選挙戦──幕間
各動画サイトの視聴者数は、時間が経つことに増えていっている。〈P〉たちは神戸から旅立ち、九州方面へと車を進めていた。ただし、ドローンの通信を安定させるため、神戸から四国へ渡り、沿岸部を走らせる必要があった。車内全域にブースターが搭載されており、〈P〉が全ドローンをコントロールするため、口数が少なくなっている。
ラムは車の運転を西村に任せ、船での戦いを観戦していた。
「まもなく10セット目を迎えますね。……大空ヒトミ、彼女が番狂わせになっています」
「その人、ミソラさんとミリオネアチャンレンジで対戦した人だよ。彼女がそう名乗ってた。で、いまの金額状況はどうなっています?」
「ミソラさんが10000ドルを以前とキープしていますが、代わりに大空ヒトミが8000ドルを手にしています。オービスは100000ドルを切っていますが優勢のままです。そしてユズリハという人は、1000ドル代で敗北濃厚。……このままでは、次に脱落するのはミソラさんかと」
大空ヒトミがブラフを交えた戦略を始めたときが、パワーバランスの崩壊の始まりだった。6セット目となるとゲームの回数が60を超え、長い時間が経過している。時刻は深夜。ミソラの思考や精神力も疲弊していることだろ。
それゆえに凡ミスを連発することが多くなった。チップの賭け方が雑になり、一発勝負を狙いに定めた。誘発したのはヒトミのブラフからだ。彼女は手札など関係なしに、チップを重ねて勝負を挑んできた。ユズリハは初手からフォールドを繰り返し、10戦目ではフォールドした場合、脱落が確定する。それゆえにオールインする選択しかなくなる。
「……5分休憩が全く意味のないものになっています。せめて仮眠を取るように要請すれば」
「いいや。あの場にいるからこそわかる。カジノは疲れに気付かねえように、うまーく場をコントロールしてるんだよ」
雨音がフロントガラスをたたく。雨脚時代は穏やかだが、先行き不安な展開を予期しているようだった。
「たまにフリードリンクを出してくるコンシェルジュが来るんだ。あれは酒だ。人を酔わせて、判断能力を奪ってんだ。俺はそもそも酒を飲まねえから、断っていたがな。大半の客は無料で差し出されるものを一気に仰いじまう」
ラムは映像をみてトレイを持ってカジノ内をうろつく人たちを目撃した。色鮮やかなグラスにカクテルが注がれている。度数が高い酒だが甘く味付けされているせいで飲みやすくなっている。人を酔わせるには十分だ。
脳は賭け事に置いて一番影響を受ける。一儲けしたい欲求を助長させることで脳を『酔わせる』ことができる。あわせてアルコールで実際に酔わせれば、次々に大金を賭けだす寸法だ。
アルコールを提供しないクリーンなカジノが増えていったのは、その影響が近い。依存書を助長させるとして、大手カジノエリアではカジノ内でアルコールの提要を禁止されている場所ができている。サヌールは法整備が甘くできているのだろう。ネットの記事では問題という指摘もあった。だが今変えられる状況ではない。
「──誰か、変わってあげられないのでしょうか」
ラムは一縷の望みを、カジノに向かなそうな少女に願う。このままではミソラが負けてしまい、PV撮影は失敗してしまう。
「……やっぱり、私が行けばよかったのでは……」
ラムは当初、〈P〉に進言した。未成年を無理やり入れようとするより、大人である自分が行ったほうがいいのではと。〈P〉は端的に言いのけた。
「私では、役に立たない」
事実だった。ミソラのようなカリスマも、アイカのように武器の扱いに長けているわけではない。ラムにできることは、アイドルたちを裏から支えることだ。しかし、今は何もできな自分が歯がゆかった。
そしてラムは、決定的な場面を目撃することになった。
──ユズリハのオールインにミソラの手持ちのチップが奪われていくさまを。




