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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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ワールド・エンド・フォール


 ディナーの時間が幕を開けた。サプライズという名目で人が集まるのかと危惧したが、杞憂に終わった。会場のテーブルには人が埋め尽くされていた。多種多様な人種が、豪勢な食事に舌鼓をうっているのが見えた。機会があれば、食事の方も提供してほしい。

 舞台裏は少数のスタッフしかいなかったが、この場で多数のアーティストがパフォーマンスを披露しているからか、腕はたしかなように思えた。ノアの疑問や要望にも明確な答えを示していた。一切の妥協がない状態で準備は完了。

 全体鏡をみて、衣装や顔つきに違和感がないか確認し、最後に喜怒哀楽の表情をしたあと、鏡の中の仕上がった自分に向けて、宣誓した。

「──傷ついた魂は、やがてきらめく星になる」

 いっとき、自分が進むべき道を見失ったときに、この言葉が深く胸に入った。かつて〈スター〉と冠した名で過ごした明星ノアは、それを知るためにアイドルを続けている。

 ちょうど会場が薄暗くなりはじめた。幕があがるときだ。

『本日は海洋巡間都市サヌールへお越しくださいまして、誠にありがとうございます。本日は来場者数5万人を突破記念といたしまして、日本のトップアーティストに来ていただきました。それでは明星ノアのご登壇です!』

 たくさんの拍手が巻き起こり、ノアは開けた場所へと歩みを進めた。ステージの中央に薄いバミリがある。そこが会場の全員を見渡すことが位置だ。拍手が鳴りを潜めると、観客たちは即座に品定めに入る。一番近い席の一団の目を見て理解する。誰もが、ノアに興味を持っていない。ノアは手にしたマイクを口に近づけ、堂々とした口調で言った。

「明星ノアです。本日はサヌールの記念すべき日にお招き預かったこと、心より感謝いたします。みなさん、サプライズと聞いて、日本の著名なアーティストを想像したことでしょう。ですが、みなさんの表情を伺うに、トップアーティストである私をご存知でない様子です。──ですが、これなら知っているのではないでしょうか?」

 ノアは手を掲げ、指を鳴らした。一瞬の静寂のあと、音楽が流れ出した。客の反応は明快で、聞いたことがあるという反応をしてみせた。

「今流れている曲は、あるネット番組のテーマソング「ワールド・エンドフォール」という曲です。ハッピーハックという日本のアーティストが、一躍有名になったことは、この曲を聞いた皆様なら間違いないでしょう。それもそのはず。ハッピーハックは解散後に一躍有名になったアイドルグループだからです」

 そのネット番組は現在も放送中で、未だに「ワールド・エンドフォール」が使われている。中には口ずさむものまで居て、嬉しくなった。

「日本では著名でしたが、海外ではそこまでではありませんでした。ですが、ある事件をきっかけに「ハッピーハック」は世界に知れ渡りました。──その事件のことはあえて口にしません。ですが、ここに初めて世界の一角に宣言します。私はハッピーハックのメンバーの一人、〈スター〉であることを」

 瞬間、どよめきが走った。伝説的なアーティストとして特に特徴的な歌声を披露していたのが、〈スター〉だった。またダンスも切れ味が抜群で、ハッピーハックはスターが踊っていないと成立していないとまで評されている。

 すると、客の一人が質問を投げかけてきた。

「じゃ、じゃあ、〈サニー〉も〈エア〉も存在しているのだなっ。教えてくれ、どっちが死んだのだ⁉」

 不謹慎な質問が飛び出ることは予測済みだ。だが続いてやってくる質問には、遠慮のかけらが欠如していた。

「宗蓮寺グループが世界中のネットワークから、彼女らのことを消したのは本当か?」

「孫が大ファンなのよ。せめてお墓参りをさせてほしいわ」

「な、なあ、『狂い咲きDestiny』をDLしたいんだが、どうしても公のサイトで再配信しないのか?」

「是非ともライブが見たいものだ。どちらかの顔をよく見ておきたいからね」

 正直なところ、これほど注目を得ているとは思っていなかった。極東の島国で絶大な人気を誇っていたハッピーハックは、かの事件の際に起きた『裏工作』によって一躍有名になってしまったのだから。

 世界的大企業、宗蓮寺グループが某ネットワーク企業を買収したのは記憶に新しい。その際にハッピーハックの情報が世界中から消え、文字通り闇に葬り去られた。それをきっかけに、一企業が個人のネットワークに干渉したことが問題になり、今でも宗蓮寺グループへの追求が取沙汰されている。

 ここにいる人間は、ネットワークの恩恵に預かったものばかりだ。また楽曲のクオリティも高いせいか、無駄に注目を浴びる結果となった。

 質問の嵐は止まらない。ノアはせめてライブを成功させようと打った手だったが、どうやら失敗に終わってしまったようだ。

 関心は不正や事件のことばかりだ。誰も本当の〈ハッピーハック〉を見ようともしない。自分たちの知的好奇心が満たされれば、それで満足なのだ。

「──醜い星たち」

 いずれ個々の人間たちも天に召される時が来るだろう。そのときは星になどならず、跡形もなく消滅した無になっていればいい。

 ノアはそのままステージから去ろうと考えた。興味の失せているところにパフォーマンスを披露しても、お互いに損をするだけだ。真正面から横に向こうとしたとき、ノアは扉が勢い良く開く音を聞いた。

