最後の手札
アイカたちがシャンデリアをどかす。オービスが完全に地に伏しており、全身が傷だらけになっている。シャンデリアを頭上から堕ちて直撃したらしい。撤去作業が終わってから、テーブル前で佇んでいるミソラはオービスに言った。
「立てる? まだゲーム終わってないよ」
「……いまさら、ゲームなど」
「でもこれが、この国の選挙なんでしょ。それに、再び頭首に返り咲けば、貴方の処遇は少しはマシなものになるかも」
無責任な物言いだと自覚している。彼はこの後、世界からの厳しい弾劾にさらされるだろう。報いを受けてほしいと願うものあれば、必ず裁きの矢が下る。ただそれが早まっただけだ。
「最後まであがいてみなさいよ。貴方が始めたことなんだから、幕引きぐらいは自分ので決めたらいたらいかが?」
オービスがうめき声を上げる。立ち上がることもままならないのか。いいや、彼は立ち上がろうと足を働かせていた。
「誰かディーラーをやってくれると嬉しいのだけど」
「それじゃぁ、私にやらせて頂戴。解雇された身でもOK?」
「お願いするわ」
テーブルにはヒトミをディーラーにミソラ、オービスの順番で座っている。ヒトミはトランプをシャッフルさせてから、一枚ずつカードを配っていった。ミソラの手札に来たカードをみて、頬を釣り上げた。
「チェック」
「では、コールを」
「ふふ、オールイン」
手持ちのチップを前に差し出す。決して魔法の言葉ではない。すべてを掛けたところで相手の資金が全額手に入るわけではない。差額はオービスの方が多い。オールインしなくても、コールで済む。しかしミソラは確信していた。彼がオールインで勝負してくると。
「オールイン……市村アイカもそうしようとしていたからな」
後はカードが配られるだけだ。5枚コミュニティカードが場に出る。
「ショーダウンの時間よ」
ヒトミが言った。意識が残っている人間は少ない。気落ちした状態で、こちらの様子を眺めているものがほとんどだ。
場に出ている5枚のカードは♡A、◇3、♤3、♧8、♧Kと、ワンペアがすでにできている。オービスからのショーダウン、札を翻した。カードは♧Aと♤Kのツーペアが確定した。
「ツーペアか。こんな最後の勝負で、地味な役だ」
「そうそうロイヤルストレートフラッシュがでるゲームじゃないんだから悲観することないじゃない。私なんか、鼻からツーペア狙いでいったもの」
次はミソラが手札を翻した。オービスは観念したように息をついた。
「その手で、どうして勝負しようとしたのかね」
「これで勝負したかったからよ。2と3の屑手札で勝つことだってあるって知ってたから、勝負できたんだから」
ミソラの役はコミュニティカードの二枚の3と合わせて、スリーペアとなった。
「3だけにスリーペア──どんなに数字が低くても、同じものの結びつきって強くできているのよね」
それからミソラは四枚のカードで役を組んだオービスのものみて、こう言った。
「でも貴方のツーペアの方がかっこよく見えるわ」
どちらもストレートを狙える手札だった。もしストレート対決を行った場合、ミソラは確実に敗北していた。ペア同士のカードで良かった。
オールインで負けたチップが、全額ポットへと行き渡る。これで片方のプレイヤーの持ち金が0になる。ミソラは立ち上がりさまにオービスへ言う。意気消沈の彼に、最後の言葉を放つ。
「楽しかったわ。この船の旅、大変有意義でした」
ドレスの端をつまみ、ミソラはうやうやしく礼をした。オービスがそれをみて、かすかに笑った。
「こんな有様で楽しかったか。……宗蓮寺の人間は、やっぱイカれてやがる」
まもなく日本での海洋の旅が終わる。海洋巡間都市サヌールは、長崎港へ到着したのだった。




