選挙戦②
1セット目。ミソラは少しでも手持ちを増やそうと動き出した。
「レイズ」
手元のカードにJからAのうちの二枚、またはスートが同じものが初手にあるときは勝負に出て、あとはフォールドという選択を取る。勝負に出たゲームは賭け金を重ね、手持ち資金の少ないユズリハとヒトミは、ミソラが参加するときに限って「フォールド」を選択。オービスは場合によってレイズすることもあるが、ミソラとの一騎打ちにまけて3000ドル(日本円で300万)を失った。10ゲームを終え、ミソラはトータル340万のプラスで勝負を終えた。これが本場のカジノであったなら、大儲けに違いない。だがとてもじゃないが、オービスの手持ち金を減らすには足らない。
15分休憩でミソラは乾いた喉を水で潤し、2ラウンド目以降の展開を考えていた。後半になればジリ貧になっていく展開を攻略するには、少しでも多く資金を稼ぐしかない。船側が持ち金の指定をしなかった時点で、ある種の不正がまかり通ってしまった。気付いていながら指摘しなかったミソラの落ち度だ。
「……ビックブラインドの上限、どこまで跳ね上がるのかしら?」
ユズリハとヒトミは再び作戦会議に映っているようだ。カジノの隅でカクテルを手に話し合っている。オービスは資産家らしき連中と談笑を交わしている。余裕綽々な様子がミソラにプレッシャーを与えていく。2セット目も稼ぎに入るべきだろうか。
「ゲームは始まったばかり。焦ったとしても仕方ない」
あっという間の五分休憩が終わった。勝負前に種は蒔いておいた。それが萌芽するまで、ゲームに生き残られなればならない。
2セット目のビックブラインドは二倍の20ドルチップとなる。ミソラは勝てそうな手に最少額で勝負に挑み、+100万の収益を得た。他の三人が本格的に動かなかった事が多い。ユズリハとヒトミはマイナス収支、オービスは若干のプラスを得ていた。ヒトミはゲームに積極的では内容で、2ラウンド目までコールしていから、3ラウンド目でフォールドをする。まるでポットにチップを貯めようとしているような動きだった。ユズリハはセオリー通りにゲームをしていたが、ミソラとオービスの手札に一歩及ばずに敗北することが多い。
1ゲームあたり、数分程度で終わってしまう。スピードが早く、五分休憩のほうが長い状態が続く。観客たちが望んでいるのは大金の動くさまだ。これでは特に面白みのない展開だ。
だがこちらはゲームをしているのではない。ここでオービスを当主の座から引きずり落とさなければ、この船から脱する前に永遠の囚われとなってしまう。また命を奪われかねない。──向こうがいつ、ドローンを破壊するのか分かってものではない。彼らにはその秘策を持っている。だからこそ、ゲームに挑めるだけの『余裕』があるのだ。
改めて思う。相手は国家だ。その気になれば、一億以上の資金で勝負をかけることもできただろう。ルール上、相手の総額以上のレイズのさいはオールインしか手がなくなる。オールレイズのタイミングを、お互いにちらつかせている。そんな拮抗した状態にあるのだろう。
三セット目のBBは前の二倍の40ドルで、手札が勝てるものではなかった場合はフォールドすることが多くなった。ミソラは勝てる手札のAや同ナンバーが3枚、同スートが4枚以上あるときは大きくレイズした。相手は必然的にフォールドし、ミソラが一人勝ちする構図が出来上がりつつあった。たとえ多くレイズしても、得られる利益は相手のレイズ次第だ。先の2ゲームはオービスがミソラのレイズに乗っかってきたリレイズに過ぎない。
3ゲーム目も収益プラスで終わる。オービスはほとんどのゲームを降りていたので、結果1000ドル程度の利益で終わった。五分休憩で、ミソラは話を聞くことにした。
「……ねえ、貴方達少しいい?」
ミソラはヒトミたちに近づいていった。ユズリハは二人を交互に見渡して落ち着かない様子をみせた。ヒトミが悪戯めいた笑みで言った。
「敵情視察? 早速気が早くてよろしいことね」
「こっちは序盤からいっぱいいっぱいよ。貴方達も、少しは稼ぎに出たらどう? じゃなきゃ、いずれビックブラインドを支払わされて負けるわよ」
「だから短期決戦ってわけね。けど、基本的にセットがある程度進まないとチップの奪い合いは成立しないわ。貴方のように、まいどまいど勝負に出られるだけの度胸は、私達にはないのよ。ねえ、ユズリハちゃん」
「私は勝てそうなときに挑んでいるのですが……」
二人が結託して時が来るのを待っているはずだ。それはいつか。ビックブラインドが1000ドルを超えたあたりだろうか。そこまでいけば、一回のゲームで1万ドル(百万相当)のチップを手にすることも可能だ。だがポーカーは全部のゲームが勝てるわけではない。恐らくその辺りから、手札の内容だけではなく、ブラフを交えた心理戦が始まる。
