海洋の旅の終わり──新たな旅人
長崎へ到着してすぐに出迎えられたのは、警察車両の大群だった。彼らは到着して船に乗り込んでいった。
船内の人間全員を外へ連れ出し、一時的にだが近くのホテルで事情聴取を受ける流れになっているとのこと。オービスと彼に加担した部下たちは、国際犯罪の嫌疑で保護されるらしい。
そんな中、旅するアイドルの二人は警察署へ連れて行かれてしまい、厳しい取り調べを受けることになった。
「拳銃を撃ったと話に聞きましたが」
「アイドルなので、箸より重いものを持つと無駄な筋肉がついてしまいますから、ありえません。ついでにアイカ『ちゃん』はとっても可愛い女の子なので、銃の薬莢を持たせるだけで泣きます」
と、こんなふうに、ミソラとアイカは狂人を演じて取り調べを乗り越えようとした。だがすぐにそんな演技をしてしまったことを後悔した。数時間もしないうちに、嫌疑が晴れたのだ。船内の一部の客、従業員から、ミソラたちを開放するように抗議の声を上げたのだ。その理由は一つ。
「元首を返していただきたい。彼女が現在のサヌールのトップ。不当な逮捕は、我が国に対する冒涜とみる」
そんな国際的な問題に発展するくらいに、あの選挙戦は一大イベントだったわけだ。ミソラはサヌールの元首になってしまったようだが、アイカ共々釈放されてすぐ、その立場を辞退した。彼らは悲嘆にくれていたが、ミソラは自分たちが本当は未成年ということをバラした。さすがの船員たちも、未成年をカジノに招き入れた事実に当惑顔だった。将来、必ず遊びに来ると約束を取り付け、長い二日間の旅路をともにした海洋巡間都市サヌールと別れた。
「で、結局何も得られずじまいか。無駄にしちまったな、海の旅」
「いいのよ。姉さんが生きていたことが分かった。振り出しに戻るだけなら、前にすすめるでしょう?」
「無駄にポジティブ。ユキナにもそうやって励ましたのか」
「どうでしょうね。励ました相手から、逆に励まされることだってあるし、一概に言えないわ」
「何の話だ」
ユキナと人知れず再会を果たしたことは秘密にしておこう。ミソラたちはタクシーに乗って、スマホに届いた場所へと向かっていた。我が家のような安心感を覚えてしまうのは、そこで寝食を共にして一ヶ月以上が経ったからだ。ついでに体も疲労を求めている。
「ねえ、船底の人たちはどうなるんでしょうね」
「さあな。難民は基本的に強制送還されるもんだろ。元の形に戻るだけだ」
「ある意味、あそこでの暮らしが幸せだった人もいたのでしょうね」
「なんだ、やけに感傷的だな」
「だって、あんな事するつもりなんてなかったんだもの。……姉さんがいないって知って、もうどうでもいいやって感じであんなことしたわけで」
「……なあ、ちょいと小耳に挟んだけどよぉ。明星ノアが船に乗ってたってマジ?」
突然何を言い出すのかと思えば、サプライズで登場したノアの話だった。ミソラは戸惑いつつ答えた。
「多分あれ、宗蓮寺側の差し金ね。姉さんか私のどっちかを対象に、なにかしようとしたんでしょうけど、トップアイドルを危険地帯に送り込むなんてどうかしてるわ」
ミソラはしか目面を浮かべた。こんな突発的なことをする人間は、ミソラが知る限りで一人しかいない。ノアとミソラを引き合わせようと『彼女』が画策したに違いない。
「なあなあ、ノアは何踊ったんだよ。キラメキストライクか、ランデブーミスマッチか?」
「それあの娘の曲でしょ。残念、明星ノアが歌ったのは『ワールドエンドフォール』。ハッピーハック時代の曲よ。……ほら、ネットの動画見てみなさい。まもなく消されるだろから、しかと目に焼き付けるのよ」
そう言って自分のスマホを見るように促し、アイカは慌てた様子でスマホを眺めた。瞬間、時が止まったようにアイカが止まった。
「──おい、なんでお前がノアの隣に立ってるんだよ」
「それはもちろん、一緒に歌ったからで──」
「んでだよぉ! アタシ生で見たかったのにぃ!」
車内でアイカが童子のように暴れ狂った。突然の豹変に驚きを隠せず、ミソラは立て続けにやってくる文句を苦笑いで受け流した。
船の旅で分かったことは少なくない。
自分が思っていたより何もできない人間であること。
アイカが明星ノアのファンであること。
そして邸宅の火災で姉さんが生きていたことだ。
「はあ、億劫だわ。あとで動画の編集とか、曲作りとか、あとPVの振り付けも考える必要があるなんて。アイカさん、私はアイドルを教える才能があるので手伝っていただきませんか」
「……少し寝たらな。つーか、新しい曲って放送で流してたやつだろ。即興とかできるもんだな」
「インスピレーションが止まらなかっただけよ。でも熱に浮かされた感じでよく覚えてないから、全く別の曲になりそうだわ。だから億劫なのよ」
そうやって話を勧め、これからの軽い展望を話し合う。
いまだにミソラやアイカに衝きとまとう問題は解決していない。なぜミソラはあの日、邸宅を燃やされることになったのか、それを行ったのは誰か。
アイカも仲間だった傭兵たちとただならぬ因縁がある。日本で平然と重火器を用いて、宗蓮寺グループのフィクサーなる存在に雇われている。要素が組み合わされば、とてつもない事態に陥るかもしれないと考えるだけでも戦慄してしまう。
それでも、たとえ何者かが相手であろうとも、宗蓮寺ミソラは──旅するアイドルは止まらない。
大切な『ナニカ』を取り戻すためなら、あらゆる手段を持って奪い返す。
そのために砂粒のような手がかりを頼りに、今日も旅路は続くのであった。
長崎のキャンプ場に到着し、アイカとともに見慣れたキャンピングカーへたどり着いた。ラムと〈P〉の顔をみて、少しは安心できるだろうか。扉をノックすると横開きのドアからラムの姿がみえた。
「ああ、おかえりなさい。無事で本当になりよりです……なんですけど」
ラムが戸惑いがちな表情になっていた。ミソラたちは首を傾げた。
「後ろの二人は、どちら様でしょうか?」
彼女の視線がミソラの背後に刺さる。振り返り、ミソラたちは驚愕した。アイカが声を張り上げた。
「お、お前らどうしてここにいるんだ」
赤みを帯びた茶髪の女性が唇を尖らせた。
「あら、せっかく来たのに冷たい歓迎。ねえ、ユズリハちゃん」
「いや。こればかりか完全に不躾ですよね。やっぱり急だったんですよ」
「仕方ないじゃない。私はこっちに食指が動いちゃったんだもん。ユズリハちゃんだってソッチのほうが都合いいでしょう?」
「……っ」
ユズリハが気まずそうに視線を外してから、何かを決意したように一息置いた。
「あの、ヒトミさんとユズリハさんは、どういった御用で後をつけてきたのでしょう」
ミソラが尋ねる。二人は一斉にこう言い放った。
「私を旅するアイドルに入れてください!」
「私を旅するアイドルに入れてもらえないかしら」
思わぬ提案に、ミソラとアイカは互いに顔を見合わせた。ラムも呆然としている。こういう提案を受けるとは考えもしなかったが、今伝えられることは思い浮かんだ。ミソラは言った。
「まず、家に帰ったらどうかしら」
Traveling! 第二章 海洋の旅と新たな旅人 完




