サプライズの予兆
『ふむ。まずいな』
〈P〉の合成音声に感情を捉えるのは不可能に近い。一番長く共に過ごしているラムでさえ、全てを理解できたわけではない。
「なにか困ったことが?」
『船内のイベントをを一通り調べてみた。なんでも、サプライズイベントなるものが開催する運びとなっている。今までなかったことだ』
「はあ、ですがサヌールは一応、娯楽のための施設ですし、そういうこともあるのでは?」
ミソラたちが居合わせたときが偶然サプライズイベントの日と重なっただけで、他意はないはずだ。しかし〈P〉はこうも言いのけた。
『無論、偶然もあるだろう。だが今回のゲストは彼女たちに縁のあるものだ』
〈P〉からメールが届く。開くとポスターのようなものが出てきた。ラムは派手に彩ったフォントとそこに映った人物を見て驚いた。
「ま、まさか。どうしてこの娘があんなところに」
『さあな。目には目をというやつだろうが、これを企画した人間は相当に歪な神経をしている』
〈P〉が人に対して興味を持つのは珍しい。客観的評価を下すのが、彼の原理だ。評価ではなく、印象を口にしたのは彼にとっても厄介なこと、という認識で間違いないだろう。
「明星ノア。……ミソラさんと鉢合わせる気でしょうか」
『問題はソレだけではないがね。どうやら、船内はあらゆる勢力が混然と混じり合っているようだ。船が到着次第、我々も行動に移すべきだろう』
現在、ラムたちはテーブルの上で単純作業を行っていた。〈P〉が何処からか用意したキッドを、説明書通りに組み立てる作業だ。完成させたものは10個あるが、あと20個は作るつもりらしい。
「これ、全部使う気ですか?」
『彼女たちには必要なものだろう。神戸から飛び去った後は、波乱続きだが──』
今度は純粋な評価を下した。
『乗り越えてみせるだろう、今回の旅路も』
ラムは彼の深層を未だにつかめないでいる。そんな彼に好ましく思われている少女たちが羨ましくてしょうがない。
仕事が急に入ることは珍しいことではない。アイドルという職業は仕事を選べず、常に事務所が持ってきたものをこなすだけだ。
だが今回の仕事は特別なケースだ。恐らく自分がそこへ赴いたところで喜ぶ日本人はいないからだ。
「……全く益がなさそうな仕事させるなんて、ハルは何を考えてるのかな」
それが大切な人からの依頼でなければ言い訳を並び立てて断っていただろう。彼女から仕事を依頼されるのは滅多に無い。だが断ったこともない。彼女は明星ノアを作り出した『プロデューサー』であり、今もアイドル活動ができているのは彼女のおかげと言っても過言ではない。
それでも憂鬱な気分は晴れない。高速で飛ばす車内で、学校の課題を手を出してみる。こうして移動している間も、世界の人間は世界を動かすために各々営みを尽くしている。故にいっときも時間を潰したくなかった。何もしないことが、罪悪感を覚えてしまうからだ。
ふと窓の外を眺めた。左側には海、右には山があった。それらを交互に見て、ノアはぱっと思いついた言葉を放った。
「再会サプライズ……うん、良いタイトルかも」
今度提案してみようと考え、少し郷愁が胸の中を通っていく。
「曲、つくってるのかなあ。〈エア〉」
浮かび上がるかつての仲間の面影をノアは思った。エアと名付けられた少女は空気のように必要な存在だった。ふいにそれを味わいたくなった。窓を開けていいかと運転手に断りを入れてから窓を開けた。左右から風の勢いがそのまま入り込んでいく。
世界に必要なのは空気と太陽と星だ。
それ以外に、必要なものがあるだろうか。




