソラは胸が高鳴った。ミソラも今まで通りの振る舞いで返していく。


「ドローンとか宗蓮寺保有の人工衛星からの映像とかあるでしょう」

「もうやった。けど何らかのジャミングがかかっていて、映像も不明瞭。そんな場所に向かった貴方たちを見過ごせるはずもない。それに、あなた達はわたしの知らないなにかを手にしたのでしょう。何かを訊ねることはしないけれど」

「──もう、察しはついているってわけ」


 ハルは頷いた。

「貴方の自宅を襲った連中の得体のしれなさはよっぽどもの。あなた達を保護したのは、奴らの追跡から匿うためよ。ここならしばらくは安全なはず」

 安全と彼女は言い切った。それに対し、アイカが声を荒げた。

「安全だと? こんなところへいても、アタシたちが危険なことに変わりはねえだろ」

「まあ、普通の学校ですしね。それに、追手が私達を捕捉している可能性もあるのではないでしょうか」

 ユズリハがアイカの意見に同調し、別の疑問点をあげた。追手とはあの蜘蛛足を操っている連中のことだ。奴らがあの兵器を見てしまったミソラたちを野放しにするとは思えない。蜘蛛足は証拠隠滅のために自爆機能を備えていた。蜘蛛足を差し向け、ミソラたちを仕留めるつもりだったはずが、それが失敗してしまった。しかも蜘蛛足の情報を手に、新たな対策を講じることだって出来る。ミソラは毅然とした態度を取り戻し、ハルに告げた。


「残念だけど、ここへ滞在する理由は何一つ存在しないわ。ユキナさんの情報を切り札にしていたのはわかるけど、甘いわ。こっちから迎えに行けばいい話でしょう?」


 情報を探っていくうちにミソラはある確信を抱いていた。記事には誘拐事件となっていない。あくまで行方不明になっているの一点だ。行方が分からなくなっているからといって、誘拐にまで発展したとは考えにくい。ユキナは何らかの考えがあって、自分からいなくなったのだと考えられる。


「命拾いした長野偵察だったけど、こっちだってただで帰ってきたわけじゃない。やりようならいくらでもある。それじゃ、せいぜい大人しくして、フィクサーから余計な反感を買わないようにね」


 ミソラは身を翻して出ていこうとする。敵の襲撃なんて最初から見越してのことだ。だというのに、先導ハルの言葉は常に本質を付いてきた。

「そうやって逃げてばかりで、貴方の目的が叶うの?」

 その言葉に足が止まる。重くのしかかってくるのは、逃げていると指摘を受けたからだ。

「日本は思っていたより狭い。街中のプライベートは監視機構によってさらされた状態にあるの。たとえ監視の手からはなれたとしても、人の目がある。旅するアイドルは常に治安維持組織の──いいえ、大衆によって監視を受けているといっても過言ではない。派手ことをすればするほど、あなた達の旅は終わりに近づいていく。そのことを分かってる?」 


 ミソラは再度振り返った。ハルの眼差しは真面目に訴えかけている。

「あなた達の敵、フィクサーは絶対的な権力者よ。言葉一つで私兵を差し向けて人を一人亡き者にできる。そんな連中なの」

「……先導ハル。あなた、どの立場で物言ってるのよ」

「《《宗蓮寺グループ特別顧問》》の立場から言ってる。私はフィクサーとも接触できる立場を持っている。そのうちの一人はあなた達のおかげで捕まった。フィクサーの一人に刃が届いたいま、『旅するアイドル』を敵視しない理由があると思う?」

 ハルはアイカに視線を送った。それにどんな意図をはらんでいるのか、アイカは理解したようだ。

「やっぱ、お前ら宗蓮寺グループは『フィクサー』とつながってやがんだな」

「グループは仲介役でしかない。実質、フィクサーが宗蓮寺グループの実験を握っているようなもの。宗蓮寺グループの利益のすべてが、誰かの何らかの思惑に利用されてしまっているのは、麗奈さんと志度さんにとっても忸怩たる思いだろうけど」

「なに他人事見てえに言ってやがる」

「他人事も他人ですよ。わたしが特別顧問に就任したのは、五月の終わり頃なので」


 てっきりそれ以前から活動していたと踏んでいた。松倉がボスと呼ぶ存在だ。正体がハルだとは想像に及ばなかったが、現にミソラたちの旅路を遮った人間でもある。


「あの、特別顧問って具体的な業務は?」

 話を振るか迷う態度でユズリハは質問をぶつけた。ハルは自嘲気味な態度で返した。

「それがですね。『特別顧問』となにかありそうな役職だと皆さん思うでしょうけど、具体的な業務はありません。どこで何をするにも自由です。ただ他の社員と違う点は、フィクサーとの接触が可能なことで、過去二回ほど話の場を設けました。これからの宗蓮寺グループの方向性を決めるための話し合いでしたが、顔や声が加工されているので正体までは掴めていません」


