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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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選挙戦③



 ミソラは全身が冷え切るのを味わった。10セット目の序盤から、ユズリハが最後の勝負に出た。オールインで勝負に出たのだ。ミソラはこれ以上、チップを減るのを感化できず、ユズリハのはした金にすがった。一人がいなくなる時点で、戦いやすくなる。なぜかそう思い込んでいた。

 手札もAが二枚と好カード。場にAが一枚出てきたことで、レイズを重ねる。ヒトミ、オービスもチップを重ねてきた。いままでの経験から、ブラフだと分かっていた。ここで降りることは普通の敗北だ。

 ショーダウン──ユズリハのストレートフラッシュが鮮やかに並び、三者から1000ドル分のチップがユズリハへ渡った。残りはサイドポットへ行き、次のゲームに勝利したものがチップを手にする。

 ミソラは次の手札で勝てないと判断しフォールドする。ヒトミもフォールドしたが、ユズリハは勝負に出た。オービスとの一騎打ちが始まった。

「随分と威勢がよくなったようだね、オールインのチップ、君が勝利したところで手には入らないがね」

「……ええ、だから貯めに行くんです」

 ユズリハは手持ちのコインを押し出すような動作をした。

「オールイン、お願いします」

 ミソラは堂々と言いのけたユズリハをみやった。彼女は、自分の知っているユズリハだろうか。暴虐の限りをうけて怯えていた彼女の姿は、真っ直ぐに勝負を挑む力強さを持っていた。

「では、コールといこうか」

 オービスは余裕に笑う。まるでその勝利が誰に渡るのかを分かっているように見えた。

 ショーダウンで、オービスは感嘆の声を上げた。

「次はフラッシュか。つくづく運に恵まれているな。それとも──」

「あら、イカサマ疑うなら、それに類する根拠をここで示してほしいわね。……けど、私とユズリハちゃんが、仲良しなのは分かっていただけたようでね」

 今の所、ユズリハが一人勝ちしている状況だ。協力の影は見当たらない。だが次のゲームでそれが明らかになった。次はヒトミが動く番だった。

「──オールイン」

 4ラウンド目で2000ドルのチップが場に集っていた。ちなみにミソラは手札が芳しく無くフォールドしていた。そしてユズリハが今度は初手からフォールドした。ミソラは二人が怒涛のオールインをした理由を知った。サイドポットにはオールインで余ったチップが行く場所だ。次のゲームで勝利したもの、またはオールインに打ち勝ったものがチップを手にする。

 二人が見計らっていたのは、オールイン後の余剰チップを手にする手段だ。オービスは資金に余裕があるが、それ故に1000ドル程度なら躊躇せずに場に出してくる。オービスはコールで重ねてきた。彼は勝利のチャンスが多い。オールイン後に勝利すれば、チップは根こそぎ奪えるからだ。

 ショーダウン──オービスは2が三枚と6が二枚のフルハウス。対するヒトミはJが三枚、8が二枚のフルハウスだった。この場合、三枚持っている数字が大きいほうが勝利となるので、ヒトミが場の2000ドルを手にした。

 そしてヒトミがオールインした余剰がサイドポットへ行き、徐々に溜まっていく。現在、3000ドルはある。

 ミソラは手持ちの手札がいいものであろうと、勝負に勝てるとは思えなくなった。先程から、ヒトミかユズリハのどちらかが勝負に出ている。そして必ず勝つ。サイドポットのチップが10000に貯まる頃には、オービスの資金も3割ほど減っていた。

「……ここは」

 初手はAと10の♤が二枚。だがミソラは敗北を恐れ、フォールドを宣言。対するは勝負を挑む三人という構図がいつの間にか出来上がっていた。

 チップの上乗せにくわえ、ヒトミが3巡目で勝てないと踏んだのかフォールド。4巡目でミソラは戦慄を覚えた。場に出ているカードはJ、Q、Kが揃っている。つまりストレートという役が完成したのだ。

