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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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奪われた者としての意地


 神戸港の到着まで一時間を切っていた。姉の手がかりは見つからず、飛び出すにしても船底からの脱出は不可能だ。だからこそミソラは平静に努めて状況を観察していた。


 軍人同士のやりとりから、彼らが警察軍と呼ばれていることを知った。海洋巡間都市サヌールの治安は彼らが担っている。ミソラは奴隷たちと少ないながらも会話をして、情報を得ていた。ドレスという服装から、奴隷たちも関心を持っているようだった。


 体力と筋力を身につけるトレーニングでは、付き添いの男達も穏当な人物が多いと聞く。反面、銃撃や武器を使ったトレーニングでは、暴力性の強い者が多いらしい。軍の人数は約一五〇人と話してくれた。


 国籍も様々だ。アジアや欧州、アフリカやアラスカなどの地域から誘拐、または売り出された者がこの場所にやってきている。運行中に奴隷のことを知っている客が買い取ることもあるらしい。船を降りる際は、裏のルートで買われた奴隷を買い手の元に届けるとのこと。奴隷船として機能しているのはそういう理由からだった。


 買い取られた奴隷がどうなったのかは彼女たちもわからないらしい。ただ、船が世界を航路を一周するあいだに、奴隷たちは必ず誰かが買っていく。なので開国当初からの奴隷はいない。長い人でも一ヶ月がせいぜいだ。


 また宗蓮寺麗奈の名前や特徴などを聞いてみたが、それらしい人間はこの場所へやってきてないとこのと。ここ数日で船底に来た人間は、ミソラとアイカ、ユズリハだけだった。


 いたずらに時間だけが過ぎていく。ユキナと研究所にいたときもそうだが、能率的に動けない状況で何もできないのがもどかしい。アイカがいれば、脱出の手段を模索ことも出来る。あいにく、彼女と離れ離れになってしまっているいま、周囲の人間を観察し、情報を手にしていく以外にやることはない。おかげで奴隷を取り巻く状況は分かったが、姉につながらないのなら不要な情報だ。

 ミソラが付き添っていた男が練習を終えた。彼は手持ちの端末を取り出して、そこに書かれていることを読み上げた。


「船長から連絡が来た。よかったな、お前に買い手がついた」

「買い手?」

「ああ、今からエレベーターまで案内する。もっとも、そこから先のことはお前次第だ」


 男の案内を受け、再びエレベーターまで向かう。途中、射撃訓練状を通ったが、アイカはこちらに気づくことなく、男にマガジンを差し出していた。ユズリハの姿が見当たらない。ミソラが居た場所には来なかったので、別の通路へ向かったのだろう。エレベーターへ続く通路にたどり着き、ちょうど扉が開くところだった。


「……えっと」

「短い間だったが、そのドレスを汚してしまったことは詫びよう。では達者で」

「ええ──あ、それと最後に一つ」


 なんだ、と男が言う。ミソラは観察して得た予想を口にした。


「ここの警察兵って、実は奴隷だったりするんじゃない?」

 男の眉が大きくつり上がった。それから表情を険しくし、ミソラを睨んだ。

「何故そう思う」

「警察兵たちに共通する箇所を見つけた。まず人種がバラバラ。三ヶ国と縁が深くない方もいる。それと装備。武器じゃなくて身に付けている物に同じものがあった。……その首のチョーカー、何か仕込まれているのかなって」


 看守と呼ばれた男にはなかったが、他の兵隊に首に巻かれたものを全員身に付けているのが気になった。まるで奴隷の首元に付いていた証のように思えた。男達の訓練を手伝っている女達も奴隷であるが、男達の境遇もそれに近いのではないかと当てをつけたのだ。


「女達には付けていないだろう。根拠には乏しいが」

「必要ないでしょ。すでに貴方たちから支配を受けているもの。暴力を受けないように努めるのが精一杯だから反抗心なんて抱かないはず。けど貴方達は違う。ここで訓練しているのに、誰一人外へ出る姿を見たことない。……ていうか、外へ出ようがないのかな。出口は一つだけなのも変。有事の際に脱出できる箇所は複数あるべきなのに、それがない。つまり、最初からここは隠す場所として利用しているってことよ」


 アイカの懸念は当たっていた。もっとも、想像以上に事態は深刻だ。女性たちの人身売買に飽き足らず、兵たちの人身売買もこの船で行われているのかもしれない。そして兵たちは日本で降りることはないのだろう。

