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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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イチムラの功罪


 緑髪の男の暴力から助け出した水野ユズリハに、とにかく付いてくるように言った。彼女はおとなしくアイカの後ろを付いてきていた。

 船内であんな事が行われた以上、隠れ場所はないと判断し、とにかく人の出入りが多いところへ出た。

 

 船内の客はアイカたちを見て目を丸くしていた。ドレス姿の子供とカジュアルな服装をした女性という構図が、船内に似つかわしくない光景だからだ。

 すでに船内の監視カメラで、この様子は敵に知れ渡っていることだろう。本当なら部屋の中へ潜ませたいところだが、客室のセキュリティーは万全で、登録した人物以外の入室を認めない。ブザーが鳴って警備員に取り押さえられてしまうらしい。


「あの、どこか隠れたほうがいいんじゃ……?」

 ユズリハが物憂げに尋ねる。心配は当然だが、アイカは自分の考えを彼女に話した。


「衆目を歩くほうが、奴等も簡単に動けねえだろ。それより、話しかけてきた奴等は無視していけ。いつ手榴弾もらうかわからねえから」

「しゅっ、手榴弾っ⁉」


 怯えた彼女はアイカの背にくっついた。鬱陶しいが離れてしまうよりマシだと思い、そのまま継続させた。


「ユズリハって言ったな。さっきの緑髪の男はお前のなんなんだ」

「え、えっと、私は彼とは初対面で。突然怖い外国人に呼ばれただけです。エレベーターの前に立たされて、それから緑色の男がムチをうけとって──」


 それ以上は口にしたくないらしい。何をされたのかは一目瞭然だ。傷も新しく、今は青い痣ができている。歩いているのも辛いはずだが、ユズリハは痛みを堪えながらアイカの背後についていっている。


「じゃあ話変える。お前はどうしてこんなところにいるんだ?」

「たぶん、無理やり連れ去られたんだと思います」

「いつ、どこでだ」

「今日のうちに誘拐されました。場所は宮城港です」

「宮城っつーと、横浜より前の港だな。誘拐されたときの詳しいことをきかせろ」


 ユズリハはうつむきがちに自分が連れ去られた経緯を口にした。

「私は元々、海洋巡間船が日本に来ることを良しとしないデモ隊の一人で、その日もあの船にたいしてでも活動を行っていました」

「デモ隊……もしかして『カジノは日本に入ってくるなー』とか言ってた奴らのことか? 横浜にも居たな」


 乗船場へ入る際に、デモ隊がアイカたちを見て罵声を浴びせたことを覚えている。ミソラが無視を決め込んでいたんで、アイカも同じように続いた。


「神戸や長崎にも多分居ます。あの船がくるときがデモ隊の活動日ですから。それから警察がやってきて私たちは解散させられました。デモは立ち止まってはいけない決まりなので」


 横浜のデモ隊も船に向かって吠えていた。なんとなく、神戸港も同じ様子のデモ隊がいるだろうと思った。


「そのあと家に帰ろうと思ったときに、デモ隊の一人が私に声をかけてきたんです。三十代前半の男性です。その人にお茶に誘われたんです。それから、夜に海を見ようというふうになって人気のないところへ連れて行かれて」

「いや、気づけよ。流石に変だと思わなかったのかよ」

「……だって、雰囲気優しかったし、顔も悪くなかったし」


 アイカは呆れ返ってしまった。半分は警戒心のない彼女の責だ。警戒心の薄さや貞操観念のゆるさは、アイカが来日してから知った日本人の一面だ。見た目は真面目で害のない印象であるが、人は見た目によらないのは本当らしい。


「で、そのイケメン、名前名乗ったのかよ」

「……そ、それは」

「あいあいわかったよ。名前を名乗らなかった人間にホイホイついていっちまった結果、何かを嗅がされて気絶。んで、この船に乗せられたわけだ」

「正解なのですが、そこまで言われるとちょっと恥ずかしいですね」

「恥ですむといいな。……無事に帰れるかわかんねえのに」


 その言葉が続いた会話を打ち切るきっかけになった。それからひたすらショップや賭けのないゲームエリアなどを歩き、通行人の注目を集めた。中には写真を撮るような人も居て、アイカたちはそれらを無視して歩き続けた。


 最悪の状況だ。ここは外界と途絶されている。神戸に着くまで半日以上もある。それまでに危機を脱し、彼女だけでも神戸へ送り届ける必要がある。衆人の中を歩いていたのは、敵の動向を探るためだ。まずカジノ客の全員が、特別なお客様というわけではないようだ。中にはユズリハの姿を見て瞠目してみせる人間も居た。その人達は、船内で「人を買った」ことのある経験がある者だろう。


