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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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エゴイスティックの覚悟

 医務室へ急行したヒトミとユズリハは、医師の案内を受けて重要人物のベッドの前まできた。医師から、気をしっかり持つようにと忠告を受けた。訝しみつつも、ベッドを囲んでいたカーテンを開いた。そこには、歪な肌をした女性が眠っていた。

「……っ。なんと痛ましい……」

 ユズリハが視線をそらした。それが普通の反応だ。ヒトミは眉をひそめつつも、顔の骨格に引っかかるものがあった。答えてくれたのは髪の色だ。ピンクベージュ色の髪の毛は、自然のものとは思えないほどに頭皮まで染まっている。眠っている者が誰なのか、ヒトミは分かってしまった。

「この子、宗蓮寺ミソラよね」

 え、と声を上げたのはユズリハだった。彼女は眠る彼女を数秒見つめたあと、口元に手をあてがった。

「そんな、これがミソラさんっ? なんで、こんなことに」

 医師が横から口を入れた。

「つい今しがた怪我したわけではありません。彼女は、元々こうだったのです」

「どういうこと?」

 人工皮膚を移植していることと、シャワーを浴びて肌の表面を覆っていた化粧が取れてしまったことを、彼は話した。つまり船長が呼び出した理由は一点。

「化粧をほどこしてほしいのです。なるべく、元の状態に近い形でお願いします」

 同じ女性であり、付き合いの長いヒトミに白羽の矢がたったというわけだ。たしかに職務上、化粧は得意だ。他人にもしてあげたことはある。だが元の状態に戻すとなると、骨が折れそうだ。

「顔とか、覚えてるかしら……いいや、忘れられなくなったんだっけ?」

「わ、私もお手伝いします。び、微力ながら」

「ふふありがと。じゃあ、早速こき使っていいかしら?」

 はい、とユズリハは軽快に答えた。ヒトミが人に危害を加えないと知って、彼女は舞い上がっているようだ。ヒトミもユズリハに親近感を湧いていた。──明らかに一般人とは違う空気感にだ。

「じゃあ、化粧品の調達にいきましょう。前の彼女より、もっと素敵にさせちゃうんだから」

 仕事というより、趣味に近いのだろう。それに、ヒトミには決して忘れられない敗北が頭の中にある。


『多分、貴方に必要な子がもうすぐ来る。そのときは彼女たちをお願いね』


 何故自分に、とヒトミは彼女の去り際に尋ねた。あの女性は愉快に微笑んだ。


『貴方の喪失を埋めてくれるって、信じているからかな』


 その言葉があったから、初めて敗北の喪失を感じなかった。職や安定は失ったが、代わりに面白さだけがヒトミの全身を暴れさせていく。

 ──宗蓮寺ミソラ。彼女が、ヒトミの失ったものを取り戻してくれるというのだろうか。いまから知ることが出来るのが、楽しみであった。







 旅するアイドルのセンター、宗蓮寺ミソラ。彼女が実際に麗奈と志渡の兄弟であることをつかめたのは最近のことだった。神奈川でのステージで、何者かへとの宣戦布告とも取れる言葉を発してから、日本を取り巻く歯車が狂い出したのだ。

 厚労省の副大臣が逮捕され、カルマウイルス打倒のために犠牲にした人が存在したことを、全世界の人間は知った。唯一の生き残り、原ユキナが思いを歌と踊りに込めて、訴えてみせた。ユキナはドイツで治療中で、今のところ旅するアイドルとの接触はない。

 そもそも、旅するアイドルを公安がマークすること事態、異常な事態だ。彼女たちには数々の容疑が課せられている。器物破損、速度超過、銃刀法違反、誘拐……。

 どれも証拠があがっていない。公安が出動する事態ではなかったが、原ユキナの一件からマークの対象となった。国際的な犯罪者を相手に戦う公安が、過半数が年端も行かない少女の集まりを警戒しだしたのだ。どう考えても、普通ではない。

 公安が警戒に値するのは、国家を揺るがす人物に値する。政府、またはそれに類する期間が判断し、様々な命令系統をたどって公安へと課していく。公安警察は、政府御用達の犬といえるだろう。

 ユズリハはヒトミとともに物販エリアで商品を購入しながら、他の買い物客を眺める。ユズリハを見て驚く者がいた。アイカとショッピングエリアで籠城に近いことをしたときに見かけた老夫婦だった。彼らはヒトミに近づき、英語で安否を尋ねた。ノーブログレム、問題ないと、決まった英語で返した。

 船内の客の殆どが奴隷と知らずに過ごしているはずだ。だがほんの一部が、奴隷を買い求めに乗船してきているはずだ。実際、ユズリハは二回も買われた。

 旅するアイドルと少ない時間ながら関わってきて感じたのが、彼女たちは決して悪人ではない。暴虐を受けるユズリハをアイカは救った。ミソラの方は分からないが、姉を助けに船に乗り込み、そして自らの欠点を晒している。果たして、彼女たちが国家の安寧を脅かす人間なのだろうか。

「……余計な感傷、切り替えなさい」

 ユズリハは頭を振って疑念をかき消した。重要なのは、国家の判断ではない。国家の職務に応じる覚悟だ。公安は無駄な思想を持ち込んではならない。ユズリハが公安としての地位を上げたのは、キャリア資格を持ち、公安としての最低限のスキルを獲得しているからだ。それを裏切ってしまえば、自分の唯一の役割がなくなってしまう。

