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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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ミリオネアチャンス


 カジノに入り浸って一時間が経過した。ルーレットで大勝ちすることを目標に、ブラックジャックやポーカーで少額賭けで着実に勝利をしていったミソラと西村たちは、若い少女と中年の組み合わせも相まって周囲から特異な存在として認識され始めてきた。


 資金が集まってきたところで、そろそろ仕掛けどきだと考えた。時間をかけて資金集めをしている場合ではない。カジノにはあくまで、情報収集のためにやってきたのだ。最悪、手持ちの50万相当のチップは西村に差し出してもいい。ただし、成果がない限りは船を降りるわけにはいかない。


「西村さん。最近、この船で面白いこととかない?」

「面白いことかい。カジノではなく?」

「カジノだけがここの取り柄じゃないでしょう。通貨がカジノのチップだから、それでしか手に入らない特別なものとかあったら、ものすごく興味を惹かれると思って」


 ミソラたちはカジノエリア内のレストフロアのソファに腰を落ち着け、手持ちのチップの確認をした。そろそろ小腹が空いてきた。


「西村さんは、このカジノに上納金を払ったのよね? 西村さんは企業の社長さんだから払えたのだと思うけど、それでも大きな痛手になったはずよ。私だって、父が渋々了承してくれたんだし」


 ミソラは敬語を取っ払い、対等な立場を示して話を進めた。人によってこの態度に眉をひそめる人もいるだろう。だが西村の置かれた立場から察するに、大企業の重鎮ではなく、中小の従業員と身近に仕事をしている人間だと思った。ミソラの暴挙に対する言葉遣いには、親しみ、悪く言えば馴れ馴れしさがある。


「入るのに1000万かかった。無論、金だけではこの船の乗船許可はもらえない。私はある人から乗船してみないかと誘いを受けたのだ。それがこの船の船長さんだ」


 思わぬ情報が飛び出て、ミソラは身を乗り出して聞いた。


「オービス・クルエルさんだよね。確かマカオの方でしたっけ」

「うむ。元々彼は、宇宙産業関連のワークショップで知り合ってね。意気投合しているうちに、あの人から正体を明かしてきた。いま思えば、最初から狙っていたのだと思う。先代の船長が選挙で負けてから、私の会社がオービスさんが運営している宇宙産業の開発に買収されかかった。私達は基本的に海外向けのシェアを視野に自社工場で開発を進めていたんだ。作っているのはほんの一部品。それでも将来的には必要な技術だ。社員共々一眼となっていたのだが……」

「でも買収は逃れたのでしょう? ではないと、こんなところにいる理由がないです」

「……そうカジノで勝つことができたら、我々は会社を存続することができる。借金を返済して、我々が作った技術を世界の宇宙開発産業に見せてあげたいのだ」


 そのための資金繰りに、西村は大博打に出た。カジノでの一発勝負。決してのぞみの少ない願望であろうと、すがりつく他に道はなかったのだろう。哀れだと思うことは出来る。だがミソラも同じ立場である身、同情のほうが大きかった。


「良し、決めた」

 ミソラは立ち上がって、ルーレット台をみやる。西村はその意図が伝わったようで、慌てて静止しようとした。

「よしなさい。お金を無駄にするものじゃない」

「まだ勝負に出ませんよ。ちょっとご飯でも食べませんか? 英気養って、もう一度勝負に出ましょうよ」

「構わないが、その後すぐにルーレットは勘弁してくれよ。……あれはプレイヤーが介入できるゲームではない」


 よほどルーレットがトラウマになっているようだ。察するに完璧にむしり取られたか、大金を手にし、じっくりと盗み取られたのかどちらかだろう。高レートなのは魅力的だが、リスクも大きい。大金を手にすることが目的ではないが、大金を手にすれば恐らくカジノに巣食う『闇』と接触できるはずだ。


 軍資金は50万。ヒット&アウェイで利益を得られるだろうか。

 ミソラは内心ではこう考えていた。いつ、彼と縁を切るべきか。

 恐らくそのときはすぐに迫っている。残りの資金を計算して、手切れ金の宛をつけた。


 それから小金を稼いでいるうちに、カジノに変化が訪れた。突然、照明が薄くなり、それと合わせてカジノ内の客から歓声が轟いた。異様な熱狂にミソラは西村に尋ねた。


「えっと、何かのショーでも始まるのでしょうか?」

「ああ、君は初めてだったけか。港から港へ渡るあいだに一度だけ起こるイベントがあるんだ。今回はバニーショーだね」


 カジノの中央に円形のステージがある。天井から吊り下げられたポールがなんともいいがたい。薄暗い中、突然ネオンピンクの光彩が通路をよぎった。どこからともなく、うさ耳を頭に生やし、黒のレオタードにグレーのストッキングを身に付けた軍団がポールに集まっていった。

 野太い歓声がバニーに向かって飛び交っている。西村も熱の帯びた視線で中央ステージを見つめていた。


「なんなのよこれ」


 ミソラは艶めかしい光景に背筋が凍っていた。バニーたちが自由気ままに踊りながら、扇情的なポーズを披露していく。特にポールへ体を擦り付けるような動きは、思わず目をそらしてしまうほどの強烈さを伴っている。ミソラはソファへ座り、謎のイベントが終わるのを待つことにした。男性がこういうのが好きだとは知っていたが、実際目の当たりすると趣味の悪さに呆れ返ってしまう。兄もこういうのが好きなのだろうか。

