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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
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新たな脅威

 数時間かけてようやく一つの山を超えたあたりで、〈P〉はミソラに言った。


『ミソラくん、当時の出来事を思い出すようで恐縮なのだが──』

「変な気遣いは無用よ。このあたりの景色は見たことない。あと一山越えた辺りで、水たまりがあるかもしれない。そこまで進んでからよ」


 マップアプリでは現在位置がずれていることがある。自分たちの居所が明らかでない以上、紙の地図とコンパスで慎重に進んでいた。目視と地図のズレは数十メートルほどで、大きく迷うことにはならなかった。


 ミソラの邸宅は1000M程度の高さに建っている。標高が高くなればなるほど、地上との温度差も顕著になってきた。間違いなく標高1000mは登っている。偵察では高い場所へと登り、邸宅周辺を見下ろす計画だ。

 〈P〉とアイカは疲れ知らずで、キビキビとした歩調で傾斜を登っている。ミソラは足が重くなっていくが、日々の走り込みでなんとか付いてこれていた。途中で獣に出くわすのを危惧したが、リスや小鳥が横切るくらいで心配はなかった。そうして名前も知らない山の頂上付近へ到着し、〈P〉が指示を繰り出した。


『アイカくん、まずは周辺の景色を撮影して欲しい』

 アイカはリュックを下ろし、中から全長30センチほどの小型ドローンを取り出した。

『ではここから遠方偵察だ。アイカくん、スマホでカメラの共有を。ミソラくんは、見覚えのある場所を見つけたらチェックしてほしい』

「わかったわ」


 今回の偵察はドローンを使ったものとなった。現在、世界のあらゆるところでドローンは使われているのは当然ながら、その機能も向上している。ライブパフォーマンスに見劣りしないカメラの画質、AIで自動で動くようにも設定できることから、新たな文化をここ最近で形成してきた。

 反面、犯罪利用にも利用できることが多く、ドローンを使うにも免許が必須となっていた。今までドローンを使用してきたのは〈P〉だけだ。果たして免許を持っているのか。しかしどうでもいいとも思う。大事なのは、〈P〉がドローンを最大限に有効活用できる力を持っていることだ。


 地面に置いたドローンは、とつぜん一人でに起動しだした。プロペラの音が激しくなるのもほんの一瞬だけで、回転数が上がっていくにつれて音は静かになっていく。静音モデルというものだろう。四つのプロペラを搭載した四足デザイン。カメラも四方に付いているらしい。


 上昇を果たすドローンは、この場の誰もがコントローラーで動かしていなかった。ただ一人だけ、〈P〉がドローンを凝視していることから、何かしらの技術で操作をしていると思われた。ミソラは声をかけてみた。


「あれ、ドローンじゃなくて生き物だったりしない?」

『機械生命体とでもいいたいのかね。未だにSFの領域だな』

「だって枝とかきれいに避けるじゃない。普通にコントローラーやってもあれほどうまくやれないわよ」

「どうせ〈P〉がなんかやってるんだろ。とんでもには慣れちまったよ」


 ドローンの動きはアイカも舌を巻くほどのものらしい。恐らく世に出ていない技術だろう。ドローンが離れていくにつれて、アイカはスマホに目を落とす。ミソラも隣から眺めた。


 普段は見ることのない高い箇所の枝葉が上から下に通り過ぎていく。そうして木々から逃れた後に写ったのは、眼を見張るほどの大自然だった。

 山脈が連なっている。とても島国にある景色とは思えず、一瞬別世界に入り込んだ気分に陥った。そんな感傷を一瞬で説き伏せて、ミソラは役割を遂行するべく景色を眺める。目的のものはすぐに見つかった。


「あった、水たまり」


 上からだとなおわかりやすい。山の間に挟まれるようにして、カメラの視界にロケーションが見つかった。場所の名称はない。姉たちとつけた名前は『水たまり』だ。深さは1メートルもないが、幅が半径300メートルもあることからちょっとした湖のような様相と化しているのを、散策好きの兄が見つけた。夏場にはちょっとした湖畔ツアーを楽しめると、宗蓮寺家もっぱらの評判だった。


