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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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国家の犬ころ


 まさか再び看守のいる場所へ戻るとは考えもしなかった。ユズリハは体を抱きしめながら身に受けた仕打ちを思い出す。


 看守の部屋へ向かうのはこれで二回目だった。

 宮城港から誘拐されてから船底での仕事でミスを繰り返し、警官隊の怒りを買ったのが発端だ。そのような人には、船底を監視する看守からお仕置き部屋へと連れて行かれてしまい、彼の嗜虐心をみたすための虐めがはじまる。


 道は覚えている。一度目は何処へ行くのかで頭の中を占めていが、今は射撃場まで走って戻ることができる。角を数回折って、傾斜を下っていくと、薄暗い船底に眩しいほどの光が溢れている場所についた。そこが看守の部屋だった。


 案内人の男がインターホンで呼び出すと看守が扉を開けて出てきた。彼はユズリハを見るなり、嗜虐的な笑みを浮かべた。ユズリハ一人だけが中へ無理やり押し込められ、そのまま倒されていく。


 看守専用の部屋はもともと場内の様子を確認する部屋らいい。モニターが複数あり、監視カメラでの映像らしきものが映っていた。看守は立場をいいことに、奴隷たちを好き勝手に弄んでいる場所としても使っているようだ。


「やあやあ、こんな場所に舞い戻ってくるなんて、君はつくづく不幸だね。かつて、ここを去ったものが戻ってきた例はない。これは、実にそそるシチュエーションだ」


 看守は英語で言った。相手に伝えるためのエセ日本語は不要と判断したのだろう。お仕置きは彼の欲を満たす行為でしかない。看守は興奮によって目が血走っていた。ユズリハはその場で蹲り、恐怖に怯える素振りを見せた。


「一度付けた傷にまた傷を加えたらどうなるのだろうねぇ。ちょっとまってくれよ、緊張が走ってムチの手元が狂ってしまうかもしれないからね」


 呼吸を落ち着かせようと看守が三回深呼吸を行った。それからムチを具合を確かめてから、ユズリハに向き合った。


「船内で人が死ぬことはないんだ。安心しろ日本人。君の顔が腫れ上がった状態の人間を欲しがる人が世界中にたくさんいるんだ。これはその人のために仕上げる工程だ。決して、苦しみだなんて思っちゃいけないよ。君みたいな価値のない人間には、然るべき人が世のためにしっかり使ってくれるんだから」


 看守の振るうムチが、ユズリハの足元を叩く。当たると痛い乾いた音がする。


「ほら、立って。これからじっくりとっくりと、いたぶってあげるからっ!」


 腕が大きくしなり、それと呼応するようにムチがうずくまるユズリハの顔もとへ飛んできた。

 ユズリハは目をつぶった。

 だがムチが彼女の顔面に到達することはなかった。一瞬の静寂に、看守は戸惑いを表に表した。


「……な、なにがおこっている」

「ふう、結構いいタイミングで掴むことができました。ムチは力で振るうものじゃないのですよ」


 看守がふるったムチが、細腕に絡み取られている。またこちらへ引っ張り上げようとしていた。一方的に虐める対象だった彼女は、痛みを感じさせない立ち上がりをみせた。それだけで看守は異様な気配に警戒を高めた。


「オレのムチッ、ムチ、なぜ、とメタ」


 訛りの強い日本語がムチの攻撃を止めた者に放たれる。ユズリハは煙を吐くような吐息を付いたあと、英語で言い返した。


「別に、止めることはいつでもできました。力任せの攻撃などいくらでも攻略可能ですから」


 恐怖に怯え、傷を受けて悲鳴を上げる彼女の様子を看守は思い出していた。彼女がいま騙ったことを加味して、今までのユズリハ像が瓦解する。


「お、おまえ、あれは演技だったのか」

「まさか。痛くて泣き叫んでたのは本当。だけど、痛みぐらいは耐えないと仕事にならないのよ。おかげ仕事が捗る捗る」


 ユズリハが一歩前へ踏み出す。看守は一瞬物怖じたものの、もう片方の手が腰元の拳銃へと伸びようとしていた。ユズリハは決定的な隙を逃さなかった。


 数メートルの距離を一飛で接近し、たわんだムチを看守の首元へと巻きつける。瞬間、強い力が彼の首元へ走った。


「うぐぅぁ」


 うめき声とともに看守が暴れだす。ユズリハは手綱で馬を制するように右手を振り回した。無論、脅威は去っていない。彼の右手には拳銃がある。懸命に動かそうとユズリハに狙いを定め、引き金を引き絞る。しかし銃弾が飛び出ることはなかった。セーフティを解除していない拳銃に殺傷能力はない。


 看守の力が弱まっていく。頸動脈の圧迫で体の機能に不全を起こしているのだろう。ユズリハは殺害するつもりがないので、ムチを緩めることにした。看守はふらつきながら、ソファへと横たわった。手から溢れたムチと拳銃を拾い、ジーンズのポケットに収納した。

 ユズリハは拳銃のセーフティーを外し、銃口を看守に向けた。


「質問。ここはいつ何処どういった施設か、正確に答えてもらいたい」


 彼は喉元をさすりながら、ユズリハに言った。


「き、貴様は一体、なにものだ……」


 一蹴するように、ユズリハは言った。


「正義の味方」


 瞬間、ユズリハの奮ったムチが看守の顔面に直撃した。甲高い悲鳴をあげ、顔を覆ってのたうち回った。日本語に戻し、ユズリハはつまらなそうに吐き捨てた。


「こうして拷問することが公安の仕事なんで、悪いですが耐えてください」


 そういいながら、今まで受けた痛みの分は返してもバチは当たらないだろうと思った。一応、セーフティをもとに戻し、銃口だけ向けておく。

 水野ユズリハに命じられた任務は二つ。


 宗蓮寺麗奈を見つけ保護すること。そして旅するアイドルの悪事の証拠をみつけることだった。

 そのうちの一つをユズリハは手にしていたが、あれを悪事の証拠とするにはしこりの悪い展開だと思った。

 看守が落ち着いたところで、ユズリハは再び尋ねた。


「質問に答えなさい。宗蓮寺麗奈はこの船にいるの?」


 英語なので意味は伝わっているはずだ。なのに男は首を横に振った。


「し、知らない。そんな人間は奴隷リストにはない」

「そう。じゃあついでに、この奴隷たちのことについて、洗いざらい吐いてもらいましょうか。でないと、わかるね?」


 拳銃の引き金に手を当てた。嘘をついた瞬間に撃つ、目と顔の表情で本気だと訴えかける。効果はてきめんのようで、看守は身を小さくして語り始めた。


「こ、ここは元々、人身売買のために作られた国なんだ」


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