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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
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潜入調査所感①


 同じような景色が避暑地としても有名な長野県でもあるが、ミソラが暮らしていた邸宅は遠方最寄りの高速から降りても数時間はかかってしまうらしい。アイカから自分が住んでいる場所を知らなかったのかと訊かれたとき、住む場所を知らないほうがいいと思っていたことを告げた。


「だって世俗から絶とうとしていたのに、住む場所なんて知らなくてもいいでしょう」


 初めて連れてこられた邸宅で、ミソラは固く誓ったものだ。この場所以外は自分とは違う世界にしよう。そう切り離して3年、我ながら極端な思考に陥っていたことに反省する。姉と兄は世俗とは切っても切り離せない人間だった。むしろ二人の力があったからこそ、三人だけの穏やかな日々を享受できた。

 いまからそれを奪った連中と対峙するかもしれない。


『ミソラくん。君の口から今回の目的を言ってもらいたい』


 その口ぶりで、ミソラの行動を抑え込めているような響きを感じた。もちろん、ミソラも承知している。


「これから私が住んでいた邸宅周辺を散策。ただし、敵が潜んでいる、ないし、拠点としている可能性があるため、一切の接触や戦闘は禁止。付近にキャンピングカーを待機させたあとは、私とアイカさん、そして貴方と徒歩で山の中へ潜入。……こんなところでよろしい?」

『わかっているのならいい』

「……あんな目に合わせた連中よ。只者であるはずがない」


 ミソラはそう言って、リュックを背負った。中にはいざというときの道具が揃っている。一部特殊な道具もあり、それに関して車内でアイカに使い方を教えてもらった。

 車を車道の端へ幅寄せし、リュックを背負ったミソラとアイカ、手ぶらの〈P〉が車から降りた。


『ラム、定期連絡がない場合は頼めるか』

「はい、どうかお気をつけて」

「いってらっしゃーい」

 ヒトミのどうでも良さそうな声を聞きながら、三人は整備されていない山道へ足を踏み入れた。






 三人が名前も知らない山の中へ入ってから、ヒトミが退屈そうにあくびをあげていた。実のところ、ミソラの実家へ赴くことは聞いていたが、なぜこんな場所から向かうのだろうと疑問は尽きない。ただユズリハから訊ねるのは憚られる。自分はあくまでお客様だからだ。しかしヒトミがラムへその疑問を投げかけた。


「ラムさん、なんでみんなあんな大げさな装備で向かってるのよ。火山の火口にあの子の家があるのかしら」


 この辺りに活火山はなかった気がする。ユズリハは三人が放つ剣呑な空気が気になった。敵の手戟という穏やかではない単語も飛び出していたからだ。


「さあ。〈P〉しかミソラさんの家に行ったことがないので。そういえば、皆さんにはまだミソラさんの事情をお伝えしてしませんでしたね。ユズリハさんはミソラさんが表に立ったことをご存知でしょう」

「はい。その日、結構ニュースで大きく取り上げていましたから」


 ユズリハも公安の一人として宗蓮寺ミソラの一連の事態を訝しんだ。宗蓮寺グループのトップである宗蓮寺麗奈、宗蓮寺志度の両名の行方が分からなくなったのも、このときだ。警察が捜査に入ろうとしたが、失踪届が届いていない関係上、おいそれと踏み込めなかったのが痛い実情だった。

 それがミソラが立ったことで自体が明るみになったともいえる。依然として、体調不良や話し合いなどというふうに情報が錯綜しているが、未だにトップが変わっていないことから、闇の深さを感じさせる一幕となった。


「ミソラさんの日常は、ある日突然奪われてしまったんです──」


 ラムが彼女なりの視点で物語った。山奥に佇む邸宅が、何者かの襲撃に襲われたことや、死の危機にひんしたミソラを〈P〉が助けたこと、そして事態の究明と解決するために『旅するアイドル』を発足させたこと。こればかりは、ヒトミも言葉を失ったようだ。ユズリハも流石に驚いて、情報の整理に手間取った。


「サヌールへ行ったのはお姉さんがいたから……。つまり麗奈さんは生存しているってことですか」

「それすら定かではないけど、けどミソラさんのお姉さんがいた痕跡はあったみたい。どうして彼女が船に乗っていたのか、実はわからないことが多いけど」

 そう、これは公安内でも結局掴むことのできなかった情報だった。旅するアイドルへ潜入したあとの報告で、彼女がどこから潜入したのかが判明した。場所は日本ではなかった。なんとハワイの港から彼女は一人で堂々と潜入したのだ。