「待ちなさい!」

 ノアは嵐のような声に振り向いた。薄暗いディナーフロアの廊下から差し込む光が、突如現れた人物の影を映し出した。

 ピンクベージュの髪を編み込んだ形が映る。膝と太ももを露出させ、白と紺色を基調とした衣装は学生が着るような制服に見えた。反面、足元はロングブーツという出で立ちから、この場の装いにふさわしいものなのだろう。

 ノアは息切れしている少女から目が離せなかった。観客は動揺の中にいたが、所々に「ミリオネアガール!」という声があがった。突如現れた少女のことを指しているらしい。

 そう、彼女は少女だった。ノアと同じ年代だ。未成年は乗船できなかったのではないか。その少女は呼吸が整ったのか、顔を上げた。メイクアップを終えた、美少女だ。

「ごめんなさいね。パフォーマンスの途中で割り込もうとしたけど、なんだか異様な空気になってきたから、割り込ませてもらったわ」

 ピンクベージュの少女の視線はただ一点にあった。

「明星ノア、でいいのよね」

「ええ、はい。えっと、はじめまして……?」

「──ご丁寧に。私は宗蓮寺ミソラと申します」

「……そうれんじ、ミソラって。貴方まさか、旅するアイドルの?」

 日本に住む者なら、この名を聞かない人はいないだろう。ここ一ヶ月、度々上がっている集団だ。カルマウイルス特効薬の人体実験が明るみしたのが、彼女たちだった。MVは数々の不正の証拠と、人体実験最後の被害者みずから歌い上げた歌がセンセーショナルに描かれた動画は、世界中の人々が注目している。ノアも旅するアイドルに注目していた。

 特にリーダーと謳われている、宗蓮寺ミソラ。彼女は『ハッピーハック』の楽曲を歌い、踊りきってみせた。

 〈ハッピーハック〉の曲を利用したのはこの際構わない。だが、彼女が完璧に踊りきってみせたのが気になっていた。三人曲を一人で歌ってはいたが、踊りの方はあるメンバーのパートだけを踊っていた。

 ──そこまできて、何も思わないわけがなかった。

「私が来たことで、少しはステージが温まってくれるといいんだけどね」

 宗蓮寺ミソラは近づいてくる。記憶の中にある常に怯えきった声ではない。だがどことなく似通った声に聞こえてしまう。

「歌うんでしょ、ワールド・エンドフォール。三人じゃないけど、〈サニー〉のパートは二人でやりましょう。もちろん、貴方が望むのならだけど」

 ステージ下から宗蓮寺ミソラは手を伸ばしてくる。この上へ連れて行ってほしい、その許可を承認しようと。ノアはもはや理性で彼女に抗えなくなっていた。

 あの曲を踊った瞬間、心を奪われていたのだから。

「……ついてこれますか?」

「もちろん」

 ノアが手を伸ばす。ミソラの手を掴む。

 背中にのしかかった重みが軽くなったような気がした。まるで空気が後押ししてくれるような、忘れかけていた感覚だった──。






 

 二人の少女が、ハッピーハックの曲で最も世界人気のある曲、ワールド・エンドフォールを歌い上げた。


 重厚なロックサウンドから繰り広げる世界観は、王道にして邪道。1コーラスが終わった後は、まるで別の曲になってしまったのかと疑うような曲調に変わる。だが観客は、世界の終わりを間近に体感した。少女の歌声が、世界崩壊を報せる鎮魂曲のようで、荘厳にして苛烈な物語は、最期まで観客の心に根付くことになった。

 撮影禁止なことがそのディナーを盛りあげる要因になったのだろう。

 最後の振り付けが終えたところで、観客からノアを出迎えたとき以上の拍手喝采を浴びるのであった。

 夢のような時間はここに終わった。

 再び扉が開く。次に現れたのは、銃を構えた警察服の男と、船長のオービス・クルエルの姿だった。照明がもとに戻り、客達はとつぜん現れた警察兵をみて、悲鳴を上げた。

「みなさま、落ち着いてくださるようお願いします! いまこの場に凶悪犯罪者が現れていると聞き、駆けつけに来ました。──大人しくしろよ、宗蓮寺ミソラ」

 にじり寄ってくる警察兵にノアはすくみあがった。隣の少女が凶悪犯罪者かどうかも考えられなかった。ふとミソラがこちらを見て、言った。

「……カジノのライブ、多分できなくなっちゃうかも。ごめんね」

「え」

「ここからは、私達の戦いだから。貴方は、マネージャーさんと一緒に部屋でおとなしくしてね」

 そう言って、ミソラはステージから降りようとした。咄嗟にノアはその腕を掴み取った。

「……あなたは、その……」

 〈エア〉なのかと尋ねたかった。姿は当時の彼女のものではない。だが共に歌って、彼女の声が〈エア〉そのものだと確信している。なのに、続きが出てこない。

 ミソラは緊張がとけたように笑い、こう言った。

「私達はアイドルなんだから、またどこかで出会えるわ」

 ミソラはノアの手をもう片方の手でどけていく。彼女の手を掴む力はなくなっていった。そのままステージ裏から駆け寄ってきたマネージャーに引き剥がされていく。

 またどこかで。

 再び会えるようにと願いながら、視界がぼやけるのに耐えきれず、再び彼女と離れていく。



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