「この辺りはまだ改造されていないようね。……私の家は東方向の山を一つ越えた辺りにあるわ。そこまで電波届く?」

『移動の必要があるだろう。すぐにそこへ向かうとしよう』


 ドローンを下ろし、三人は水たまりを目印に別の山へと進んだ。その間、定期連絡は数度行った。時刻は12時を回った。

 ふと水たまりに目をやる。あそこで姉と兄とで過ごした他愛のない一日が蘇ってくる。数ヶ月前、もしあんな悲劇が起こらなかったら今でもあそこで過ごしていたかもしれない。夏の残照が水を照らし、パラソルの下で時間を忘れてぼーっと景色を眺めているだけだが、ただそれだけで幸福だった。

 姉と兄と暮らす日々以外に何もいらない。


「そんなに気になるのか」

 先程から視線をそらしているミソラを注意するつもりで言ったのだろう。ミソラは夢から覚めたようにつぶやく。

「あそこに、いまも姉さんと兄さんがいるような気がするのよ。私達以外にあそこを知る人はいないと思うと少しさみしくてね」

「ただの水たまりだからな。魚がいりゃ、釣りぐらいは楽しめただろうが、水たまりだからな」


 これが現実だ。普通の感性を持つ人は、広大な海や湖を好むことだろう。ただ姉たちが喜んでいたのと、特別なものを一緒に見つけた思い出が、あの水たまりに価値をもたらしただけだ。


「ま、意外とああいう穴場は、どこにでもあるもんなんだな」

 アイカがぽつぽつと語った。

「まだアンタがいなかったときだ。ユキナと買い出しの最中にな、ツバメの巣を見つけたんだ。ビルの裏手の路地にずらっと並んでるやつな」

 ミソラは驚きに目を見張った。彼女の語ったこともそうだが、アイカから切り出したこともだ。

「アイツはしばらくその巣を眺めてな。何が面白いのか、アタシには分からなかったよ。ただ、大切にされてる場所なんだなってアイツが言ってたんだ。……それだけは分かっちまって、しばらく一緒に眺めていた」


 ミソラはアイカの顔をみた。大切にしている場所、アイカがそこに共感を覚えたのは何ら不思議なことではない。誰にだって、大切に思う光景はあるのだ。

「故郷の話でもしてみたら?」

「するかよ。……てか、勝手に思考を読むな」


 アイカの軽い肘付きが腕に当たる。こうしてみると、少女の一幕を覗かせる。

 思わず彼女をからかいたくなる衝動が沸く。アイカはもしかしたら、日本という土地の中での故郷を探しているのかもしれない。海外で活動していたアイカが、突如日本へやってきて、〈P〉たちに加わった経緯は結局聞けずじまいだ。

 だが別に知らなくてもいいのだ。アイカが今の旅を少しでも感じてくるものがあるなら。


 一行は、続々と未知なき未知から、既知の未知へと突入していた。方角を適宜確かめてから、〈P〉がドローンを飛ばした。


『北北西、標高1000メートル辺りに君の自宅があるのだったな』

 ミソラはやはり、と訝しむ口調で言った。

「貴方もよく知っている場所でしょ? 一度来てたじゃない」

『あのときとはルートが違う。正道から入っていっただけさ。そのときには、欲しい情報は炎に飲み込まれていたが』

「……そうだったのね」


 つまり〈P〉が狙っているものの候補は、宗蓮寺邸を訊ねた客、宗蓮寺麗奈、宗蓮寺志度、アイカの古巣、ザルヴァートに触発されたテロリストもどき、そして宗蓮寺ミソラ、またはそれに類する物品や情報──絞り込むには、〈P〉が仮面をかぶった経緯などを照らし合わせる必要が出てきてくるだろう。


「いま、貴方も情報を欲してるのね。だから一緒に行動をともにしたんだ」

『察しがよくて何よりだ。それで、私が欲しているものは分かったかね』

「全然。貴方はそもそも教えるつもりがないって気づいたもの。けど、これだけは言っておく」

 ミソラは淡々と言い放つ。


「もし、私に不利益を被ることになるなら、そのときは貴方の敵になるわ」

『──肝に銘じておくとしよう。君と私、お互いの目的が合致し合うその時までは』


 目的が一つでないなら、崩壊の危機は当然と訪れる。これはミソラと〈P〉に限った問題ではなく、ヒトミやユズリハにも起こり得ることだ。旅するアイドルはいつまでも旅をする集団ではない。目的が達成した人間は、必然的に降りることだろう。