 ユズリハとオービスのショーダウンで、オービスが役無しで敗北した。ブラフを撒き散らし、サイドポットのチップ毎、根こそぎ奪う腹づもりだったが失敗してしまったらしい。

「くそおおっ!」

 オービスは悔しそうに台を叩いた。しかしそれで錨を発散させたのか、獰猛な牙を見せていた。

「だがこうでないと賭けは面白くない。──さっきから、湿気てるやつもいるみたいだが、そういうやつから自然に淘汰される。次のセットから脱落者が出てくるぜ」

 11セット目からは、ビックブラインドが2000ドルとなる。日本円で20万円はベッドする際に最低でも出さなければならない。

 手札はAと5でスートも揃っていない。微妙な手札は即座に切り捨てる。幸い、ブラインドを払う立場にないからだ。オービスがコール。ミソラとユズリハがフォールド。ヒトミがベッドで3000ドル上乗せし、オービスが再びコールして次のラウンドへ。

 三枚のカードは♤5♡K♡4。ヒトミはチェックをかけ、オービスが2000ドルをベッド。続いてヒトミもコールを賭けた。四枚目は♧4。ヒトミはレイズで4000ドルを上乗せ。オービスは悩んだ挙げ句、コールして乗ってきた。

 胸が張り裂けそうな思いだ。二人共、ここで勝負にかけている。5枚目が出された後、オービスの顔が歪んだ。どうやらいい役だったのに、勝てないと踏んでしまったのだろう。ヒトミがコールのあと、オービスが威勢を失い「フォールド」と言った。

 ポットの24000ドルがヒトミの手元にやってきた。当初の手持ちより圧倒的に増えている。ミソラが頼まなくても、ヒトミは10000ドルのチップを手にした。

 問題はユズリハだが、彼女が自然淘汰の対象となるのではないかと考えているので、無理に意識しなくてもいい。次のゲーム、ミソラの手札はKが二枚という好カードだったので、コール。オービスとヒトミがフォールドし、ユズリハの一騎打ちとなった。

 三枚提示されたカードのなかにKを見つけた。ここでベッドを賭けるのもいいが、ミソラはユズリハに合わせて動くことにした。4枚めで金額を釣り上げる腹づもりだった。だがユズリハはそこでオールインを賭けた。残り手持ちが3000ドル。敗北の味が近づいていた。ミソラは迷わず勝負に出た。同じ分だけコールし、勝負。

 ミソラの手役はKのスリーカードになっていた。場にでているカードはスートが揃っておらず、数字もKが一番上。数字は揃っているものがあるが、確実に勝てると踏んだ。

 ショーダウンのとき。ミソラは思わず声を漏らしてしまった。

「……ストレート」

 ちょうど、ユズリハの手札が、場に出ている数字に収まるような形になっていた。

「……調子狂うわ」

 ミソラは10000ドルを切ってしまい、ユズリハと同じところまで堕ちていった。以後、ミソラは積極性を失い、辛うじて一回勝負に出て勝つだけで終わる。11セット目、オービスが依然とトップだが、当初の7割は残っている。ヒトミは二十万ドル、ユズリハは1万近く。そしてミソラは8万ドルと数を減らしていた。

「ほう、まだ首の皮一枚繋がっているとはな」

 オービスが右隣のプレイヤーたちを愉快に眺めていた。ヒトミは軽く笑い、煽り立てるような物言いを放つ。

「笑みを浮かんでいられるのも今のうちよ。この1セットの勝負で、船長の資金の一割を削ることができた。言っておくけど、資金を途中で追加するのはなし。当然だけど、譲り受けるものね」

「当然だ。私は正当なギャンブラーとしてここにいる。さてと、そろそろ舞台から降りてもらおうか」

 彼のつぶやきが確実に誰かの首を取るとかたっていた。第12ゲーム目で、ミソラは驚きの瞬間に出くわした。

 ブラインドが置かれた後にディーラーが鮮やかに放り投げたカードに対して、オービスがテンポよく口にした。

「♡K、♧5、♡6、♤2──◇4、◇9、♤10、♤Q」

 と一枚ずつ配られていくカードに対し、こう言い放った。周囲にも聞こえるような声量だったので客にも聞こえているだろ。ミソラは嫌な予感がよぎった。彼のいったトランプの種類が当たっているのではないかと。数字とスートだけを覗き見るようにカードの端をめくる。底に描かれていたカードは、オービスが口にしたものと合致していた。