 今度はヒトミが顎を撫でながら訊ねていく。

「どうやって特別顧問になったのかしらね。あなた、ミソラちゃんとそう歳が変わらないように思えるのだけど」

「はい。歳は22です」

「想像以上に若いわね。ちょうど新入社員と同じくらいの歳?」

「いえ、年代で言うと、いまの大学四年生に当たります。アメリカの大学で飛び級で卒業して、そのまま宗蓮寺グループへ入社しましたので」

「……相変わらず規格外ね、あなた」


 そうだ。ハッピーハック時代の彼女は、アイドル活動に専念するために高校を休学していた。ハッピーハックが実質解散となり、ハルは復学後に大学へ通ったのだろう。元々、大学へ行けるかも怪しい状況であったが、飛び級での卒業を果たすくらいに研鑽と結果を出している。


 彼女には昔から驚かされてばかりだが、あのときの行動力は今も健在のようだ。ノアと同じく、ハルも別の形で前へ進んでいる。ミソラだけが、どこか知らない場所で足を止めている。


「で、気になる疑問点はあらかた話しよね」

 ハルは再びソファへ腰を下ろした。カップの紅茶を手にしたあとは、いよいよ本題がやってくるのだと身構えた。

 話を聞く限り、彼女が敵に回った印象はついて回らない気がしてきた。先導ハルはあくまで、ミソラたちの旅路を予測した元で、長野の邸宅へ向かったことを見事に当てた。その場所が危険な場所だと認識も得ていた。ここまで間違ったことは言っていない。

 ひとつを除けばだ。


「最後にひとついいかしら」

「なに?」

「ユキナさんが行方不明となっているの、あなた達が関与しているの?」


 この邂逅が意図的なものなら、ユキナの件も同様のものと捉えることができる。ハルはここで初めて間を開けた。常に明快な答えを示す彼女らしくない態度だった。ミソラはハルと対面するようにソファへ座った。


「ドイツのメディアは旅するアイドルの原ユキナと報じていなかった。けど、原ユキナという少女、と名前は出しているし、大使館に彼女の両親がいることは本当のことだって裏付けも取れた。問題はなぜそうなったのかよ。ユキナに災難が降りかかる、または降りかかりそうになったとしか考えられないわ」


 レンズ越しにハルの目が真っ直ぐこちらを見据える。かつてはその目を見て、胸が熱くなった。だがユキナのことを思うと、別種の情動で覆い尽くしていった。それほどまでに、ユキナのこと想っている。

 ようやく、彼女は歩き出せたのだ。死の淵から脱し、己の切なる思いを高らかに歌に込めた。その姿は、ミソラも打ち震えるほどの感動だった。悲劇の子や英雄を滅ぼしたものではなく、原ユキナが芯の強い少女である証明をしてみせたのだ。ただそれだけのことが素敵だと感じたのだ。


「それに対してなにかある?」

 最後通牒。彼女の返答次第で、ミソラたちの今後が決まる。そんな質問を投げかけていた。しかしハルは初めて人間らしい微笑みを浮かべてみせた。

「あなた達気付いてなかったんだ。原ユキナが、どうしてこんなことに陥ってしまったのか。なぜ彼女が逃げなければならなかったのか」


 すると横から「どういうことだ」とアイカの怒声が飛んでくる。無論、声の大きい言葉だけでハルの意思を崩せるわけがなく、一挙一動を違えることはしなかった。冷静より、冷徹。その片鱗は以前よりましているように思えた。


「サヌールの件を暴いてしまったのがまずかった。あそこが日本政府へ上納金を支払っているのは、最近賑わせているニュースだけど、あのお金の一部は最終的にフィクサーへと渡るものだったのよ。海洋巡間都市じたい、あるフィクサーの金のなる木で推し進めていた法案で、成立から三年は彼に連なる者たちで、海から採れる甘い果実を貪ってきた。けど、いざ暴かれるとなると権力者は手のひらを返した。なんと、木を作った本人に責任を押し付けちゃったわけよ」


 ミソラに動揺が走る。フィクサーの一人が、海洋巡間都市サヌールの設立を後押しした黒幕だったことや、上納金の存在がフィクサーに起因するものであったとは。しかもそのフィクサー自体に責任がつきまとっている。そう考えると、自ずと誰がフィクサーであるのか明らかになった。


「ニュースで聞いたことあるでしょ。金城一経きんじょういっけい、彼がフィクサーの一人。いま、地検特捜部が立件に動いているけど、まあ時間の問題よね。……でも即座に逮捕できたら、ユキナさんはいまもドイツで療養を続けていたはずだった」

「……まさか」


 ご明察だとハルが言って、立て続けに言った。

「原ユキナさんの行方が分からなくなったのは、フィクサーの一人である金城一経が何かをしでかしたから。大方、追ってでも差し向けて失敗しちゃったのでしょうね。で、金城が追手を差し向けたのは、旅するアイドルがサヌールの闇を暴いてしまったから。つまりある種の腹いせね。ユキナさんをどうするつもりかはわからないけれど、碌でもない目に合わせるつもりなのは間違いないはず」


 ここまで説明が入ると、自ずと発端であるのか気付いてしまう。

 本当は彼女がドイツで行方が分からなくなったと聞いてから、分かっていたのではないか。それを自ら考えることに蓋をして、誰か悪意のあるものがいるのだと、無意識の責任転嫁が働いてしまった。

 ユキナがこんな目にあったのは、旅するアイドルのせいだ。

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