 当然ながら、出国記録はない。考えられる可能性は、航路でハワイへたどり着いたこと、手続きをせずに出国したぐらいだ。もしそれが明るみになれば大問題になる。公安、ひいては治安維持に関わるものたちにとっても頭の痛い問題だ。


「私、会ってるわよ、あの子のお姉さん」

 ふいに飛んできたものに反射的に振り向く。ヒトミはソファで足を組みながら普通に言いのけた。

「それ本当ですか」

「ええ。まだディーラーやってたころね、その人と対戦したもの。日本人客は珍しいし、そもそもあの人に負けちゃったせいでディーラークビになったんだから」


 聞かされていない事実だった。ユズリハは問い詰めた。


「なぜ今になったその事を言ったのですか。せめてミソラさんには言うべきだったのでは」


「仕方ないじゃない。あの人からのお願いだもの。この先、妹が来ると思うけど、船に乗ったことは伝えないでほしいって。代わりに見守っていて欲しいってこともね」


「なおさら伝えるべきでは」


「ユズリハちゃん、いい人っぽく言うのはいいけど、思ってもないことを言わないでほしいわ。貴方も得したくせに」


 瞬間、心臓を鷲掴みされた気分になった。やはり、というべきか。大空ヒトミはユズリハの立場について察している部分がある。それ以上は口を閉じるしかなかった。それからヒトミは外に出るといって飛び出した。


「ユズリハちゃんも、暑苦しい室内より外のほうが涼しいわよ」


 一応、標高1000メートルを超えた場所にはいるので、車内は蒸し焼き状態にはなっていない。だが外のほうが涼しいのは同意する。ラムも「車の外なら出ていいですよ」と条件付きで許可した。ユズリハも同じように続き、ひんやりとした風を帯びた大気を浴びた。扉を締めたあと、ヒトミが車の裏を指差した。すぐ秘密裏の話をするのだとわかった。回ったところでヒトミが言った。


「さっきはごめんね。つい口を衝いてしまったのよ」

「さて何の話でしょうか」

「ああ、私に対してもそんな感じ何おね。思えば、貴方が奴隷になっていたときから怪しくは感じていたのよ」


 彼女の広角が微かに釣り上がる。何か確信を抱いているようだった。


「聞きましょう」


「まず外で捕まったって話が怪しいのよ。あのときのサヌールはまだ人身売買を行っていたけど、日本人をわざわざさらうなんてリスクが大きすぎる。日本とズブズブなサヌールがたかだが人身売買の場面を見られた程度で船に連れ去るわけ無いわ。あるとするなら、その場で殺害するかよ」


 平然といいのけるヒトミに対して何らかの反応をするべきだろうが、いまは話の内容に注目せざる終えなかった。


「最初聞いた時に嘘だってわかったわ。これはオービスの部下だった人なら誰だって気づく。ユズリハちゃんが必死に考えたストーリーなら可愛らしいものだけど、本来のターゲットである旅するアイドルには同情を引く材料として迎えられる。おかげで……違うわね。私のおかげで、潜入することができたってことね」

「……旅するアイドルがなぜターゲットだと?」

「船を降りる前にちょっと調べてみたのよ。ユズリハちゃんがどうやって連れ去られたのか、そして最初に貴方を買った男についてもね。するとあら不思議、緑髪の男なんて乗船記録になかった。人身売買は合言葉めいたやり取りで「知っている」か「知らないか」の是非が取れるから、わざわざ身分の確認はしないのよね。で、その緑髪の男の候補が、宮城に乗ってきたある男の人と特徴が一致していたのよ。これみよがしな大きなトランクを掲げてね」


 車へ背を預けて空を眺めるヒトミは、続けてこうも言った。


「けど荷物検査では人っ子一人入っていなかった。当然よね。だから私は、日本だからできる潜入方法を思い浮かべた。これはまあ、憶測だから貴方にいっても仕方ないのだけど。だけど、一つだけわかっていることは、ユズリハちゃんが船の中に入った経緯は、あまりにも特殊だということ。そしておそらくだけど、サヌールの人身売買が行われていることを承知だったんでしょう。そしてサヌールの協力者──あなた達で言うところの「エス」の手を使って、アナタをあの奴隷がいる場所へと送り込んだ。あとは、貴方が痛めつけられている間に、何かしらの任務をこなせばいい」


 表情が変わらないように務めた。悟られているが、だからといって彼女がなにかするとは考えにくい。しかし不利な方面へ動くのは避けたい。ユズリハは慎重に言葉を積み立てた。