 ♤2と♤Q。オービスが口にした順に当てはめると、ユズリハには♡Kと◇4 。ヒトミは♧5と◇9 。オービスは♡6と♤10、という手札ということになる。ミソラは表情を出さないように務めた、その上でこの札はフラッシュを十分に狙える。

 オービスからゲームに参加するかの選択をしていく。彼の手札は良い手とはいえない。

「もちろん、私はフォールさ。次の君はフラッシュを狙えるが行ってみるかい?」

 ミソラは息が詰まる思いになった。彼はミソラの手札を知っている。

 フラッシュは狙える。だがここで札をだしていいものか。ミソラは手札とチップを交互に眺め、身を引き裂かれるような思いでチップを出した。2000ドルが最低金額となっているが、もはや長期戦が不利なことは分かっている。

 それにミソラのプライドが彼に与することを許していない。勝てる勝負にまけて、私情に走ってしまってしまえば、大切なものを失う気がする。

「コ……」

 自分ではない誰かだったら、どのような選択を下すのだろう。正直、フラッシュが出る確率は少ない。ツーペアのほうが高い可能性もある。いまフォールドすれば、ビックブラインド分のチップを失わずに済む。戦うなら、ブラインドを賭けるときでもいいのではないか。

「……フォールド」

 浮かび上がったのは警戒だ。もしここで勝負に出たとしても、ディーラーとヒトミに疑念がある以上、攻めるのは危険だ。様子を見ることでしか、いまは勝利に道筋がない。いいや見えなくなっていた。

「コール」

 ユズリハは迷わずコールした。ヒトミは逡巡するそぶりをみせて、「レイズ」と口にした。ユズリハがコールし、二人きりの勝負が始まった。

 三枚のカードが場に出た。♡9♡5♤9は二人に合致する札だった。四枚目、ユズリハがコール、ヒトミはフォールドした。5枚目のカードが場に出る前にまたもやユズリハが勝利した。

 ショーダウンのまえに勝負が決まってしまったので、二人の手札が開示されることはなかった。だがヒトミのレイズが気がかりだ。なぜあの場で自らの掛け金を釣り上げたのか。突発的に思えてしまい、不気味だ。

 チップは着実に失われていく。ヒトミは初手でフォールドすることが多くなった。逆にオービスが果敢に攻めていき、初手で降りるか、最期まで戦う選択をした。ミソラはあるゲームで勝利はしたものの、オービスの莫大な資金に抵抗することができなくなっていた。彼に挑む資格があるのは、ヒトミだけだ。その彼女も、チップを減らしていき、ユズリハが勝負を挑むときに必ずレイズして、敗北金をユズリハやオービスにわたらせていた。

 ヒトミが行おうとしていることを、ミソラは気付いてしまう。

 第十二ゲーム終了する。オービスは一億近いチップ量を保有している。彼は椅子から立ち上がり際に、こう言った。

「……では、告発といこうかな」

 告発、と彼は言ったか。つまりゲーム内で、不正を見つけた。だが船主であるオービスではなく、その他のプレイヤーからということだろう。

「誰が、不正をしているのよ」

 ヒトミがいぶかしげに尋ねた。ミソラはオービスが二人の人物を指差すのを見た。

「ディーラと大空ヒトミ、君たちは予め手元にやって来るカードを知っている。そうだね」

 沈黙が一瞬やってきた。だがディーラーが即座に否定した。

「当カジノにそのようなことは決してありません。我々ディーラーは、誠意を尽くし、お客様に楽しんでいただけるよう、フェアに努めています」

「俺にはそうは思えんがな。……貴様とヒトミは師弟関係だ。示し合わせることも出来る。だが、こればかりはディーラーの腕が良いんだろうな」

 そう言って、オービスは場のカードを手に取り、適当にかき混ぜた。オービスはディーラーに対して言った。

「カードの端のつまみ方で2〜5、6〜9、10〜Kと分類され、カードを投げ終わった後にたどり着いた位置でスート。そしてカードを投げる際の回転数で分類の数字がいくつかを決めている。2〜5の分類だと仮定して、半回転で2、一回転で3、一回転半だと3というふうにな。そしてAはカードの端ではなく中央からはらっている。熟練技のか0度さばき、そして瞬時に見極める相手の目がなければ成立しないイカサマだな」

