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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
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敗走


 数十分後、川辺にラムたちが乗るキャブコンが到着した。この車が来てどれだけ安心したか。側で止まった先から、三人がそれぞれ反応を示した。

「あぁ、〈P〉……」

 ラムは倒れている〈P〉に駆け寄った。やはりというべきか、ラムの優先順位は〈P〉だった。ミソラたちには一切目もくれていない。代わりにヒトミとユズリハがミソラたちを見て戦慄の表情を浮かべていた。

「ボロボロにぐしょ濡れ。……〈P〉さんの様子からただ事ではないと思っていたけど、これは」

「ふたりとも、ミソラさんの家に向かわれたのですよね。どうしてこんな川辺に──」

「見りゃわかるだろ。……そうしねえと死んでた」

 アイカがきっぱりと言い切る。その言葉に唖然とする二人だった。

「とりあえず中へ入って着替えてください」

 ヒトミはミソラを、ユズリハはアイカを支えてキャブコンの生活スペースへ入った。タオルを受け取り、髪の毛を拭いていく。ユズリハがお湯を沸かしはじめ、ヒトミは〈P〉の方へ赴いた。二人がかりで〈P〉を生活スペースへ運んでいく。今回、一番ダメージを追ったのは〈P〉だ。ミソラを銃弾から庇い、爆発に巻き込まれた。その際、銃弾は効かないと豪語していたが、それは思い違いだった。

「ぁ……そんな」

 背中は銃弾による衝撃で多数の凹みができていた。鋼鉄の鎧であったはずが、あれだけの攻撃にさらされて何も変化がないわけがなかったのだ。さらに爆発に巻き込まれ、想像もしえない衝撃が加わり、背中の半分が大きく歪んでいた。

 〈P〉は背中を見せようとしなかった。背負っていたときや、ラムたちを待っているときでさえもだ。理由は背中の歪みを見られたくなかったからだろう。

「ベッドへ寝かせます。急いで治療の手配をしますから」

『それは私の役目だ。しばらく寝込んでいるが、別に死んだわけではないから安心してくれ。少々、体の機能が落ちているだけだ』

「でも、それでも……」

『安全運転で頼む。私が君に頼めるのはそれだけだ』

 ラムの表情が悔しげに歪んだのをミソラはみた。彼女があんなに取り乱すのは初めてだ。〈P〉を寝かせたあと、遮光カーテンをかけた。それからアイカがポツリと呟いた。

「なんでこいつ、生きてられんだ」

「……どういう意味ですか、アイカさん」

「どうもこうも、アイツ普通じゃねえってことだよ。たとえ鎧着てたとしてもだ、普通に喋ってるのがおかしい。骨は折れて、内蔵も衝撃でおかしくなっててもおかしくねえ。相当の苦しみが伴う。だが、心臓や肺に近い箇所に銃弾を浴びても、あいつは平然としてやがった」

 アイカは疑念の目をラムに向けて言った。

「アイツ、そもそも人間なのか」

 ラムの眉尻が深くなる。ミソラも薄々、そんな予感を得ていた。邸宅が燃えた際にミソラを救出したとき、〈P〉は二階にあるミソラの部屋へ窓から侵入した。しかも窓を突き破り、そのままミソラを抱えてだ。普通に考えて人間業じゃない。今までの行動を振り返ってみると、ライブの手配や厚労省のシステムサーバーへハッキングを敢行し、サヌールではドローンを何十体も飛ばして日本のネットワークを無理やり書き換えていった。そのドローン操作は〈P〉が担っていたと聞く。人が操作できる数はせいぜい二つぐらいだろう。特筆すべきなのは、操作の際にコントローラーを使わなかったことだ。最近のドローンは身振り手振りで操作できるものもあるが、〈P〉がドローンに対して行ったことは何もない。まるで願ったら、そのようにかなったような手軽さだ。