故にミソラは少しでもリスクを軽減する戦略を考えついていた。
「協力しましょうよ。さすがに全員で彼に勝つことなんてできないでしょう」
ヒトミとユズリハがオービス側だといることを前提とした提案だ。厄介なのは、後半になってオービスと協力してミソラを巻き上げようとすることだ。プレイヤー同士の勝負では結託してしまえば、ミソラに勝ち目はない。僅かな希望をすがりに、敵の動きを制限させるためには、あえてリスクをとることも必要になってくる。
「貴方達のチップを、最低でも1万ドルにしないと、この先のゲームはきっと敗北します。……もしそうしたい時が来たら、言ってください」
「必要ないわよ、そんなの」
ヒトミはたった一言でミソラの提案が切り捨てた。彼女は勝つ気がないのだろう。オービスの味方にいるからには、当然の答えだ。ミソラのそんな表情を、ヒトミは見破っていたようで「勘違いしないでほしいんだどぉ」と前置きを入れてきた。
「私達、船長にも勝つ気でゲームしてるのよね。貴方がひとり勝手に盛り上がるのは自由よ。けど船長だけに意識向いていると足掬われるわよ」
甘ったるい口調のヒトミが、憤然を隠さずにミソラに言い放つ。その目には、漆黒に染まった黒い目が鋭く突き刺さってくる。心臓を射抜かれるようにミソラの全身がすくみあがった。大空ヒトミは最初から協力者などではなく、プレイヤー全員を倒すつもりで参戦してきたのだ。だが疑念が残る。ミソラは尋ねた。
「頭首になるつもり?」
「ええ。それが私にとっての最適解になったの。だから無用な考えは今のうちに捨てておくことをオススメするわ」
口調がすぐに元の気怠げな感じに戻った。ちょうど第4ゲームのアナウンスがやってきた。ヒトミたちは共にテーブルへ向かう。オービスが三人を見て、疑念の目を向けてきた。
「お、なんだぁ。三人で仲良く作戦会議でもしてやがったか。だがゲームは長くなるぜ。せいぜい、好きに三等分分け合って挑んでこいよ」
厄介なのはオービスが未だに資金の片鱗しかみせていないことだ。心理や実力は垣間見えていない。前回、彼は選挙戦に勝利した実績がある。つまりカジノ方面にも長けている証拠だ。イカサマという線も捨てきれないが、今は動き始めた瞬間を見逃さず、流されないように懐を固くするしかない。
4ゲーム目の序盤。動きがやってきた。BBが80ドル、ディーラーボタンがミソラで、手札は♤2♤3というストレートフラッシュを狙えるカードが来た。全員コールし、3枚のカードが提示されてきた。♤4♤5♧Aという見事な配置になった。ユズリハはフォールドで降り、ヒトミはチェック、ついでのオービスもチェックで譲る。ミソラは迷わずコールを進言したところで、続いてヒトミが「レイズ」と口にした。額は残りのチップの半分の15000ドル(150万)だった。オービスは悩む素振りを見せてからフォールドを選択。
ミソラが挑むには同額以上のチップを掛ける必要がある。リレイズして15000ドルの倍額、30000ドルを上乗せして、相手にオールインを誘うか、フォールドさせることも出来る。勝負を挑んで負けてしまった場合は、最低でも15000ドル以上の損失は覚悟する必要がある。
ミソラはブラフを信じて、「フォールド」を選択した。結果、ヒトミがチップを独り占めすることになった。それから、彼女はチップを嬉しそうに積みながら、カードを表にしていった。♡9と♤Aという組み合わせで、ミソラが挑めば勝てる可能性のあった手札だった。
「ブラフで勝利するって愉快ね。師匠様はディーラーの才能は認めてくれなかったけど、プレイヤーの才能はあるって褒めてくれたことがあったよね」
ディーラーは嫌なことを思い出したように吐き捨てた。
「まだみすぼらしかったお前へのリップサービスだよ。ある意味、才能はあった。詐欺師としてのな」
「それ褒め言葉よぉ。騙される方が悪いっていう、典型的なやつ。師匠も私という女に弱いのよねぇ」
「そういうところだ。自分をとことん信用しちまってる人間は厄介だ。彼女は人を欺くことに関してはプロです。どうか甘言に惑わされなきよう」
「ちょっと、人の情報をペラペラ喋るとかなくなーい」
「失礼。どうかため息だと思って受け流してください」
「師匠の薄情者」
「あと、貴方を弟子にしたつもりはないのですがね」
「……もういいもん」
ヒトミは頬杖を付いて、頬を膨らませた。
この師匠にしてこの弟子か。お互い生み出す波長は違えど、長調と短調が豊かなハーモニーを生み出すこともある。ほほえましい光景ではあるが、ヒトミがブラフを交えて来ることを想定して──ミソラもそのリスクを追ってみようと考えた。