 そしてオービスは4枚のカードをそれぞれ向きを変えて並べた。縦、右斜、左斜、横、という置き方だ。

「こいつの手元に来たとき、縦置きが♤、右斜が♧、左斜が◇、そして横向きが♡。最初の方は普通にランダムでゲームをしていたんだろうが、ゲームに熱中すりゃ、この法則を見破る可能性が低くなる。だが相手が悪かったな、俺がその隙を見逃すはずがねえだろうが」

 ディーラーは沈痛な表情で視線を下げていた。ヒトミはそれを見越してか、足を組んで頬杖をついた。

「もし、否定したら?」

「徹底検証するまでさ。カジノに不正は許されない。もし破った場合、船内の法に従ってもらう」

「──好きにすればいいじゃない。私とディーラー。あと、他の一般客にも見てもらうとしましょうよ、いまここで」

「構わんさ。──選挙戦は一時中断。プレイヤーはしばらくのあいだ、英気を養うといいだろう」

 カジノは意外な展開をみせた。張り詰めたい緊張が解けたのか、ミソラは椅子から降りた瞬間に足の力が入らずに倒れてしまう。

「ミソラさんっ」

 ユズリハが駆け寄ってきた。立ち上がらそうとするが、すぐにオービスが言った。

「だれか、彼女を医務室へ連れて行ってください。安心してください、検証まで時間がかかるはずですから、ゆっくりお休みくださいませ」

 別の方面から、警察たちが駆け寄ってきた。ミソラの体を抱きかかえようとした。

「じ、じぶんで、歩けるから」

「船長の命令ですので」

 体がうまく働かない。精神を極度に披露した影響で、体にもフィードバックしているようだ。全身が鉛のように重く、力を入れようとする気概すらなくなっていた。

 知らないうちにストレスによって心身を壊すことはある。カジノの綺羅びやかな空気に置いていかれた反動が今になってやってくる。最悪の状況だ。このまま軟禁でもされてしまえば、選挙戦は確実に敗北する。

「そこで、寝かせて。誰も、私に、触らないで……」

「ですが──」

 警察が戸惑いがちにオービスに視線を向ける。彼は意味ありげに他の警察へ目配せを送る。他の警察たちが駆け寄ってきて、ミソラを抱きかかえようとした。

 そのときだった。小さい影が頭上をミソラの頭上を通過していた。ミソラを抱きかかえようとした警察たちは衝撃をもろにくらい、床へと倒れた。ミソラが辛うじてテーブルの縁に倒れかけたが、寸前で腕を掴まれた。見上げると、同行者が居た。

「──遅い」

「るっせえな。来てやったんだから文句言うな。ちったは偉そうな口調やめろ」

「いやよ。……でも感謝」

 アイカはふんと鼻を鳴らした。照れ隠しだったら愛らしい。普段からそういう感じでいればいいのにと思ってしまう。

「で、状況はどうなってる。選挙戦だとかは、あっちでも聞いたが」

「あっちは、どうなってんの?」

「ああ? お前がやったことじゃねえのか」

「どういうこと?」

「続々と買い手がついたんだよ。……船の従業員があの店の前に迫って、船底の奴隷たちを書いやがったんだ。船の中の娯楽に飽きてたようで──ほら、扉見てみろ」

「……あぁ」

 扉には受付嬢を始め、船内で見かけた人たちがこちらに手を降っていた。ミソラだけではなく、ディーラーとヒトミにも向いているようだ。オービスはアイカがここに来ていることに憤りをみせた。

「貴様、何故ここにいる。犯罪者が脱獄したというのか!」

 アイカは腕を組み、オービスを心底馬鹿にするような口調で言った。

「おかげさまで、奴隷をいつでも買えるシステムが、アタシをここへ連れてきてくれたんだ。商品になったのは初めてだが、テロリストの娘にしちゃあ、随分と安く売られちまってたようでな。その礼を今しにきたぜ」


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