”独国”からの報せ
誰もが彼を訝しげに見ている。以前出会ったときと風貌は変わっている。黒髪の髪を七三分けにし、よれよれだったスーツはおろしたてのように光沢を放っている。40代後半あたりだと聞いているが、今の松倉は30代後半あたりにみえる。彼を松倉幸喜だと判別できたのは、雰囲気と声音が似ていたからだ。
松倉はカーテンにいるミソラとユズリハに対し、既知の知人のような振る舞いをしてみせた。
「ああよかった。君たちをようやく見つけ出せたよ。もう、ナビがあるのに道に迷うなんてね。だからっておまわりさんの厄介になってはいけないよ。すみませんね、もう大丈夫なんで……」
松倉の言葉に警官が不快気な目線を浮かべる。
「貴方は彼女たちとどういう関係で?」
「あ、マネージャーです。実はこの辺りで映画撮影を行っていましてね。撮影が終わったので帰宅することになったのですが、ロケバスが一台パンクしちゃいましてね。定員オーバーとなってのでレンタカーで彼女たちを載せていたんですが。……途中ではぐれたと報告がきまして、それで急いで駆けつけてきたのですが」
松倉の説明がその場しのぎに等しい言い分だった。警官たちの疑いの目は強まる。松倉が伺うような口調で続ける。
「あの、迷子の捜索で警察がきたのですよね。なんだか穏やかな様子ではないようなきがするのですが」
警官たちが見合わせてから、カーテンを開こうとした警官が前に出て話をした。
「彼女たちは『旅するアイドル』だと承知ですか」
「え、はい。だってそういうグループですよね」
松倉は芸能人としての「旅するアイドル」を示して言った。警官との認識齟齬がさらなる状況説明を生み出す。
「いま、彼女たちには銃刀法違反の疑いがかけられています。この辺り一帯から、銃声と爆発音が聞こえたと住人から通報がありました」
「それで彼女たちに疑いですか。銃声がなった時間は今日の9時から14時ぐらいのあいだのことでしょうか?」
「え、ええ。たしかにその時間帯ですが」
「それならば彼女たちのアリバイは成立していますね。その時間は映画の撮影を行っていましたから」
松倉のはなった言葉に警官たちはたしろいだ。こればかりはミソラも驚きを浮かべないように努めるしかなかった。だが彼の説明だけでアリバイは成立しない。警官たちは「それを証明するものはありますか」と訊ねた。松倉はもちろん、と頷き、スマホを取り出した。操作のあとに警官たちに映像を見せた。
「これで証明できますかね。私個人で彼女たちのプラベートを撮影していたのですが──」
ミソラたちはその映像をみて背筋を凍らせた。その場面は、サヌールのPVで使ったスタジオでの一幕だった。PVの衣装は着ていないので、つい先程撮ったような空気感を演出できている。しかし警官たちがそれで納得するはずもない。横からある一言がなければ。
「もうっ、勝手に撮らないでって言ったじゃない。それ、いつ使うつもりですか」
「そうだな。お前達が売れに売れたときの思い出映像で使うつもりだよ」
「そう? ならいいんだけど……って、待って。他にも映像あるってことよね」
「ま、まあそういうな。これもプロモーション活動の一環だと思ってさ」
「私はいいんだけど、ちゃんとみんなに説明しなさいよ」
松倉の妄言を補強したのは、傍観していたヒトミだった。照れた様子になってスマホの映像に対する所感を口にした。そして二人の間でかわされる会話の空気感が自然だった。冷静な人間がいたのなら、売れに売れたの部分で引っかかることだろう。だが旅するアイドルの活動時期が数ヶ月程度だったことで、芸能人としては未熟であると印象を付けることになった。
警官たちは映像が写った日時を見せてほしいと頼んできた。日付は今日の10時34分と示していたようだ。これには警官たちも難色を示していた。松倉は彼らをねぎらうような穏やかな口調で言った。
「まあ世間じゃあんなふうに言われてますけどね。コイツら、基本的にアイドルやってるんですよ。事務所にはひっきりなしに苦情かかってますけど、こいつらが銃火器ぶっ放すところなんて、日本にいてありえます?」
世間一般論を展開し、警官たちの倫理を問いただしている。ここに現れた警官たちは大きな手柄を偶然見つけたのだろう。取調室へ連れて行く、あるいは確保することで出世街道へ近づけると。しかし本音ではどうだろうか。出世に近づけば、やってくるのは責任と命の危機だ。果たしてこの男たちに、それだけの度量はあるのだろうか。
「捜査には最大限の協力を惜しまないつもりです。なので、また気になるところがあったらいつでも連絡をください」
そう言って、松倉は名刺を警官に差し出した。受け取った警官は名刺を眺めて、ここへ来て初めて驚愕していた。
「ハルノアールって、明星ノアの所属事務所じゃないですかっ」
「……明星ノアって、あの元〈ハッピーハック〉のか」
思わぬ名前が飛び出してきた。なんと松倉の名刺にはノアが所属している事務所だと明記しているようだ。また警官たちがノアを知っているどころか、所属事務所まで知識がある。どちらかが、彼女のファンなのかもしれないと、ミソラは窮地なのに別の思考に追いやられていた。そしてなぜだが警官たちの態度があからさまに変わっていた。
