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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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宗蓮寺の影


 オービス・クルエルはある客人の応対に精神を疲弊させていた。結果的に、無意味なものだとわかるまで時間を要してしまったことに更に精神を削る。

「では、ディナーの時間にラウンジとカジノ内でのライブをお願いします。明星さんのパフォーマンスは、世界にも轟いていますから──」

「残念ですが。明星ノアは海外では全く認知されていないはずです。せいぜい、アジア圏内ではお声をいただくことも多いですが」

 明星ノアは黒髪と金色の髪を織り交ぜたような不思議な髪色をしている。ノアは英語を堂々と話し、伝えきれない言葉はマネージャーに代弁してもらっている。常に憮然とした態度を取るのが、オービスは気に入らなかった。

 日本人は極端に謙虚か、極端に横柄な人間しかいないという認識でいた。前者が好ましいのに対し、後者は唾棄すべきだと思っていた。そのような日本人たちに振り回されてきた経験からだった。

「それにしても驚きましたよ。まさか宗蓮寺グループ自らブッキングをしてくるとは、ノアさんは彼らとはどのような関係だったのでしょうか?」

「知り合いがそこに勤めているんです。その人からの依頼は、恩義もあって断りません。たとえ他にスケジュールがあっても、そっちを優先します。……おかげで、業界ではちょっとした困りものですがね」

「はは、ですがおかげで君を独占できる機会を得たのですから、嬉しいものですよ」

 内心は早く帰ってほしいと願っていた。だがそうできない理由がある。宗蓮寺グループが探りを入れてきたからだ。

 警察が宗蓮寺麗奈捜索に、長崎港での調査に乗り出すことに決定を出したらしい。サヌール側はそれを拒否することが出来るが、次は別の国で同じような事態が発生するだろう。宗蓮寺グループが、他国への影響が大きいと考えると、明星ノアの受け入れも警察の加入も慎重な対応が求められる。

「部屋は申し訳ないのですが、一般客室を利用してください。食事はアプリの方から注文をして頂く形になります。失礼ですが、私も船内の状況を確認する必要があるので」

「いえいえ、船長自らお出迎えしていただいて大変恐縮です。あとはマネージャーと船の旅を楽しむことにします」

「是非、楽しんでいただけるよう、スタッフ一同勤めてまいります。差し出がましいようなのですが、当店は18歳未満のカジノの立ち入りは禁じられているので、そこのところはご容赦を」

 カジノに未成年者が入ったことを知られたら、大きな問題へと発展する。明星ノアはアジアで大活躍中のアイドルだ。決して彼女たちを船内の闇に触れさせてはならない。

 応接室を後にし、オービスは端末を開いて船内状況を確認する。なんと日本人の奴隷を再び買ったものが居たらしい。その相手は、ヒトミだった。オービスは顔を顰めた。

「ヒトミめ、お金遣いが荒いじゃないか。そんなんじゃ、また奴隷送りになるぞ」

 大空ヒトミは国籍を持たない奴隷だった。奴隷として富豪に買われたが、その富豪は船内で病死してしまった。その富豪が残した遺書には、自分の資産をヒトミに受け渡すように明記してあった。公的な文書としての体裁が整っており、ネットの遺書管理にも届けを出している。無視できなくなったオービスたちは、彼女を船内の一員に迎え入れることになった。

 雑用からカジノディーラーへの華々しい転身には、船内唯一のシンデレラストーリーとして語り継がれている。モデルのように高い身長から、妖艶な肉付きは、カジノ客からマドンナとして扱われていた。だが彼女が転落するのはもっと早かった。

 宗蓮寺麗奈がカジノへ趣き、ヒトミが相手をした。結果、大敗してしまい、ヒトミはディーラーを解雇されてしまった。そんな報告が届き、船内で何をしているのかと思いきや、バニーになってミソラと相手をしていた。運命の悪戯とはこの子とか。勝負には勝ったがようだが、ゲーム中の不可解な行動が咎められてしまい、再び無職になった。そんな彼女が奴隷を勝ったのだから、ある意味不穏分子として扱うべきか迷いものの状況だった。

 だがオービスは、そんな彼女を好ましく思っていた。気まぐれな態度や、思わせぶりな振る舞い。男達はそれに酔い、金を落としていく。ヒトミには利用価値がある。泣きつく先が、オービスであれば、自由に振る舞ってもらって構わないと思っていた。

 後は平時の状態ともいえる。地下の奴隷たちも大人しくしているらしい。

 そう思っていた矢先のことだった。三件もの報告が一斉にやってきた。

 オービスは一番上の項目から目を通していった。

「……船外に、謎のドローンが確認できるだけで十数機だと?」

 ドローンは現在も稼働中で、人が近づくと離れていくらしい。だが依然とサヌールの周囲を飛んでおり、客達も一様に不安が走っているとのことだ。

「ドローンなんて飛ばす予定はないはずだ。……それらは電波遮断装置を一瞬使えればいいが」

 その瞬間、各施設が使いものにならなくなる。特にカジノはチップのやり取りを船内の伝播で行っているため、事前にアナウンスをする必要があるだろう。

 次に長崎港までの航路のあいだに大雨で船体が大きな揺れを予測する観測からの報告だ。日本はいま梅雨時だ。台風レベルであれば、出港を見送りにするほどだ。分かりきっていることをわざわざ報告しなくてもいいのだが、頭の中に入れておくだけでも違う。