 男は沈黙を貫いていた。反論することで余計な情報を与えてしまう、そう考えてのことだろう。


「いまのは私の仮説。大間違いだって笑っていいわ。……アイカさんとユズリハさん、同じ日本人だから、どうか気にかけてあげて」

「それを何故私に言うのだ」

「うーん、勘かな。あなた、私を殴ったり怒鳴ったりしなかった」


 そういい終えた後にエレベーターが閉まりだした。男の表情を見て、ミソラは上昇するエレベーター内で軽く息を吐いた。


「人を見る目、あるといいんだけど──」

 彼の瞳には罪悪感がにじみ出ていた。奴隷の立場でありながら、女をこき使う環境に身をおいているからだろう。彼の善性がにじみ出ている顔だった。

「頼んだわよ、アイカさん」


 できないことは他力本願だ。自分ひとりで出来ることなんてたかが知れている。誰がいくらでミソラを買ったのかはわからないが、船底の状況を知ったいま、外からアプローチできるのはミソラだけだ。

 ここからは大胆なアプローチが必要になってくる。大きく深呼吸して気持ちを切り替えていく。エレベーターが止まり、扉が開くと警察服の男達が待ち構えていた。彼らは顎で外へでろと示してきた。彼らの首元にチョーカーは付いていなかった。


 背後を振り返り六階に到着したことを知った。四階フロアが何かあるのかを考え、そこがVIP専門のルームであることを思い出す。いつの時代も、奴隷を買うのは懐が豊かなお金持ちと決まっている。通常の客室とは段違いの広さの通路を進む。突き当りに豪邸の玄関で立っているような扉が構えていた。扉横のネームプレートには英語で「船長室」と書かれていた。


「……船長室?」

「お前を買ったのは船長だ。あの人が奴隷を買うのは初めてだぜ」


 では何故ミソラを直に指定してきたのだろうか。思考がめぐる前に扉が開いた。現れたのは筋肉質の顔立ちをした金髪の男だった。全身も鍛え上げられており、セーラー服のような衣装を着ている。確かセーラー服は船乗りの衣装を元にしていると聞く。すると男はまさに船乗り、と言った姿になるのだろう。

 ミソラは船長を目の前にして、毅然とした態度をとった。


「私を買ったのは、貴方でしょうか?」

「そうだとも。少しばかり遠回りしてしまったが、結果オーライだ。さあ、中へ入って話をしよう。君や宗蓮寺グループ。お姉さんやお兄さんの話もだ」


 にこやかに笑う船長を名乗る男に警戒が自然と高まる。だがミソラが食いつく餌を提示する辺り、船長も機を伺っていたのだろう。袋小路に入ったときの対策は、リスクを取らない選択を取るだけだ。


 中へと案内をうけ、船底の空気から甘いパルファムが漂う空間に眉をひそめた。アンティークを用いた内装に、この船の利益が集まっている気がしてならない。ソファへと促す船長に従い、座ってすぐさまミソラは男に尋ねた。


「姉さんはこの船に乗っているの?」

「まあまあ落ち着いて。君を買ったのは、あの中に入れられちゃ困ると考えてのことだ。……なにせ、あの宗蓮寺グループの子息だ。どんな手で、奴隷たちを蜂起させるのか分かったものじゃない」


 彼の口調には不安が正直に現れていた。つまりどこかで姉たちに煮え湯を飲まされたと推察できる。


「だから決意した。宗蓮寺グループとの関係が深い人間は徹底的に海の藻屑にしようとね」


 船長はそう言って、充電台に立てかけていたタブレット端末を取り出した。彼の頬は微かに横に広がっている。


「私は船長のオービス・クルエルだ。君の姉と兄にはとても良く世話になっていた。しかし、彼らの施策は、私の国家を脅かす脅威に他ならなかった。なんの悪戯が知らんが、彼女が私が船に乗り込んできたのだ。そこで一儲けしてから、私は彼女をすぐに抹殺することに決めた」


 タブレットが目の前にやってきた。それを受け取り、流行る心臓を抑えつけようと試みる。オービスの言うことが嘘だと信じたいがためにだ。真っ暗な画面から色と輪郭が浮かび上がった。映像ではなく、立体映像だ。部屋全体が暗くなり、辺りの世界が一気に様変わりした。ホログラム映像だ。部屋は別の場所へ一瞬で移動したようだった。