 仮面を覆っている理由も自ずと説明できる。〈P〉は人間ではないからと。

「アンタ知ってんだろ。〈P〉がどんな存在かをさ」

「……知ってるから、何だって言うんですか」

 ラムは俯き、台所の方で覆いかぶさるように寄りかかった。蛇口をひねり、少量の水がシンクに流れ出した。それと合わせて、ラムが声を振るわえせながら語る。

「たしかにこの人は普通の人より違うところがあります。彼が何者であろうとも、体を傷つけられたら痛いんです。傷ついた体は勝手に治らないんです。──まさか、この人が絶対に死なないとでも思っているんですか」

 その言葉にアイカが急所を突かれたように立ち尽くす。ミソラたちはラムがこぼす嘆きを受け止めていく。

「必要とするのは良いです。けど、だからといって、この人を宛にしすぎるのだけはよく考えてください。……何もできない、私からのせめてものお願いです」

 そう言って、ラムはメガネを取ってから蛇口に水を両手ですくい顔に浴びた。腕の袖で顔を拭ってから、急ぎ足で運転席へと戻っていった。

 アイカはカーテンの方へ見てから、鋭い吐息をこぼしていた。奥歯を食いしばっているように体に力をこめ、やり場のない情動をどう発散させるかを迷っている。彼女が抱いている感情を、ミソラも同じようにおぼえていた。

「……それで。なにかめぼしい情報は手に入った?」

 ヒトミが恐る恐る訊ねてくるが、それが悪手だと気付いたのは後の祭り。アイカは首を横に降るだけだったので、ミソラが代わりに答えた。

「もうあそこは、私の知っている場所じゃない」

 自嘲気味につぶやいてしまうのは、死の恐怖を未だに引きずっているからだ。あれは戦う前からの敗北だ。自ら戦地に飛び込んで、無様に死に絶えたような気分にさせられる。

 収穫は何もなかった。あったとするなら、あの場所へ行くのは辞めたほうがいい。そんな認識を植え付けられてしまった。


  キャンピングカーが再び発ってから数十分が経過するも、景色は変る気配を見せない。せめて県道や国道に出れば気が紛れると思う。車内の空気はピリ付いており、各々がしか目面で待機していた。ヒトミが気を利かせて話を振ってくるが、相槌しか話す気力がわかない。結局、ヒトミも観念してユズリハの膝を枕にして横になった。ユズリハが時折視線を送るものの、それ以上踏み込むことはしなかった。

 いまはひとりで落ち着く時間が欲しい。一刻も早く、長野から遠ざかりたい。だが、そこからどうするのだ。

 敵がいることは分かった。だがそんなことは元から分かっていることで、あんな兵器が生み出す連中が、ミソラの当面の敵だったことは想像から離れていた。銃の一つや二つ、半グレやヤクザ、あるいは権力を振りかざす者が立ちふさがるのは、いままでもあったし想定もできた。敵が見えれば、自ずと対策もとれる。

 あの蜘蛛足、ひいてはそれを操る連中への対抗策は思いつかない。あの場所を攻略できるのは、それこそ軍隊や特殊部隊の類でないと不可能だ。アイカはその一体を倒したらしい。そのことを訊ねようと思った。

「アイカさん。蜘蛛足と出くわしたのよね。途中ではぐれたあと、あれをどうやって倒したの?」

 「蜘蛛足?」とヒトミが怪訝な声を発したが、アイカはそれを無視して答えた。

「なんてことねえよ。木に登って上から叩きつけた。アレな、上空にはカメラなかったらしい。後で気付いたんだけどよ」

 「何の話をしてるよ」とヒトミが会話に混ざりたがっているのを放っておき、ミソラは続けて訊ねた。

「よく爆発に気づけたわね。あれにそういう音がしてたの?」

「……いや。お前達が気付かせたんだ。爆発の音が聞こえて、もしかしたらって思ってよ。自立兵器と考えたら、当然の機能だよな」

「残骸の一つでも持って帰ってたら良かったんだけど、さすがにそんな余裕は……」

「だな」

 二人がノスタルジックに浸っているさまを、ヒトミが愛らしく憤慨してみせた。

「もうっ、やっと話したと思ったら二人きりの世界になっちゃって。爆発とか、蜘蛛足とか、穏やかな会話じゃないけれども」

「ヒトミさん、やめておきましょうよ。なんか、聞いてるだけで怖いっていうか」

 ユズリハにより、ヒトミは渋々といった様子で口を閉じた。再びの静寂で、ミソラは自分の感覚が尖っている感覚に苛まれていることに気付く。落ち着きを取り戻そうと深呼吸を繰り返すも、その深呼吸すら急いでしまう有様だった。落ち着けと、自分に訴えようとしても、逆に逸ってしまうのだ。

