プレイヤー・イン
カジノ内の中央ステージに急遽改造をほどこしたテーブルには、4人のプレイヤーが集まっていた。
『はいはーい、皆様おまたせしました。日本時間21時ちょうどを持ちまして、第二回海洋巡間都市サヌールの選挙戦を始めたいと思います!』
そう宣言したのは、昨日ミリオネアチャレンジの司会を努めたバニーだった。彼女は愛想を振りまきながら、宙に漂うドローンにも目線を送った。
『たしかこのドローンがネットを介して全国中継しているんですよね? 私日本語できなけど、わかるぅ? オハヨウゴザイマース! 謝謝! グーテンターク!』
カジノ客も対空ししているカメラを気にしている様子で、手を降ったり叫んだりスルものもいた。選挙戦という一団イベントに際して、客たちは理性のタガを外しているらしい。
『皆さん威勢がいいですね。声援を送るのも全然構わないのですが、ここは世界中の方々に立候補者たちがアピールする場。紳士淑女の皆様は、手持ちのチップをいじくり回しながら、観覧していただけるようお願いします。──さあ、立候補者のご紹介です。まずは、この方、この船の二代目船長にして頭首。前歴はフランス軍から退役し、サヌールを名実ともに世界に知らしめた功労者。オービス・クルエル!』
彼はフランス人だったようだ。屈強な肉体は軍時代の名残なのだろう。オービスはバニーからのマイクに、応援演説のような語りで言った。
「本日は皆様、このようなイベントに付き合わせてしまったことを、誠に申し訳なく思います。ですが選挙は観客たちの当然の権利なのです。ある意味、私の力不足が招いてしまった、ただそれだけなのです」
演説だけはうまそうだと、ミソラは直感的に思った。観客たちの行いを正当化させ、その上で自己弁護まがいの宣誓をするのだろう。
「この選挙は、全てカジノの勝負で決まってしまいます。……みなさまは、各々の立候補者たちを最大限信じていただきたい。それがサヌールの全てなのですから」
あくまでゲームプレイヤーとしての側面を強調する。オービスは奮然としながらこう続けた。
「私はこの国を愛する一人として、この場所にかけられた嫌疑を晴らします。そのために勝つ。国の主として、当然の責務でございます」
オービスが下がった。一瞬の静寂の後、「楽しみにしてるぞっ」「あんな小娘たちにカジノは任せられんぞっ」と声を上げるものが少しはいた。だが大半の客が戸惑いを浮かべ、拍手を送っている。ディナーショーでミソラが上げた声は、予想以上に響いているようだった。
続いて、ミソラにマイクが向かった。船長の紹介だけ前フリが長かったのに、他の候補者にはささっと済ませるようだ。バニーは微笑んでいたが、はやくしろ、という圧を受けた。
「勝ちます」
すぐさま隣のヒトミにマイクが渡った。
「この司会の人、35歳独身です。興味ある方は是非」
バニーが顔を真赤にして打ち震えた。その衝動のままユズリハへとマイクが向かう。
「あの、その。お綺麗ですから気を落とさないで」
とユズリハが拙い英語で言った瞬間、バニーはユズリハを抱きしめ頭をなでていった。異様な茶番を冷ややかに見つつ、ミソラはドローンたちを眺めた。あれが落とされたが最後、ミソラはゲームに負けてしまうことになる。不正をしようというのではない。不正の証拠をカメラに収めることが、ドローンの一番の役割なのだから。
立候補者紹介が一通り終わったところで、バニーは気を持ち直したのか一段と調子をあげて喋った。
『え、ええー気を取り直して、皆様お待ちかねの、ゲームの紹介を行いたいと思います。皆様、どうぞ椅子へ座ってください』
言われたとおりに座る。目の前の席ではなく、一番端の席に座ってみた。左からオービス、ヒトミ、ユズリハ、ミソラの順番になる。敵の隣には座りたくない心情と、オービスとヒトミが繋がっているなら、不正の証拠を捉えやすいと考えてのことだ。
それからディーラーがやってきた。ミソラはその人を見て会釈を交わした。ブラックジャックで対戦したときの老ディーラーだった。
「またお会いしましたね。今度は対戦相手ではなく、一人のディーラーとして務めてまいります」
「ええ、よろしくおねがいします」
警戒心が緩むような佇まいは相変わらずのようだ。ミソラはそんな自分を自覚し、一層身を引き締めた。彼がオービス側についているのは明らかだ。オービス、ヒトミ、ディーラー、彼らは一蓮托生だと認識するべきだ。そしてもうひとり。
「……ユズリハさん、貴方はどちらがわ?」
ユズリハは視線だけをこちらに向けた。それから正面に戻してこう言った。
「どちらでもありません。私は言われたとおりにやるだけですから」
「……外にでられないかもしれないのに」
「しょうが無いですよ。私、この船に来る前から、ずっと諦めかけてばかりだったんです。でもようやくです。私は諦める場所を見つけました」
彼女はヒトミに買われた立場だ。主の趣味嗜好に自分を傷つける。ユズリハは元々不運な立場に立っていたのかもしれない。でなければ、サヌールに連れ去られる意味がない。
「そっか。よかったじゃない、生きていく場所が見つかって」
「──え」
「私、家を燃やされたのよ。元々、死にぞこないだったけど、火事から生還してしまって、また死にぞこない。いまのところ、ずっと死に損なってる」
行く先が物騒なだけでもある。それがミソラたちが相手をしている『客』ともいえる。一応、彼らを相手に一回でも懐を厚くしたのだから。
「旅するアイドルなんて言われているけど、本当は家がないだけのアイドルってだけよ。いや、そもそもアイドルだったのは私だけで、アイカさんとユキナさんは違うわね。とまあ、私達の実態ってただそれだけ」
「……じゃあ、どうしてあんなことをしたのですか?」
今度はこちらを真面目な目で見つめてきた。あんなこと、ということは、ユズリハは原ユキナのMVを見ており、少なからず不愉快な思いを抱いた人間なのだろう。ミソラは「旅するアイドル」の共通の目的を口にした。
「私達の大事なものを奪ったから。奪われたら取り戻すのが当然でしょ?」
今もそうだ。姉が船にいることを突き止めたからやってきた。そしてミソラもろとも船に囚われているから、そこから脱しようとあがいている最中だ。ついでに姉を傷つけた連中に罰を与える。いまのゲームは、そのついでなのだ。
会話はそれきり終わった。ユズリハの突然の質問は、自分の意志を灯すものに十分だった。
ユキナに教えられた。自分にできることは限られている。改めて周囲を見渡して、自分の立ち位置を確認する。ふと、カジノエリアの奥に黒い台を見つけた。自分のやるべきことは、あの台にあるのだから。