 船の外側、夜の時間のプール広場には一般客はおらず、警官が数人とオービスが一人の人間を追い詰めている様子が映っていた。


『追い詰めたぞ、宗蓮寺麗奈。この場所なら、たとえ貴様であろうとも誰の助けもこないだろう』


 オービスの喜色に溢れた言動に、その声は悠々と語る。


『あらら。随分と私のことを買っていたのね。まあ、この船、というか日本のカジノ法案を通しのは実質私の功績だし、否定はできないわ』

『そうだ。貴様はそれだけで良かった。なのに、次々と法案を書き換えようと動いていたことは感化できん。それはこの船に新たな独裁を敷くことになるんだからな』


 プールの照明が姉とオービスを照らしている。その時の姉の姿を見て、ミソラは悲鳴を上げた。


「な、なんで姉さんから、血が……血が……」

 ミソラは声を張り上げてオービスに向かった。

「おっと、その私は私ではないよ。ほら、ここだ」


 映像の輪郭が薄まっていく。本物のオービスは自分の書斎に座ってこちらを愉快げに眺めていた。ミソラは彼に叫んだ。


「貴方、姉さんに何をしたの⁉」

「なんてことないさ。治安を守るために、少し痛めつけただけさ。まあ、拳銃を使ったのは今の映像から少し前ぐらいだがね」


 拳銃、つまり姉は被弾をした。肩をかばうように抱きかかえ、そこから血が床へ滴っている。出血は少ないようだが、痛みと体力は着実に姉を蝕んでいるはずだ。


「ほら、映像の続きだ」

 彼が促すと、映像の輪郭がもとに戻った。心臓が熱く高ぶっている。姉がいると知ってここへ来たのに、すでに敵の手にかかってしまっている。その事実にやるせない気持ちになった。


『あのねえ、ここを奴隷市場にしたつもりはないの。あくまで高級ショッピングモールを目指して運営していたはずなんだけどね。観察したところに寄ると、宗主国も関知してなさそうだったけど、バックにどんな組織が付いているのかしら』


 麗奈の態度は被弾したものとは思えないほどに余裕のあるものだった。彼女は不正を糾弾しようと船内の状況を明らかにしたのだろう。なんと誇らしい心意気に満ちているのだろう。映像の中の彼女が、ミソラが抱いている正義の姿そのものだ。


『質問すれば答えが帰ってくるとは思わないことだ。ここは学校ではないからね』

『では、子供なりの考えをついでに言ってあげる。──すでに船内で種は蒔いておいた。あとは然るべき人たちが暴きにやってくる。その間に今まで犠牲を強いてきた人間に対して、一生モノの償いをする準備をすることをおすすめするわ』


 そう言って、麗奈は欄干を上った。闇の広がる大海原の崖っぷちに対し、麗奈はオービスたち、そしてここに居ないはずの人間に対して、こう言った。


『じゃあ──あとは頼んだわよ』


 言い残し、麗奈は真夜中の海へ飛び込んでいった。水しぶきが響いた後、静寂と困惑が場を支配した。ミソラも欄干に駆け寄ろうとしたが、見えない壁に阻まれて先へ進むことができなかった。


「姉さんっ、ねえさん!」


 真夜中の海へ消えていった姉に届くはずがない。叫ばずには居られない。肩に傷を受けての状態で、気温が下がった海へ飛び込むのは自殺行為でしかない。何処を進んでいるのかはわからないが、太平洋のど真ん中という可能性だってある。虚しさを胸の奥を衝きながら、部屋は元の姿へと戻っていく。


「ふう、どうかな。これが君の知りたかった情報さ。宗蓮寺麗奈は海へ堕ちていった。確か、ハワイから岩手へ向かう航路だった。運が良ければ、ハワイが日本列島のいずれかに打ち上がっているかもな」


 暗に死体の状態で発見されるとほのめかしている。ミソラは感情の波に襲われながらも、姉の言葉を頼りに冷静さを保った。


 あとは頼んだ。


 自己解釈もあるが、あれは自分に向けていっていると思った。邸宅の火災で姉と兄は殺されたものかと諦めていた。だが数日前に、この船に乗り込んでいた事実は希望を灯すきっかけになった。


 たとえ海に飛び込んでいても、姉は生きている。なぜなら自らの意思で飛び込んだからだ。それはある程度、生存を見越しての行動だったはずだ。

 泣きそうになっている場合ではない。姉がここにいないなら、彼女がやろうとしていたことを引き継ぐのが、宗蓮寺麗奈の妹として誇りを示すときではないのか。


「……姉さんは死なないわ」

 ミソラの口調が意思を灯ったものになる。オービスに憮然と言い放つ。

「一度死んだと思い込んでいた。けど、その可能性がなくなった今、私が情けなく泣いている場合じゃない」

 ミソラは椅子に座り直した。


「貴方は機会を逃した。私の心を折りきたのなら、死体の首をここに差し出したほうがよかったわね。──旅するアイドルはこれで止まらなくなった。現在進行系で『PV』が撮影されていることを念頭に置くことね」


 あえてその単語を口にした。するとオービスは肩をすくめて言った。

「ここは次の港に辿り着くまで外界との通信が不可能だ。端末以外の機械の持ち込みも禁じられている。それで、どうやってここの悪事を暴くというのだね、旅するアイドルとやら」


「それは世に出てからのお楽しみ。だけど、すでに仲間たちが水面下で動いている。……海洋巡間都市サヌール。莫大な利益を生み出す裏に隠された人身売買の側面を、私達が白日の元へとさらしてあげる」


 ミソラの覚悟は姉から託されたものだ。これは姉の尊厳を守る戦いだ。

 奪われたのなら、取り返せばいい。ただそれだけのことだ。


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