「あ、あの、後ほどご連絡をいただくかもしれません。その、本日はとんだご迷惑をおかけしました」
尊大さから一転、権力に媚びへつらうような警官の変わりように、ミソラは口を呆けてしまった。アイカも「なんだそれ」と戸惑いを口にしている。「失礼しました」と警官たちは何事もなかったかのように車を降りていった。すぐにパトカーが発進したようで、旅の危機は一人の男の機転で難なく終えた。それを確認した後、松倉は演説をし終わった開放感を吐き出していった。髪の毛を手ぐしで乱し、きっちりしたスーツをほどいていく。するとミソラたちのよく知る、松倉幸喜ができあがっていた。
「ふぅ。やっと終わったか。なんで警察追い払うのに俺が出なきゃなんねえんだよ」
気怠げな口調で愚痴を吐く。松倉はそのまま空いているソファの一角に腰を下ろした。誰もが彼に異様な視線を送っているなか、松倉は車内の様子に気付いたようでとぼけた様子で語った。
「おい、いつならなったら出発するんだ。このまま俺を追い出すのに時間を使うつもりか」
ベッドにこもる必要がなくなったので、ミソラとアイカはカーテンを半分だけ開けて降りた。松倉は二人を見て喜ぶような口笛を吹いた。
「よう久しぶりだなお二方。あんとき拷問されて以来だ」
「拷問?」
ミソラは首を傾げた。アイカが代わりに答えていく。
「事実捻じ曲げるな。裸一つでパーキングエリアに放り出して以来だろ。それより、なんでてめえがこんなところにいんだよ。……いや、理由は一つか」
アイカは激情を込めた目で体制を低く取った。それが何を意味するのかミソラは察知し、彼に向かっていくアイカを全身で受け止めた。
「おい、もういいだろっ。こいつが、こいつらが諸悪の根源だろうが! アタシたちに襲いかかった連中の一味だぞ!」
「待って。まず情報を引き出さないと。それにこの人が身一つでやってくるとは思えない。……彼の乗ってきた車に刺客がいるかも」
すると腕の中での力が収まっていく。アイカはその可能性を思い浮かべたようで冷静になった。しかしここで松倉が抗議した。
「別に俺をどうこうするのは良いんだが、いつまでもここにいちゃ、警察の応援が来るかもな」
「応援?」
ミソラが眉をひそめると、松倉は「あたりまえだろ」と前置きして続きを語る。
「そもそも、あの二人がお前たちをここで足止めする役割だったんだろ。あちらは意識していないようだが、あと十分もすれば多数の警察車両に追い立てられるかもな」
松倉の指示はようやくすれば、早く出発しろということだ。それは理解したが、松倉が堂々とここに居座る理由がわからない。
そこでヒトミが口を開いた。
「よくは知らないのだけど、一応この人が私達の恩人じゃない? 乗せていくだけならいいんじゃない。害意はなさそうだし」
アイカが敵意をにじませて反論した。
「敵意どころか悪意しかねえよこいつには。……ま、また囮として使えばいい話だ。どうせ拳銃持ってるんだろ」
たしかその拳銃には不正防止のためにGPSが搭載されていると聞く。なら数ヶ月前のように、追跡を混乱させる手段に講じることができるだろう。
「あ? 俺持ってねえぞ拳銃なんて。つーか、前と役職変わってな。比較的穏やかな仕事をさせてもらってんだ」
松倉は身一つだとアピールするように両手をあげた。続けてこうも言った。
「ここへ来るように指示した人がいてな。しかも今朝方だ」
「それってフィクサー、でいいの?」
「だからフィクサーの手足にはもうなってねえよ。今は別の人の付き人、みたいなもんだ」
「……その人は、なんで私達の居場所がわかったのよ」
「さあな、未来でも見えてんじゃねえのか」
松倉の言葉に隠し事は見られない。彼は本当に一時間前の命がけの出来事に関与していないようだ。それから「ま、それはそれとしてだ」と前置きしてから、松倉は運転席に声をかけた。
「そろそろ出発しろよ。俺も自分の仕事を果たしたいんでな」
「仕事?」
「俺のボスが旅するアイドルを案内したがっている。そのために俺が遣わされたってわけだ」
車内に張り詰めた緊張感が襲ってくる。松倉はその反応を物ともせず、自分の手札のカードを切っていった。
「疑うのは良いが、まずは長野を脱出しようぜ。話は車内でゆっくりだ。それに、お前らが気になる情報も俺は持っているんでな。この車を走らせる燃料をくれてやる」
身一つでもこちらが優勢である、松倉は不気味な雰囲気を醸し出ししていた。彼の登場から、あまりにもできすぎていると考えてしまう。襲撃に合わせての招待、これを疑わずにしてなんとする。
松倉は再びスマホを取り出し、それを机の上に置いた。顎で示して、見ろと訴えかけている。ミソラは一番に彼のスマホの中身を覗いた。日本語ではなく、外国の言葉で綴られたネット記事のようだ。
「……これ、ドイツ語よね」
「読めるか。ちょっと翻訳をかけてやる。ちなみにニュースの日にちは今朝だ」
翻訳機能を使用し、数秒のラグの後に文字が日本語に切り替わった。ただし、翻訳特有のメチャクチャな文法であったが、見出しの記事の文字は単調な日本語でこう書かれていた。
”悲劇の少女、原ユキナが今夜未明ドイツで行方不明に”