 アイカたちの様子をみて声をかけてくる者もいた。同情と思惑、見定めるのはアイカには難しかったため、無視を決め込んだ。ペットボトルの水であっても油断はできない。


「なあ、痛むか?」


 ユズリハは拷問に近い状況にあって体力を著しく疲弊している。彼女の表情も優れていなかったが、なんてことない風を装って答えていた。


「痛みますけど、歩けなくはないので」

「神戸に着いたらどんなことをしても連れ出してやる。あとはデモ隊の──ああいや、うちらのつてに保護してもらえ」

「伝、ですか?」


 アイカはこの情報を話すべきではなかったかもしれないと迷う。しかし船内にはユズリハ以外の被害者も大勢いるはずだ。彼女は生き証人となる。


「詳しくは後で話す。……ほら、警備員のお出ましだぜ」


 どこからともなく、警察服のような衣服に身を包んだ男三人組が通路の奥からこちらへ寄ってきた。


「ど、どうしましょう。絶対に捕まりますよね」

「……おい一度しか言わねえから、アタシの言うとおりにやってくれ」

「え、えっといったいなにをするおつもりで……」


 耳元で指示を送る。ユズリハは即座に無理ですと返したが、それしか逃れることができないと伝える。


「捕まったら次に何される? ひでえ目にあいたくないなら最善を尽くせ」


 アイカが足を止める。それが合図だとユズリハは理解したようで、「わかりました」と言った。瞬間、アイカは懐からプラスチック製のピザカッターを取り出し、ユズリハの背後に回った。彼女の首元にピザカッターをあてがい、迫ってくる警備員たちに叫んだ。


「動くな!」


 顎を無理やり上に上げて首元を見せつける形に持っていく。男達は動揺するが、小娘一人だと分かってさらに迫ってきた。それを見越して、アイカは言った。


「”ラピッド”のことをバラされたくなかったら、ここで足を止めろ」


 そう言われて、一人の警察官が足を止めた。だが残りの二人は足を止めずに駆け寄ってきた。ストップ、と足を止めた警察官が声を張り上げた。その声に足を止める警官に何故と会話をする。


「今だ」


 アイカの合図で、ユズリハが英語で叫んだ。


「I' m slave on this ship! I' m slave on this ship! 」


 直訳で私はこの船で奴隷になっています、という意だ。発音も悪くない。ユズリハの様相も相まってか、周囲の客達は異様な反応をしてみせた。それからユズリハが続けてこうも言った。


「I was kidnapped in Japan. I was kidnapped in Japan!」


 と、日本で誘拐されたという旨を付け加えた。ユズリハはある程度英語を話せるようだ。思わぬ副次品を収穫した。

 足を止めた警官はこの船の実情を知っているものだろう。しかし二人の警官と船内の客は戸惑いを見せており、その反応はアイカにとっても好都合だった。


「おい、何勝手に話してやがるんだっ」


 アイカは突然ユズリハの首を絞めにかかった。


「……ぁぅ」

「や、やめて!」


 辺りから悲痛な声がとどろいた。いまはアイカにヘイトが向かっていることだろう。それでいい。相手にはいつバラされてもおかしくない状況へと持っていくことがアイカの目的だ。単に要求が通りやすくなる。


「いまから神戸港につくまで、誰も手出しするなよ。もしこの状況に変化でも起こった場合、この女を殺してやる。ああそれと、ここにいる全員とどまれ。一切動くな」


 首の締め上げが強くなる。ユズリハも苦しくなっているが、我慢のときだ。向こうが、特にラピッドの言葉に反応した警察官が答えるまで、ユズリハの苦しみは継続するのだから。


「……OK、君に従おう。他に要求があったらいってくれ」

「それでいい」


 ユズリハの首を開放すると、彼女はその場でうずくまって咳を漏らした。それから手近にいた老夫婦に向かってアイカは声を張った。


「おいそこの。そこの店で水を二つ買ってこい。じゃなきゃ──」


 ピザカッターを首筋にあてがう。フォークと比べると心もとない武器だが、平和ボケした客たちには効果覿面だった。もっとも、警察隊がこちらを伺う様子は依然と変わらない。そこで、切り札を切ることにした。


「そう言えば、自己紹介しておこうか。──アタシは、アイカ・イチムラ。親父が世界をかき回したろくでなしだったんだが、知ってるやつは?」


 誰もがアイカの言葉に数秒の理解を要した。警官たちは一斉にどよめき、客達の大半も大犯罪者のことを知ってか恐怖を浮かべ始めた。そしてもうひとり、信頼を得ていたはずのユズリハさえ驚きに振り返り、疑念の眼差しを向けてきた。アイカは言った。


「フン、父親が有名人で誇らしいわけがねえな。死んでもなお、犯罪者は犯罪者か」


 日本語でアイカはつぶやいた。国際的テロリストの首謀者リーダーは、死してなお人々に恐怖と憎悪を生む人間だ。そんな父親の所業に助けられる日がくるなんて、考えもしなかった。



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