「ユズリハちゃん、良い化粧品は見つかった? 多分、貴方とミソラちゃん、歳近いでしょうし、参考にさせてもらいたいのだけど」

 ヒトミはとらえどころがなくて、苦手なタイプだった。表立って騒がずにいれば、安心は得られる人間ではある。宗蓮寺ミソラとは六歳くらい歳が離れているので、価値観もずれているはずだ。それをお首に出さず、商品棚に並んだ化粧品の中から若者らしいチョイスを選んだ。

「これとか良さそうです。私が見た色合いに似ていると思います」

「どれどれ。……うん、いいんじゃない。実際化粧するのは私だしね。でもぉ、せっかくだから──」

 すっかり買い物を楽しんでいる様子のヒトミについていく。ブティックエリアへ入り、女性用の下着を一枚かごに入れ、ドレスエリアでしばらく佇んだ。ヒトミは綺羅びやかなドレスを手にとっては、唇をすぼませてもとに戻していく。どうやらミソラに見繕う服が決まらないらしい。

「ねえねえ、ユズリハちゃんが選んでよ」

 突然の用名に驚くことはない。彼女は気まぐれにそう言うのだ。

「では、参考ぐらいにとどめてください」

 日本語同士で会話できるのは気兼ねがなくていい。ただヒトミが本当に日本の出身者かはわからない。日本語を話せる外国人は、年々増えていく傾向にあるからだ。

「……これとか良いんじゃないでしょうか」

 手にとった商品は、スカート丈が短くドレスというよりは衣装に近いか。白と紺色を基調とした少し幼い印象の残る服だ。宗蓮寺ミソラは現在高校3年生だ。似合うのは間違いないが、選択の一つに入れるのはいけないかもしれない。

「あー、ちょっと子供っぽいかもですね。なんか、思っていたより大人っぽいの多くて、目がくらみそうです」

「あ、そういえば。ユズリハちゃんにも衣装来てあげないとね──じゃあ、これで」

「ひ、必要ありませんからっ、ってどこへつれていくんですか!」

「試着してそのまま購入。それが大人買いよ」

 本来の目的を後に、ユズリハは無理やり連れ込まれてしまう。まずいと思ったのは、着替えた瞬間にポケットに仕舞ってある拳銃が隠せなくなることだ。だが反抗すると、どうなったものかわからない。せめてドレスにポケットが有ることを祈るばかりだ。

 ヒトミが選んだキャラメル色のドレスにはポケットがあった。彼女の勢いに根負けした体で、ユズリハの装いは新しくなった。物自体は悪くない。

「似合ってるじゃない。ゴールデンレトリバーみたい」

「ペ、ペット扱いですか……まあいいですけど」

「うんうん。奴隷なんだから間違ったことは言ってないでしょ?」

 含みのある言い方に、ユズリハは苦笑いを浮かべる。確かに現在奴隷の身ではあるが、その正体は公安警察なんて口が裂けても言えないだろう。もっとも、国家の犬であることに違いはないのだが。

 ミソラの服装はセーラー服のような衣装に決まった。医務室へ戻り、ヒトミは化粧を開始させた。

「ふふ、ちょっとしたモノづくりね」

 下地から始め、セオリー通りの化粧をほどこしていく。手際の良く、ミソラの顔に色を付けていく。人工皮膚は色を吸収していくようで、赤っぽい意味は薄れていく。約三十分程度で、目を閉じた状態でもミソラだとわかるほどの顔になった。

「……ふう、あんな顔でも、元々の顔たちって骨格とかに現れるのよね。羨ましい限りだわ」

「ヒトミさんだって、美人さんですよ」

「ありがとっ。ユズリハちゃんも、化粧してみる? 結構化けると思うのよね」

「そ、そんな、私は──」

 ひと仕事おえた油断が、その接近を気付かせなかった。突如、ヒトミの首元に腕が回された。お腹には足が絡みつき、離れないように交差している。宗蓮寺ミソラは化粧を終えてすぐ、ヒトミを拘束にかかったのだ。

「──完全に騙されたわね。いいえ、こちらが油断していたのかしら」

「無駄口は良いわ。──ここにいま、明星ノアが来ているでしょう? ライブをするのはいつ?」

 ミソラに寝起きの気怠い声はない。いつからか、目覚めていたのだろう。化粧が終わってすぐを見計らった完璧な作戦だ。ユズリハは動けないでいた。どう動きべきか迷い、頭の中を働かせる。

「ユズリハさん、無事でよかった。けど貴方がいま、この人の味方なら容赦はしない」

 締め付けが一層強くなり、ヒトミがうめき声を上げた。それが十数秒続いたとき、彼女が本気だと知り、静止の声を上げた。

「やめてミソラさんっ。……その人を殺さないで」

「ユ、ユズリハ、ちゃん……ぐぅう……」

「では言うことを聞いてほしいわ。──衣装を見繕いなさい。それから、誰にも気付かれないように、彼女のステージ裏に連れて行くように」

 初めて見る表情に、ユズリハの心配が嘘のように消えた。ミソラは笑っていた。自分のやりたいことのために、他人を振り回していいとエゴイスティックな心を持ち合わせている。

 これから大きな敵になるかもしれない。ユズリハはこの直感が正しいと信じた。



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