「……そして最後がこれか」

 その報告を見て、最優先事項とした。オービスは急ぎ足で船長室へ向かった。VIPエリアを真っ直ぐ進むと、船長室の扉が開いていた。中へ入ると、警察兵がオービスを見て慌ただしく駆け寄ってきた。

「船長、大変です。彼女が、奇声を発して──」

「それは聞いている。だが、一応拳銃を構えておけ。気絶している振りという可能性もありえる」

「い、いえ。恐らくそれはないかと……」

「まさか、死んでいるのではあるまいな」

「実際に見ていただければ分かってもらえるかと……」

 警察隊の言葉が曖昧なものになっている。彼らに見られない反応だった。いったい、何を見たのだろうか。

 オービスは恐る恐る、シャワー室の中を覗いた。この船で身がすくんだのは、宗蓮寺麗奈がやってきたときと、いま目の前で起きている光景が加わった。

「……だれだ、これは」

 船長室にいるのは宗蓮寺ミソラでしかありえない。シャワーを出しっぱなしにして裸のまま倒れている女性は、顔から赤いものを出していた。オービスはそれの正体を確かめるため、目に穴が空くほどに観察する。口元を覆ったのは、彼女の顔が痛ましいものだと分かったからだ。

「……人工皮膚か、これは」

 体の肌の色と、顔と頭部の肌色が明らかに違った。肌は正常な色付きをしているのに対し、顔のほうは人体模型で見かける筋繊維に近い色をしていた。実際に筋繊維を露出しているわけではないのだろうが、警察隊たちが驚くのも無理はない。

「おい、シャワー止めて医師を呼べ」

「ですが、彼はここの事情を知らないのでは……」

「客人が倒れたとでも説明すればいい、さっさとしろ!」

 警察の一人が船長室を飛び出していった。オービスともうひとりの警察隊は、シャワーを止めたあと、バスタオルで慎重に体を拭いていった。もはや女性の体であることを気にしている余裕はなかった。

 彼女たち、宗蓮寺グループの異様さをこれでもかと思い知らされるだけだった。

「……普通じゃなさすぎる」

 我ながら甘い対応だと思う。しかし死につながるような事態は避けたい。奴隷は丁重に扱うのが、現代の商売だ。

 医師がやってきた。ソファの上に横たわらせた彼に診察をさせた。意識はないが、人工皮膚のまま露出させるのは心的ショックを招きかねないという判断を下した。

「だが、彼女は何故シャワーを浴びたのだ。こうなるのを分かっていたことを見越してなのか」

「船長。人工皮膚を移植した人間に共通することがあります。それは水を極端に嫌うことです。……それに彼女の場合は、顔だけではなく髪の毛も人工のものです。私程度の人間が臆測を口にするのもなんですが、彼女はかつて塩酸系の液体を頭からかぶったと推察できます」

 塩酸系の液体と聞いて思いつくのは、希硫酸などが代表的だ。皮膚に甚大なダメージを被るのは当然。顔に直撃した暁には皮膚が溶けてしまう。死に至る場合もある。

「浴びたのは顔だけなのか?」

「ええ。いまのところはですが。……シャワーに入ったのは、体の不潔度が勝っていたからと考えられます。普通、介助する人がいるはずですが……」

「それは、私は忙しくしていて」

「いいえ、責めているのではなく。いまはベッドに寝かせて、この子が目覚めるのを待つしかないでしょう。ついでに女性の方を呼んで、最低限の化粧を施してあげたほうが……」

「いや、しかしだね……」

 この部屋から連れ出すのは危ういのではないか。そう考え、オービスは自分の部下なら任せられると思い、書斎へ赴いた。デスクの天板を開くと、艦内のシステムの一部をコントロールできるスイッチが並んでいる。オービスはあるスイッチを押しながら、返事を待つ。

『はぁい。船長さんったら、どうしたの?』

 ヒトミの甘ったるい声に構わずに言った。

「いま奴隷を連れて何をしている? 暇だろう、仕事をやる」

『ええ、今から就職面接なのにぃ。ユズリハちゃん、従順でいい子なのよ』

「後にしろ。あとでディーラー復帰試験の権利をやる」

『本当! いくいくやるやるっ、やらせてください!』

 調子のいい女だ、と内心毒づく。発言や立場をコロコロと変えるのが彼女らしくはあるが。

「いまから医務室に来い。そこに大事な患者がいる。そいつの手当をしてほしい」

『医者の免許持ってると思う? ていうか、医者ならいるじゃない』

「……詳しくは来てみればわかる。じゃあ、頼んだぞ」

『ああ待って、ユズリハちゃんは連れてきていいの?』

「お前の奴隷だ、好きにしろ!」

 どうでもいいことに対して叫んで応対する。連絡を終えると、タオルに身を包んだミソラが運び出されようとしていた。

 船内の問題は山積みだ。残るは外のドローンの目的を探り、無事に運行できるように勤めなければならない。

 やはり宗蓮寺麗奈はこの船に害をもたらす存在だった。彼女の妹君をはじめ、国際テロリストの娘も船の安寧のために犠牲になってもらうしか無いと、オービスは心に誓った。


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