 ミソラは空を仰いで話を打ち切った。ちょうどドローンが高く舞い上がったところだった。しかしスマホでドローンが映しているカメラの視界を眺めていたアイカが「あ」と声をもらす。


「カメラ映らなくなったぞ。ほら」

 二人にカメラを見せつける。ミソラは画面に「Error」と表示の出ている画面を見て訝しんだ。


「ドローン下ろしましょう。アイカ、アプリを再起動させてもう一度やってみて」

「もう何回もやってんだよ。けどずっと映らねえんだ……ん、なんだこれ」

 アイカがスマホを見て首を傾げた。ミソラも画面を覗こうとしたところで、〈P〉が珍しく声を漏らした。


『……途絶えた』

「途絶えたって、なにが──」


 その瞬間のことだった。三人からそう離れていない位置に何かが落下してきた。物体は数度跳弾し、木の幹にぶつかった。突然のことにミソラは驚いてしまったものの、アイカと〈P〉は警戒態勢をとった。


 ミソラは二人の背後から落下物をみた。先程、飛ばしていたはずのドローンだった。落下の衝撃で破損している。なぜ落下したのだろうか。〈P〉が操作を誤ったとも思えない。そこで〈P〉がつぶやいた一言が引っかかった。途絶えたとは、このドローンの操作に関してだったのか、それとも──。


『撤退だ』

 〈P〉が言った。

『いましがた全ての電波が遮断された。この周辺にそのような仕掛けが施されている』


 その言葉にアイカが反応した。

「サヌールのときのやつか。……じゃあいるんだな、誰かが。いや、何かが」


 アイカが神経を尖らせたような雰囲気をアイカを纏う。二人は物音を一切たてずに周囲を眺めた。ミソラはただ呆然と立ち尽くすばかりだったが、自然が生み出す音の中に微かな異音を聴覚が捉えた。


 ドローンの駆動音より大きい。それはなにかこちらに迫っているような単一の音だ。音の方向を捉えて視線を向ける。二人も異様な音に気づいたようだ。

 誰も言葉をかわさなかった。音の正体を知るため、誘い出すために立ち尽くしていた。


 三人は正体を目撃した。

 四足の細い足をし、人間の下半身程度の高さしかなく、そして全身を水色にコーティングされた『機械』と呼ぶしかない物だった。

 まるで蜘蛛だ。四足が滑るように木々のあいだを滑っていく。距離は20メートルほどだ。蜘蛛の頭が回転する。こちらに視線を向けているような気がした。機械の頭みたいな箇所に取り付けている細長い筒が、狙い定めている。背筋から汗が止まらない。胸の鼓動がかつてないほどに脈動している。そのまま心臓が破裂してしまいそうだ。


 ミソラは横からの衝撃で地面に倒れた。何かが同時に横たわった。アイカがミソラを抱えて押し倒したようだ。その後に、この場では決してありえないものが辺りに響き渡った。

 一瞬で物体を破壊するかのような空気の切り裂きが撒き散らされた。この音を、一週間ぶりに訊くことになった。だが、いつ、どこから。


「──ッ!?」


 先程の機械からしかありえない。アイカが押し倒さなかったら、その銃撃の餌食になっていたことだろう。背中の上を銃弾が通り過ぎていくのを感じる。ミソラの思考は一瞬で空白で埋め尽くされ、体を動かす本能的な部分さえ奪われてしまった。

 そうなった理由は必然、意味がわからなかったからだ。人間が銃を持っているなら、危険だと本能が察知し恐怖が生まれるか、あるいは対策をとるかの『行為』が湧き出る。しかし銃弾を放ったものは『物』であり、全く想像の及ばなかった箇所からの襲撃だった。それは意味することはつまり──。ミソラはそこまでの考えに至っていからこそ、思考を放棄するに値してしまった。


 銃声が途切れる数秒が長い時をかけていたように感じた。音が途切れたタイミングで、アイカが腕を引っ張ってきた。ミソラの足元はおぼつかなかったが、アイカの横顔をみて体の動きが熱くなる。アイカは未知の物に対しての恐怖を浮かべていた。

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