 そんな姿を誰にも見られたくなかったので、ミソラはテーブルに伏して顔を見せないようにした。目をつぶり、呼吸が落ち着くのを待つ。蜘蛛足の姿、銃弾の音、そして川に飛び込んだ際に思い出した『過去の痛み』が、脳内を埋め尽くさんとする。

 なるべく楽しい記憶を思い出そうとしたが、平穏な日々はミソラに降り掛かった出来事によって失われたものだった。願ったものは奪われていった。ならば、あの時交わした約束すら、同様の運命をたどるのだろうか。

「……ユキナさん」

 彼女がここにいてくれたら何か違ったのだろうか。ミソラやアイカを励ますだけだと思うが、寄り添ってくれるだけで平穏に近しい状態へと戻っていたのではと、勝手な期待を抱く。だが彼女を連れていくわけにはいかなくなった。今回の件でより一層強まったのだから。

 目を閉じいるのもつかの間。遠いところからサイレンの音が聞こえてきた。ミソラは微かに顔を上げると、他のものも同様の反応を示した。救急車や消防車のサイレンではない。音は早めに近づいていき、無線を介した胴間声が響いた。

『そこのキャブコン止まりなさい。そこのキャブコン、道路の端によって座りなさい』

 一瞬で車内が緊張状態に陥った。ミソラは窓の外を見て眉を潜めた。国道や県道ではなく、名前もついていないような道路で、警察の介入があるとは思いもしなかった。

「どうするの、止まっちゃう?」

「……仕方有りませんね。ヒトミさんとユズリハさんはその場に残って、アイカさんとミソラさんはベッドのほうで隠れてください。貴方たちの顔を知られている可能性も含めてです」

 ラムの言葉にはある含みが持たされていた。ここに宗蓮寺ミソラと市村アイカがいれば、すぐに旅するアイドルだとわかる。任意同行を迫られば面倒な事態に発展し、今後の旅に影響するかもしれない。

「わかったよ。いくぞ」

「……ええ」

 ミソラはカーテンを開けて〈P〉の眠るのとは別のベッドで二人であがる。ふいに〈P〉がつぶやいた。

『ピンチかね』

「まあな。この場所でこのタイミングだしな」

「……わざわざ権力を見せつけるなんてね。よっぽど私達が生き残ったことが意外だったのかしら」

 冗談じゃない。生き残ったのは幸運以外の何物でもない。偵察メンバーが違ったらまた別の結果を生んだことだろう。

 車が止まり、ラムが運転席へ降りていく。音だけしか判別できないがミソラは何事もないように時を待った。しかし数分もしないうちに、複数の足音が車内に入りこんできた。

「ちょっと、勝手に上がらないでください!」

 ラムの憤った声に、胴間声があしらうような口調で返す。

「いやぁ、言ったでしょう。本部からこの車両を見つけ次第、被疑者を捕らえろとね。……宗蓮寺ミソラ、市村アイカはどこにいるだろう?」

「だからそんな人はここにいません。こんな勝手なことをして、許されるとでも思っているのですか!」

 普段とはまるで別人のようなラムの口調は、一般人を装って悲劇の被害者を演じているのだろう。自分はまるで関係ないと口に出せば、いつか諦めてくれる。しかし今回の警察官は一筋縄では行かなかった。

「いやいや、それは流石に無理がありますって。ここに旅するアイドルのメンバー二人がいるじゃないですか」

 警官の半笑いで指摘したことに心臓がすくみあがる。公開して間もないのに、ヒトミとユズリハのことを知っていた。ミスをしてしまった。二人をこの場所へ連れて行くべきだった。



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