 バニーたちの乱舞が終わったところで、周囲の明かりがもとに戻った。しかしバニーたちは依然とステージ中央にいて、その中の一人がマイクを持ち、話を始めた。


「当カジノを楽しんでいるお客様、私達『バニー』の演目を楽しんでいただいたようでなによりでございます。今回、海洋巡間都市サヌールのご来場数が過去最高に到達したキャンペーンと際しまして、この中で一名様にミリオネアになるチャンスゲームを実施したいと思います!」


 興奮に冷めきっていない客の声が大きく跳ね上がる。西村を見ると、目を瞠って「こんなイベントは初めてだ」と興奮気味だった。


「ルールは簡単、今からこの中にいるお客様が一人選ばれます。その人は前に出て、バニーと勝負を挑んでもらいます。ゲームはババ抜き。一番最初に勝ち上がった人が、無条件で一億円獲得となりますっ。なお、このゲームに敗北しても、手持ちのチップは一切失われないのでご安心ください」


 ババ抜きはミソラの中では最もポピュラーなトランプゲームだ。二人きりの戦いなら、二択を選ぶだけの運のゲームだ。相手の表情を読んだり、限りなくババを引かない確率を高めることも出来るが、それはプロのお仕事だろう。


「まあ、私には関係ないよね」

 むしろ、客がミリオネアに勤しんでいるあいだにルーレット台で一億稼いでしまうこともできる。あんな余興に時間を取られている場合ではない──。そう思っていたのだが、突如として違和感が浮かび上がってきた。

 ミソラはバニーの方へ視線を向けた。ただなんとなく、それだけの理由なのに、彼女たちの半数がこちらへ視線を定めているような気がする。即座に視線を別の方へそらした。


「……まさか」

 予感は的中した。バニーは高らかにカジノ内の人間にこう言い放った。

「では抽選開始ですっ。誰がミリオネアゲームへ挑戦するのでしょうか。みなさん、覚悟して待っていてくださいね」


 全員に向けて言っている気がしなかった。ミソラはスマホをいじるふりをして心のなかで祈った。どうか何事も起こりませんようにと。何故なら、いま、このタイミングではないからだ。


 ドラムロールが鳴った。西村は自分が当てられるとは考えていないようで、ソファに深く座っていた。ミソラは言った。


「西村さん、私の持っている50万円分のチップをそちらの端末に移すことって可能ですか?」

 長いドラムロールのなか、ミソラの澄んだ声は西村に驚きをもたらしていた。

「突然どうしたっていうんだい?」

 時間がないので、ミソラは西村に自分のスマホを差し出した。


「この50万円のチップ、好きに使って構いません。私は貴方がそういう方法を持っていると思って誘いに乗りましたから」

「な、なんでそんなことを……」


 西村の反応を最後まで知ることはなかった。光がミソラを真っ直ぐ照らしていた。四方八方から目を背けたくなるほどの展開が待ち寄せている。


「お見事、ミリオネアの獲得券を得たのは──なんと、カジノでは珍しいお嬢さんが参戦でございます! さあさあ、ステージの前へと起こしください」


 ここで拒否することもできる。だがそれに意味はないだろう。恐らくカジノに巣食う『闇』はミソラの動きを意のままに操るだけの『材料』を手にしているのだろう。考えうる限り、該当するものとは一つしかない。


 バニーの一人がミソラに近づいてきた。ミソラは大きく目を開いた西村に目を伏せた。そのまま通路へ進み、カジノ客の奇異な視線を浴びながら中央のステージへたどり着いた。うさ耳の女性たちによって、ミソラの周囲が包囲された。それからステージ上のバニーが熱烈な声で歓迎の声を上げた。


「はいはいっ、では自己紹介をどうぞ」

 マイクを差し出されたが、ミソラは視線をそらして無視を決め込んだ。するとステージ上のバニーは困り果てた様子で同じことを尋ねた。すると、背後からミソラの体にすり寄ってくるバニーが言った。


「答えたのほうが身のため。ほら、これをごらんなさい」

 すると目の前に居たバニーがタブレット端末を取り出した。画面に表示されているのは、二人の人間が見知らぬ場所でうずくまっている様子だ。アイカと見知らぬ女性が共にいて、バニーたちはそれをミソラに提示している訳を察し、肩をすくめた。


「私を呼び出すために、ごくろうなことで。──原ミソラよ。さあ、ミリオネアなんてここにいる人なら稼げているはずだけど、馬鹿にしてるんじゃないのよね?」


 ステージ上のバニーはマイクでの説明が主な仕事らしく、バニーに囲まれているミソラの状態を知らないようだった。背後のバニーは硬い感触の物を押し付けていた。触れたところの中央が抜け落ちている感触から、真ん中だけ空洞の物が脅しの道具として機能するだけの武器であることに間違いない。バニーは拳銃を所持している。


「後ろの貴方が、私を呼び出した誰の手先ってことでいいのね?」

 ミソラは小声で言った。すると背後のバニーは日本語で返してきた。

「そういう人がたくさんいるって覚えておきなさい。もっとも、日本語使えるのはほんの一部の人だけ。ちなみに、画面の金髪の子は利発でね。船内の事情をバラされないことを条件に、プチ立てこもり状態なの」


 つまり、完全に囚われているわけではない。無論、背後のバニーが本当のことを言っているとは限らないが、アイカと見知らぬ女性がいる場所が陽の光の側にいるのはわかる。


「勝負して勝ったらアイカさんを開放してあげる。負けたら、貴方たちは一生船の奴隷になる。船長がそう言っていたわ、《《宗蓮寺》》ミソラさん」


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