「私は、あの場所で尊厳が踏みにじられる場面を目撃しました。……確かに、私はあそこの客ではありません。だからこそ、あの立場でいる必要があったのです」


 本質を曖昧にし、その上澄みに付加させた言葉を放つ。まるで正しいことをしているのだと。

 ですから、とユズリハは決意のようなものをヒトミに言おうとした。しかし、これが失敗であったことをヒトミの嘲笑で理解した。


「勝手に人の傷を図っていいわけないでしょう。なに都合よく使ってるのよ」


 どろりと足元がぐらつく。いま、自分は間違ったことを口にしてしまったのだろうか。ユズリハの呆然として様子に、ヒトミが続けた。


「あのねえ、人の痛みとか闇とかに同情を覚えるのは仕方ないけど、それを盾に自分の論理を固めるなんて最悪よ。貴方、もう一度、自分の言葉を振り返ってみなさいよ」


 ずきん、と胸に深く突き刺さる言葉だった。確かにあまりいい表現ではなかった。ユズリハとして正直に、船底の光景をみて思ったことを口に出しただけだが、結果的に彼女らを點す真似になった。ユズリハはヒトミに対して抱いた印象を改めた。

 もっとも自分の言葉を振り返ってみても、先ほどの言葉を繰り返す自信があった。


「ヒトミさんも自分の行いを改めてはいかがですか。私を金銭で購入した経緯は、たとえどんな理由があっても許されることではありません」

「それはユズリハちゃんもじゃない」

「──残念ながら、許されることがあるんです」


 何度この言葉を都合よく使ってきたのだろう。一人の犠牲で大勢の人間が救われるのならば、喜んでその選択を取らなければならない。

 ユズリハはそれ以上は何も言わず、ヒトミから離れていった。キャブコンの扉の前に戻り、そこから一望できる景色を眺めた。


 こんな穏やかな時間は久しぶりだ。旅するアイドルに加わり、彼女らの内偵をするのが次の仕事だった。ヒトミのおかげで違和感なく加入することができた。そうでなくても、他のプランで潜入もできたことだろう。ただ潜入して菜魚の仕事がアイドル活動とは思いもしなかった。


 〈P〉という謎の人物が提案したのは、ヒトミとユズリハの加入とともに海洋巡間都市サヌールのMVを撮影するというものだった。サヌールの一件を集めた映像を元に、旅するアイドルたちは新規に撮り下ろした映像に参加することになった。そしてアイドルというものは、歌って踊り、何かを見せつけることである。


 今年26歳のユズリハにはなんともいえない羞恥が残った。もちろんやるからには全力だ。幸い、歌も踊りも平均以上、悪く言えば個性がないとミソラに烙印を押された。ユズリハ自身、己の票についてはどうでも良かった。この歳でアイドルのようなパフォーマンスをしているのが、今でも全身を上り詰めるような熱に苛まれている。これを同僚や上司が見ていると思うと、熱の度合いが高まる。


「……どうなるのかな、私」


 この羞恥と一生付き合わなければならないのなら断固拒否だ。さっさと彼女らの悪事の証拠を手にし、立件できるようにしたい。そのためには身の振り方を常に考える必要がある。ヒトミにはなるべく近づかないように努めよう。

 それから間もなく異変が起きた。ラムが二人に車に乗るように言ったのだ。


「ふたりともシートベルトお願いします。つい先程定期連絡が途絶えました。三人の近くへと移動します」

「定期連絡って10分ごとでしょ? 一回来なかったからって、ちょっと大げさじゃないかしら」

「それがあの人からの命です」


 ラムはエンジンをいれ、手早くドライブへと切り替えた。車がスピードを上げ、人気のない道路を突き進む。スピード違反だと胸の内で思っていると、それは突然やってきた。

 車の走行音など優に超えてくる破裂音が聞こえた。まるで空気そのものを切り裂くようで、耳にするだけで心臓がすくみあがってしまう。この場にいいるもの、その音が何であるか察しがついていた。特にユズリハはそれを使ったことがある。


「銃声、ですよね、いまの」


 恐怖を浮かべる振りをしていたが、ユズリハ自身の気持ちと合致している部分があった。なぜこんな場所で銃声が響くのだろう。


「……由々しき事態なのは違いなさそう」

 流石にヒトミも調子よくなれなかったようだ。車はさらに加速していく。


「逆にこっちから連絡してみましょうか」

「ヒトミさん、お願いします。それから指示を仰いでもらえたら──」

 スマホを耳元に当てるヒトミは数秒後に顔をしかめた。ユズリハが訊いた。

「出ませんか?」

「いや、出ないっていうか、変なのよ」

 ヒトミが続けて言った。

「電波が届かないところにあるってメッセージが返ってきたわ。こんな山奥でも、いまの時代でそんなことになる?」


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